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「ノア、確認したいことがあって来たの。」
『塔』の一室で双眼鏡の様なゴーグルを付け、
機械修理らしき作業を行っていたノアに真剣な面持ちで私は迫る。
今朝見た夢…カプセル落下位置のウイルス…
この二つの要素が合致し考えられる事に、私は不安を掻き立てられていた。。
「ええと…話だったらほら、ウォッチの機能を教えてもらったんだろ?
そっちで通話してきても…」
「それに関しても文句があるけど今はそっちじゃなくて、ね…」
ノアは作業に没頭したいようで、あまり今は私の相手を続けたくないように見える。
見向きもせず、ゴーグルを取り付けたままで私に提案する。
「そうだ、エウサラ。君の落ちたところには行ってみたかい?
この前も言ったけど何か手掛かりが…」
…どうやら厄介払いの為に他に行ってほしかったようだ。
しかし、その提案は却下だ。何故なら…
「立ち入り禁止だったよ?バリケードまで張ってて…」
そう、その場には行ったばかりで、先刻、追い返されたばかりの場所だ。
彼はやっとゴーグルを外し、私の方へ向き直った。
「え?バリケード…?
…ああ、エイバスだな。犬耳の男がいただろ?
一応、彼は町の警備官みたいな役割なんだけど、
ちょっと真面目過ぎるというか、慎重過ぎる男でね…
いつも大袈裟なんだよ、うん。」
彼は額に手を当て、やれやれとかぶりを振る。
「いや、慎重とかどうとかは置いといて…
彼から聞いたんだけど。隕石にウイルスが付着してたって…」
「うん、それで?」
「隕石って、私のカプセルを便宜上そう伝えてたのよね?」
「うん、そうだね。」
「それで、普通ウイルスは大気圏で燃え尽きるけど、
隕石の中に入り込んでた場合、稀に生き残ってる事があるって…」
「ああ、時々あるかな。中で冷凍されてたってパターンもある。」
「でもこの場合、ウイルスが入ってたのって…私のカプセルよね?」
「うん、そうだよ。」
「………」
「………」
一瞬の沈黙が流れる。
その沈黙を破り、彼はさっとゴーグルを掛けなおして作業へ戻った…
「…いやいやいや!
何軽く流してるの!つまり私、危険なウイルス感染者だったんじゃない!
こんな平然と街中歩かせてちゃダメでしょ!?」
流石に彼の真意が掴めない。
これでは私が外を歩き回るわけにはいかない、いや、既に相当ばら撒いてしまって…
しかし、彼は慌てる私もどこ吹く風の様子で、作業を続けながら冷静に答える。
「何か勘違いしているね。別に危険なウイルスじゃないよ?」
「……へ?」
呆気にとられる私に、彼は淡々と話を続けた。
「君が入っていたカプセルにウイルスが入り込んでいたのは事実。
君もそのウイルスに感染していたのも事実だ。
ただし、そのウイルスは発症したとしても、薬を投与して一晩寝れば治る、脅威の低い物だ。
事実、今君は健康面に何も問題ないだろう?君が目覚める前に薬は投与済みだったからね。」
「……はぁ…」
「言ったろう、エイバスは大袈裟だって。
君の落下地点の消毒殺菌処理だって、彼があんまり心配するもんだから一応しただけであって…」
なんという取り越し苦労…
一気に私の体から力が抜ける。
「……えーと、ノア…いや、ノアさん?」
「なんだい、改まって。」
「早とちりして取り乱してしまい、申し訳ございませんでした…」
「いや、別に君が謝ることは無いよ。
勝手に事を大きくしてしまったエイバスが悪い。」
深々と頭を下げる私を尻目に、彼はそのまま作業を続ける…
しかし今度はその口元に、可笑しさを堪えられずこぼれた笑みが見て取れた。
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「…ふむ、夢の中で見た記憶で、君が病に倒れるような所を思い出して…
ウイルスの一件で非常事態を考えた、と…」
ノアは一旦作業を中断し、私がどうして騒いでいたのかを確認していた。
