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ノアの方舟に揺られて  作者: オイカワ ヨシヒト
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4

…目を開けると、白い無機質な天井と、星空の流れる天窓。

私は仰向けに倒れている。

そこに誰かが駆け寄り、私に声を掛けた。


――…大丈夫か、エウサラ?物凄い音がしたから何事かと…


――…ええ、大丈夫。ちょっと裾を踏みつけて足を滑らせただけだから。


――船での生活もかなり長くなってきたからね。少し体がなまってるんじゃないのか?


――そうね、少し体を動かしたほうがいいかも知れないわね…


眩暈を感じるも、私は立ち上がろうとする。

しかし、また私はふらつき、その場に崩れ落ち…


----------------------------------------


…ドサッ!


「い、痛たたたた…」


思い切り腰を打ち付け、その痛みから目を覚ます。

辺りを見回せば、この前借りたばかりの私の部屋。

ベッドから転げ落ちるなんて、どんな寝相の悪さしてるのよ、私…!


「さっきの夢…あれって私の記憶、だよね…」


まだはっきりとしない認識の中で、

過去と現在の認識を区別するため、目を覚ます前の記憶を反芻する。


「…そもそも、私はどうやって部屋に…?」


先程の夢より前の記憶を巻き戻らせると、再びあのおぞましい、巨大な黒い昆虫を思い出してしまった。


そうだ、私はあれを見て気絶して…

…この部屋にはノアとオリバーさんに運んで貰ったのだろう。

時計を見ると既に翌日であり、空は白み始めていた。


自身の来ている服を確認する。

害虫駆除時に来ていた防護服ではなく、

この星で目覚めた時と同じような、白いワンピースの寝間着に着替えさせられている。


「…まさか、ノアが?」


口にして、気恥ずかしさに一瞬で顔が真っ赤になった。


いや、でもノアは私を弄繰り回してる後だしそもそも彼はアンドロイドであって女性の裸に特別な感情は無いというか

そんな事よりそのまま帰って来てそのまま寝てたとか体洗うことが最優先なんじゃないのよもー!?


感情がしっぽを追いかける子犬のようにグルグル回るまま、

私はシャワーを浴びに浴室へ向かった…


----------------------------------------


「おはようございます、エウサラさん。お体の方は問題ございませんね?」


「おはようございます、シベールさん。

 …昨日は大変ご迷惑をおかけいたしました…。」


深々と頭を下げる。先程の私の妄想はすべて杞憂だった。

浴室から戻った後、テーブル上にシベールさんが着替えさせた旨のメモに気が付き、

今こうして真っ先に謝意を伝えに来ている、というわけだ。


…冷静に考えてみればそうよね…うん。


「いえいえ、ギルド員の助けとなることも仕事の内ですから、お気になさらず。

 昨日の依頼報酬は貴女の端末内より直接引き出せますので…」


「え、でも私、途中で気絶して役に立たなかったので…」


「ノアさんから、自分の成果も貴女に渡すよう言われております。

 そもそも彼は報酬もいらないですからね。遠慮なさらず、ご自由にお使いください。」


うーん、気遣いが気まずい…

ただでさえここまで、私はノアに言われるがまま行動するだけだったし、

自立するために色々知っていかないと…。


「あの、シベールさん、まだ私、知らない事が沢山あるので色々教えてもらいますか?

 授業料は払いますので…!」


「…ふむ、向上心があるのは大変宜しい事ですね。

 わかりました。場所を変えましょう。」


すっくと立ちあがり、彼女は私に付いてくるよう促した。


----------------------------------------


巨木の施設…もとい、スィナル中央役場から歩いて3分の場所。

うさ耳の店主が経営するオープンカフェで私とシベールさんは向き合っている。


「…はい、それでは今、あちらを通りかかった方の種別は?」


彼女はくるりと手首を回し、路地に見える通行人へ掌を向けた


「ええと、なんかツルっとした体をしているから、…アンフィビリアン、かな?」


「そうですね、彼はイモリ型の両生類型人種(アンフィビリアン)です。では、その後ろにいる…」


「あの羽は鳥類型人種(バーディアン)、ですね。顔の色とかから推測すると…キジ型?」


間髪入れずに行われた質問に即座に答える。


「正解です。では復習になりますが、私、シベールの種別は何だったでしょう?」


爬虫類型人種(リプティリアン)、です。アリゲーター型の。」


「よくできました!…では、この辺りでひと区切りとしましょうか。

 哺乳類型人種(ママリィアン)、ヒューマン純血型のエルサラさん?」


彼女は目を細め、私に賞賛の拍手を打つ。

それと合図に打ち合わせていたのか、うさ耳の店員が彼女の前にコーヒー、

私に色とりどりの木の実と野菜が挟まれたサンドウィッチとお茶を配膳した。

…コーヒーを一杯ご馳走する。それが彼女の要求した「授業料」だった。


「…それにしてもノアさんは一体何を考えているのか…

 この星の生き物についてだけならいざ知らず、

 まさかウォッチの使い方すらまともに教えないまま虫の駆除に連れて行くなんて、

 無責任にも程があります!」


カップに入れたスプーンをぐるぐる回しながら、シベールさんはプンプンと憤慨している。

ウォッチ…この前ノアが地下水路で使っていた腕時計型の端末。

一応私も先日の出発前に渡されているが、使用方法の説明は無かった。


「ええと…でも、この星の生まれなら子供でも知ってる物だというなら、

 失念してても仕方のないことなのかなぁ、と…

 聞かなかった私も悪いですし…」


「いえ、今こうして私に聞いてるじゃありませんか?

