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EDENの一日は長い。
私は『塔』でノアと別れた後に昼食を取り、
再び地下用水路の害虫駆除を請け負った。
ノアから聞いたショッキングな事実から目を逸らすわけではないが、
何かじっとしていられない気分だった。
コツ…コツ…コツ…
三人の足音が響く。
オリバーさんの紹介で、今回は猫耳の可愛らしい女性、テトさんも同行していた。
前回、私が気絶した旧区画の位置に差し掛かる。
テトさんはネコ科特有の耳を小刻みに動かし、暗闇の先の動きを音で読む。
「前方!距離50!八匹!向かってきますにゃん!」
テトさんは素早く二丁の光線銃…フラッシュガンを構えた。
「私とテトさんで射撃!オリバーさんは撃ち漏らしを頼みます!」
私も同じく銃を抜き、構える。
「心得ました!」
返事を確認すると同時に、再びあの耳障りな音が聞こえてきた
ザザッ…ザザザザザ…!
私は冷静に、視界に入った黒い塊に狙いを定め、引き金を引く。
バシュゥゥン!
唸りを上げるフラッシュガン。
焼け焦げ、その場に転がる虫。
続けてふたつ、みっつ、よっつ…!
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「カンパーイ!」
カラン…ッ
杯を掲げ、卓を囲んだ全員でそれをぶつけ合わせる。
今日の害虫駆除に参加したメンバーと、シベールさん、ノアもその場に参加していた。
スィナル中央役場入り口から出て目と鼻の先の食事処、
ターヤさんの経営する『黒の羽亭』にて、私達は今日の成果のねぎらいと、私の歓迎会も兼ねた晩餐会を開くこととなった。
ノアとシベールさんは以前の約束で偶然鉢合わせたのだが、折角だからと同じ卓を囲んでいる。
早速、シベールさんは掲げた杯の中身を豪快に仰ぐ。予想以上の飲みっぷりに苦笑を禁じえない。
「凄かったんだよエウサラちゃん。
向かってくるコックローチを正確に、次々撃ち抜いていって…
良いセンスだにゃ!」
またたび酒を煽りながら、テトさんは今日の私の活躍を褒めちぎる。
「あぁら、そんな才能があったのねェ。見かけによらないものだわァ…。
はァい、エウサラちゃん。今日はゆっくりしていってね!」
ターヤさんが料理を運びながら話に混ざる。
私の前に置かれた木の実と梅のペーストのパスタは、鼻腔をくすぐる芳香だけで食欲をそそった。
「いやはや、驚きました。昨日気絶した少女と同一人物とは思えぬ上達ぶりですな。
…もしや戻った記憶の中で、射撃の心得でも?」
タケノコの煮物を頬張りつつ、オリバーさんは私に質問する。
「え?ああ、うん、まあそんな感じかなぁ…?」
…実は得意だったビデオゲームでの記憶のおかげ、とは言えないわよね…。
そんなことを思いながら、私はトマトジュースを口に含む。
まず、実弾の銃と違って反動などは殆ど無い為、応用が容易だった事。
次に、虫のサイズもマトとしては大きく、記憶の中で得意だったゲームよりはるかに簡単に思えたことが大きい。
今日の私は射撃の名手として、地下用水路害虫駆除退治のエースに変貌を遂げていた。
…あの虫が平気になったわけではないけどね。今回も近づいてくる度、正直肝が冷えた。
「それは凄い!正直、昨日の様子を見た時は失敗だったと後悔してたけど、
記憶の回復だけでそこまで変わるとは、良い意味で予想外だったね。
…これなら他の依頼を受けても大丈夫じゃない?」
そう言いつつ、ノアは根菜の入ったシチューを口に運ぶ。
…アンドロイドだって言ってたけど、食事も出来るんだ…?
「えー?ちょっとノアっち?地下水路からローチ全滅させるまでエウサラちゃん貸してよぉ~?
あいつら居るとネズミ戻ってこないんだにゃあ!」
「…ネズミが戻ってこないって、どういうことですか?」
テトさんの文句に違和感を感じたので、少し質問をしてみる。
「言葉通りよ?ローチが増えすぎると地下にネズミが居なくなるの。あいつら何でも食べるにゃんねぇ…」
言われてみればネズミが居なかったけど…
そうか、あのサイズのアレだとネズミを捕食しちゃうのか…
「一応、ネズミならば同族のママリィアンがある程度の意思の疎通も取れますからな。
ローチと同じく病気を媒介することもありますが、交渉役が上手くやってくれればそれも防げます。」
タケノコの煮物をミルクで流し込み、オリバーさんが説明を加えた。
…彼は意外にも下戸だそうだ。
「あたしとしては交渉大失敗に終わってほしいにゃあ…?
心置きなく鬱屈した狩りの欲求を発散させたいし、合成肉じゃない本物のお肉が…!」
そう言って、テトさんはじゅるりと唾を飲み込む。
…成程、確かに今の食卓を見ても動物の肉らしき食物は無い。
彼女の目の前の皿の肉らしき物も、豆を固めてそれらしくした物…
流石に多様な動物を祖とする種別が暮らしている星だけあり、
特殊な事が無い限り、繋がりの有る動物の肉食は難しいのだろう。
ダンッ!と机を打ち鳴らす音。シベールさんが空の杯で卓を打った。
「交渉役…前回のあの交渉役は何だったのですか!ああ、忌々しい!