「ひとまず、夢で記憶らしき物が思い出せてきているのは良い傾向だと思う。
夢ってのは記憶のデフラグ…つまり、整理整頓みたいなものなんだけど、
その途中で、要らないものは捨てられちゃうんだ。
今回は起きてからも鮮明に残っているのだから、それは重要な記憶なのかもしれない。」
しかし、と彼は付け加える。
「あくまで断片に過ぎないから、まだ結論付けるのは早計とも言える。
君がその記憶で倒れた原因だけど、
『ただの風邪でした』…というオチも残ってるかもしれないからね。」
「言われてみれば、確かに…」
改めて、自分自身の考えが浅はかだったことを思い知る。
記憶が明確になるまで、私の過去の病は考えない事にしておこう。
それならば、と、私は夢から確認できた他の情報の話を切り出した。
「ええと、でも星の流れる窓が見えたから、私が宇宙船で移動していた…
という点は確定なんじゃない?」
「そうだね。…その場合だけど、君がカプセルで放出されているということは、
君の乗っていた船は何かトラブルがあった可能性が高いね…」
「…あ、そうか……」
明らかに私の入っていたカプセルは一人用。つまり緊急脱出用のものだ。
つまり、私の乗っていた船は航行不能となるような事態に…?
記憶こそ無いが、私が一緒に居た人達が命を落としたかもしれないという事に、少し気が滅入る。
私の曇る表情に気が付いたのか、彼は少しおどけて話す。
「もっとも、まだ何も分からないけどね。あくまで可能性の話、さ。
そのうちしれっと、
『この星に落し物したんですが、知りませんか~?』
って連絡があるかも知れないよ?」
「…そう、かも知れないわね…
うん、ありがとう、ノア。」
私の気が少し楽になった様子を見て安心したのか、
彼は続けて新たな情報を話し続ける。
「もう一つ。実は、この惑星近辺からの救難信号を受信した記録は近年には無い。
君のカプセルはかなり遠方から流れて来たか、
それとも僕が思うよりずっと昔から時間を経ているのか…」
「…ずっと昔から?」
「うん、君はコールドスリープされた状態で宇宙を漂っていたから、
実は何十か何百か…もしかすると何千年も宇宙を漂っていた可能性があり得るんだ。」
私が何千年以上も前の人間である可能性…
そう言われても昔の記憶その物が無いわけで、全くピンと来ない。
「…カプセルの残骸から年代の特定とか…出来ないかな?」
「もちろんそれも考えたけど…あのカプセル、凄い技術だよ。
今製造されたばかりのように、劣化が一切ないんだ。」
「新しい物、というわけではなく…?」
「うん、試しに少し傷をつけてみたんだけど、すぐに自己修復する。
今君が首にかけているそれも一部だから、気になったら試してみるといい。」
そう言って、彼は私の胸元…
私が目覚めた時に渡された、名前入りの金属片を指し示した。
「…そんな凄い技術がある…というなら、
私が昔の人間だって線は薄くない?」
「あはは、ごもっとも。
他の場所から流れてきた可能性があっても、
技術レベルから考えて、長く見積もっても300年ぐらい前までかな…?
君が居た星の技術はこのEDENと同等か、それ以上かもね。
…それじゃ、話はここまで。僕はさっきの続きに戻るよ。」
彼はそう言って再び、先程の機械修理に戻ろうとする。
しかし私は彼が今日、ずっと没頭しているそれの正体が気になり、呼び止めた。
「…その機械、直すの難しいの?」
「うーん、実はもう殆ど直ってる筈なんだけど…
一部、逆に『簡単だから分からない』所があってね…」
簡単だから分からない?
いまいち意味が分からない。やっぱり気になる…。
「…見ても?」
「いいよ。」
そう言って、彼は作業中に掛けていたゴーグルを私に渡す。
成程、これは簡易顕微鏡のような物らしく、
迷路のように、幾重にも分岐した回路がハッキリ見える。
うーん、私が見ても一体何が何やら…と、思った途端、
――また壊れたの?少し貸して!