 エウサラさんはとても賢明ですよ。

 知らぬ事は見聞きし、知ればよい…それだけの事です。

 無知は恥ではありません。無知のままで居る事は愚かですけどね。」


シベールさんは持論を説くと、カップを口に運びコーヒーを一気に飲み干した。

小さいカップをちょこんとつかみ、大きな口に注ぎ込む仕草がどことなく愛らしい。


「…では、賢明なエウサラさんにもう一つ。

 この星の住民の成り立ちについて教えます。

 ここからは授業というわけではないので、朝食を取りつつ聞いてくださって結構です。」


彼女は中空に視線を置き、少し芝居がかった口調で語り始めた。


「今は昔、EDENがEDENと呼ばれる前、私達の祖先が入植し間もない時のお話…

 彼らは困っておりました。入植時、多くの生物がこの地に降り立ったものの、

 多くの種は途中の過酷な船旅や、この地の過酷な環境で倒れた者も多くいました…。

 そこで大きな問題が発生いたします。

 『このままでは、子孫が残せない!』

 そう、この星に到着する以前には居たはずのつがいの多くが欠け、

 彼らは子が生せない事態へと陥っていたのです…!」


一息ついて、彼女は唐突に元の口調に変え、私に向き直る。


「…さて、エウサラさん、そこでこの星は、どのような手段を取ったのでしょう?」


「むがっ?」


虚を付かれた質問に、私はサンドウィッチを咥えたままキョトンとした顔をしていた。


「…授業ではないといったのは私でしたね、失礼しました、。

 では、そのまま答えを言いましょう。

 入植時より健在であった生命科学の権威は考えました。

 『同種の生命でつがいを作れないのならば、他の種と交わればよい…』と…」


口の中に広がる木の実の甘やかな香りをお茶で流し込み、私は疑問を投げ掛ける。


「…でも、そんな事、不可能でしょ?」


「いえ、それが彼はできたんです。試験管の中での他の種との人工授精…

 彼は多くのそれを繰り返し、多くを成功させました。

 彼の活躍のおかげで種絶を免れ、今日の繁栄を謳歌することができましたとさ…

 めでたしめでたし。」


そこでシベールさんは手の平をポンと自身の胸元に当て、


「…その末裔こそがEDENの私達、という事なのです。」


と、一言加えた。


「つまり、皆さんの祖先がこの星に来た時点では、

 さっき教えてもらった多様な種別は存在しなかった…?」


「ご名答です。だから『純粋なヒューマン型は珍しい』って事なんですよ。

 …ほら、そちらの席のヒューマン型はどのように見えます?」


右隣の席に男性。よく見知った『ヒト』の姿ではあるが、

注意深く見てみると、耳が少し上にとんがっている。


「…言われてみれば、少し違和感があるかも。」


「種別は表面上に大きく出ている物を基準に付けられていますが、

 基本的にはこの星の人々は多かれ少なかれ、皆何かしら『混ざって』います。

 彼はおそらくネコ科の形質が部分的に出ていてあのような耳になっているのでしょう。

 もちろん形質だけでなく、他の種の性質がどのように出るのかも千差万別ですので、

 どのような能力を持っているのか、聞いてみるまでは分からない事も多いですね」


ふむ、と唸る私。

つまり、普通の人に見えても他の動物の能力を持ちえる人もいるという事。

パッと見だけでは分からない、と…。


「エウサラさんの記憶にある動物の名前等は、

 今現在もEDENに居る者達の元に一致するものが沢山有ります。

 おかげで種別の説明も多くを省いて伝えられたので、助かりました。

 …もしかすると、エウサラさんが来た場所は私達の祖先が遠い昔に離れた、

 母なる星そのもの、なのかもしれませんね。」


そう言って、彼女はどこか楽し気に微笑み、天を仰いだ。

それにつられ、私も天を仰ぐ。今日も胸のすくような快晴だ。


----------------------------------------


食後、シベールさんと別れ、私はある場所へ向かっていた。


町のはずれの森の一角にバリケードが張ってある。

その先には、円形にに木々が消えている、不自然な場所。

剥き出しになった地面には焼け焦げたような跡も見受けられ、

その中心は蟻地獄のように窪んでいる。


そう、私は其処に落ちてきた。


私が入っていたカプセルはノアの『塔』内に回収された為、めぼしい物があるとは思えない。

だが、落下時に四散した破片などから、私に繋がる物があるかも知れない。


そう思っていた矢先、一人の男性に呼び止められた。


「おい君、この先はしばらく立ち入り禁止だぞ?

 隕石の落下があったのを知らないのかい?」


警備員の様な出で立ちの、犬耳の男性…

成程、どうやら私が入っていたカプセルの落下は、

隕石だったということで伝えられているらしい。


「…見学ぐらいはできませんか?」


立ち入り禁止とは聞いたものの、簡単に引き下がる気は無かった。

自分に関わる情報が少しでも欲しいと、私の心は逸る。


「…もしかして、聞いていなかったのかい?

 隕石にウイルスが付着していた、って。

 消毒はしたけど、しばらくは様子を伺う必要があるって…。」


「ウイルス…?」


「そう、宇宙空間で活発化し、隕石や宇宙のチリと一緒に落ちて来て悪さするタチの悪い奴さ。

 通常は大気圏で燃え尽きるんだけど、隕石の内部に入って生き残ってる場合があるんだ。

 薬で治るとはいえ、万が一もあるから見学はまだ許可できないなあ…」


ノアからは、ウイルスの事は聞いていなかった。

そして、ウイルスが燃え尽きずにいたということは…


ノアに、聞かねばならない。

私は踵を返し、『塔』へ向かった。

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