ネズミ群に向かって何時間と話し合っていたかと思えば突然!
"いいだろう!ならば戦争だ!"などと気の狂ったことを喚いて…!!」
「あー、そんなこともあったにゃあ~。
あたしとしてはネズミ狩りできて願ったり叶ったりだったけど。」
「願ったり叶ったりじゃありません!
というかですねテトさん!貴女だって仮にも治安を守る目的のギルド員なんですから、
個人的な肉食、狩猟本能の発散の為に事が悪い方へ向かうよう望むなど言語道断…」
「うるさいにゃあ…これだからワニおばはんは…」
「おばっ…!何言ってるんですか貴女は!同い年でしょうが!」
…同い年だったんだ…。
オリバーさんはまたかと言わんばかりに眉間に手を当て、溜息をつく。
どうやらこの二人はいつもこんな感じらしい。
ノアはというと…二人が姦しく騒ぐ様子をニコニコと、楽し気に見つめていた。
何が楽しいのかと問いただしたくもなる所だったが、
そこで私は再び、今日聞いた『母なる星』の話を思い出した。
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「母なる星は…消滅したんだ。」
「消滅した…?」
衝撃的事実に、私は驚きを隠せない。
しかし、ノアは淡々と話を続けた。
「まずは事の発端。文献上の記録のみだけど…
『母なる星』の属する星系の中心。
その恒星が寿命を迎え始めていたことに気が付いた科学者と技術者達が居た。
僕たちの星系の恒星の質量では超新星爆発は起こらない。
しかし、赤色巨星となって、『母なる星』を飲み込むことは避けられないと解った。」
そういえば、聞いたことがあるかも知れない。
恒星の終わりにはいくつかあって、爆発したり、大きく膨らんだりして終わる、と。
「その為に、彼らは星を出るための『船』を作った。
数多くの生命がコールドスリープによる眠りを享受し、
何百年という長期の旅に耐えうる特大の揺りかごだ。
しかし、全ての民を救うことは出来ない。
でも、皆が皆、助かりたかった。何とか逃げ出したかった。」
「そして、戦争が起こった。
皆、助かりたいが為に他者を踏み台にし、
皆、己の為に仲間を犠牲にした。
多くの者が殺し合い、それ以上の生き物達が巻き込まれ、
沢山の緑が焼かれ、星の命を縮めた。
そして、『母なる星』は…
…恒星の寿命を待たず、滅びた。」
彼の声が震えている。
私に真っ先にこの星、『EDEN』の緑を誇った彼だ。
この事実は伝聞であったとしても、身が引き裂かれる思いだろう。
「皮肉にも、わずかに生き残ったのは最後まで殺し合うことを選ばなかった者達だった。
…最も、彼らは脱出するための『船』を作った者達だ。
船を利用するためには、間違っても殺すわけにはいかなかっただけだろうね。」
彼は事の顛末を語りながら、彼は苦笑いを浮かべる。
しかしその顔は悲しみ、寂しさを湛えていて、見ているだけの私も胸が張り裂けそうだ。
「幾人かのヒト、生き残った動物、焼け残った植物…
それらを積み込んだ船が、遥か宇宙に至上の楽園を求め、旅立った。
そこから200年後。母なる星は赤色巨星に飲み込まれ、消滅。
…既に星は死んでいたけどね。」
「長き旅を続け…やっと、彼らはギリギリ、生命が生きることができる大気を持った惑星を発見した。
船のメインコンピューターと直結したヒューマン型端末を開拓事業の中心に据え、
彼らはその星を至上の楽園にすべく、『EDEN』と名付け、入植を始めた。」
ノアは再び、プロジェクターから流れる映像を眺める。
丘の上から、峡谷に掛かる虹が見える。
このような景色も全て奪われてしまったと思うと、ただただ、切ない。
「…本来なら、彼らの事も、母なる星の事も僕は覚えていなければいけなかった。
一度リセットされたメモリーの所為で、
今はただ『起こった事』として語る事しかできない。」
「彼らが乗った船の名前。
そして、その船のメインコンピューター…
それの名前は『ノア』。
…僕だったんだ。」
振り向いた彼の頬に、涙が見えたような気がした。
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「…だからですね!貴女の仕事はいつもいい加減なんです!
討伐頭数をまともに報告した事すらないじゃないですか!」
「え~?別に写真記録さえしてれば割り出せるんじゃにゃいかな~?
それをやるのも職員の勤めってヤツじゃにゃいのぉ~?」
「余計な仕事を増やさないで下さいと言ってるんですよ私は!
画像解析だって楽じゃないんですよ!
それにその口調!あざといんですよ貴女ァ!」
相変わらず、シベールさんとテトさんは言い争いを続けている。
そんな様子を止めもせず、ノアも相変わらず楽し気に見つめていた。
…そう、こんな喧騒すら愛おしいのだろう。
この星を、この星の仲間を、この星の命の煌きを。
全てが愛おしいのだ。
窓の外の夜空に、星が煌く。
私も、この星をもっと愛したい。
喧騒鳴り止まぬ中、微笑むノアを見つめつつ、心からそう思った。