私の中の『私』が声を上げた。
「…ノア、使っていたピンセットとハンダを貸して。」
「…え?いいけど、もしかして君、また記憶が…?」
「いや、これは記憶というよりも…体が覚えてる、かもね。」
ゴーグルを上げ、私は彼ににやりと笑った。
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…最後に、破損していたコンデンサを取り換え、作業完了。
「…よし、終わり!」
作業時間、30分程。
その間、真剣に私の手元を眺めていたノアが、
ほう、と感嘆の表情を見せつつ、パチパチと賞賛の拍手を打つ。
「…いやあ、驚いた。その手の動きはまさに神業としか言い様が無いよ。
もしかすると君はエンジニアとして船に乗っていたのかも…?」
「そこまでは分からないけど、何かビビッと来たのよね…
…これって相当昔の物だから、修理に手こずってたのよね?」
「ご名答。前にも言ったシステムクラッシュの影響かな?
ローテク過ぎる物は逆に解らなくなる所がある。
僕が保管してる昔の物も、分からないものがいくつかあってね…
…やっぱり君、相当昔の人なんじゃない?」
「だまらっしゃい。」
「ハハ、ゴメンゴメン。」
からかい半分の言葉に、軽く怒気を混ぜた言葉でピシャリ。
本気でない事はお互い察しつつ、彼も軽い謝罪を返す。
「…それで、これは何?」
すぐさま、彼は興味津々の様子でこちらを覗き込んできた。
「まあ少し待って。ノア、一度照明を落としてくれる?」
「……?」
良く分かっていない様子だが、彼は照明を落とす。
私は壁に向かって、それのスイッチをONにした。
ブゥゥゥン…
修理した装置から光が投射される。
「……!こ、これは…!」
彼は映し出された映像に驚いた。
壁をスクリーンとして、一面の緑や山々、青空に流れる雲を映し出した。
「…やっぱり、プロジェクターだったみたいね。
記録媒体も磁気テープだったりと、かなりの骨董品だと思うわ。
映像自体は…環境映像みたいだけど、何処か分かる?」
得意げに振り返ると、彼は呆然と立ち尽くし、驚きを隠せない表情で映像を眺め続けていた。
「…あら?ちょっと?…ノア?…ねぇ、ノア?
…ノーアさーん?」
彼は繰り返しの呼びかけにやっと気が付き、
静かに、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「…何処か分からない…
いや…何処か分からないからこそ、解った。
…これは…僕たちの離れた、母なる星の記録だ…!」
彼が口にした事実に、私も驚く。
「EDENの映像じゃあ、ない…?」
「ああ、EDENにはあそこまで高い山は無い。
それに、映る植物等がこの星に自生する物の元となった『原種』だ。
…そうか、映像が残ってたんだな…。」
彼は感動に打ち震えて、今にも泣き出しそうだ。
…アンドロイドらしいから泣けるかどうかは分からないけど。
考えてみれば、彼は過去のデータが欠落しているのだから、
私と同じように記憶喪失のような物なのだ。
過去の記録が確認できたことにこれだけ感動しているのも頷ける。
「…そういえば、シベールさんがもしかすると、
私がその…『母なる星』?
そこから来たのかもしれないって言ってたわね…
確かにどこか懐かしさを感じる映像かも…」
確かに、郷愁のような感情を覚える美しい映像だ。
本当に、私もこの星から来たのかもしれない。
元々同じ星の出身だったら、少し嬉しいかな…?
「いや、それはあり得ないよ。」
私の感傷を打ち破るように、彼はキッパリと否定する。
「何よ、随分ハッキリ否定するのね。」
直接的な否定に少しムッとする私。
折角少し、そうだったら良いなーと思ってた所をコイツは…
しかし、続けて発せられた言葉は私の些細な感情を吹き飛ばした。
「母なる星は…消滅したんだ。」