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惑星、『EDEN』。
恒星『S-J』の第3惑星。
8000年の時を経て、
生きとし生けるもの達の住み良い環境へと作り上げられた、
まさに神々の作りし理想郷、エデンの園そのもの…
一日の長さは43時間。
人々は長い昼の喧噪と長い夜の静寂を繰り返し生活している。
しかし、その住み良い環境で繁栄を謳歌できる者は神々に認められた者だけではなく…
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ピチャッ…ピチャッ…
張り巡らされた水管から水滴の落ちる音が聞こえる。
辺りの空気は湿っていて、
じっとりと、生ぬるい湿気が私の肌に纏わりついた。
ザザッ…ザザザザッ…
耳障りな、紙が擦れる様な音が先の角から聞こえて来る。
その音の正体に関しては事前に聞いているが、流石に解っていても怖気が走る。
逃げ出したい衝動を抑え、手に握った武器を握りしめ、私は身構えた。
ノアも迎え打つ体制を取り、私を奮い立たせようと声を掛ける。
「エウサラ、君は撃ち漏らしを頼む!…来るぞ!」
ザザザザザザザザッ!
黒い塊となってそれは、私たちに一斉に飛びかかってきた…!
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「えーと、一、二、三匹…
うーん、まだまだいるなぁ…」
ノアは仕留めたそれを丁寧に数え、腕に付けた端末のカメラに記録していく。
私、エウサラはギルド登録の翌日、
一番最初に目についた依頼、『地下用水路の害虫駆除』をこなしていた。
初めてとはいえ、ノアと熟練ギルド員が同行の上での仕事となったため、
ここまでそれ程の苦労も無く、順調に仕事をこなしていた。
ノアが今一匹一匹と几帳面に数を数えている昆虫は…
見た目で言えば、私の記憶にうっすらある『ゴキブリ』そのものだ。
しかもでかい。一匹が体長70cm前後…イエネコぐらいはあるだろうか。
駆除の為渡された道具は一本のバトンのような物とおもちゃの様な銃…
ふざけているのかと思いきや、それぞれ熱線の刃と弾丸を打ち出す強力な武器だった。
それを使って一匹一匹、地道な駆除活動を行う…というわけだ。
「これって薬品で一網打尽にするとかできないの?」
積み重なった虫の死体を見て再び怖気を感じ、
依頼文を確認した時からの素朴な疑問を投げ掛ける。
「…見ての通り、ここは水路だ。
施工から2000年は経ってるけど未だ現役で、ここから利用される生活用水は多い。
そこで生物を直接殺すような薬品を使うなんて出来ないって事ぐらいは解るよね。」
「うん…でもこれだけ発達した技術を持っておきながら、手段は随分アナログだな、って」
私は握ったままのバトン…もとい、ヒートセイバーを見ながら質問を続ける。
「…まあ、薬品での駆除を行っていた事もあるんだよ。
この水路が施工後、100年ぐらいはそれで行っていたかな…
でも生命ってのは大したものでね、薬品で駆除を行っていても、それに対応する強い種が現れるんだ。」
黒光りするアレをポイポイと積み重ねながら、ノアは続ける。
「最初は『それならば』と、さらに強力な薬品を投入する。
しかし時が過ぎると、それにも対応した種が現れ始める。
『なにくそ』と、さらに強力な薬品を投入するけど、またまたそれに対応した種が現れ…」
と、ここでノアは私に向き直り、
掴んでいた長靴大の死骸を私に突きつけた。
「気が付けば、人すら殺す薬品を投入しないと死なない、
こーんな大きな進化を遂げていました、とさ…」
再びそれを積みなおし、ノアは続ける。
「まあそんなものだよ。自然を思い通りに制御できるなどと思っちゃいけないね。」
成程…科学が進歩しようと、ままならない事はある物だ。
それでも疑問点は残っていたが、それを聞くのは今では無いかな…
なぜなら、考えるよりも手を動かせとノアの目が言っている…
まだ沢山転がっている虫の死骸を、私も拾い、片付け始めた。
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虫の死骸を集め終わり、次の区画へ移動する。
そこまでの道中は駆除が完了しているらしく、虫の気配は無い。
せっかくなので、解決していない疑問を歩きながら確認することにした。
「薬品が使えない理由は分かったけど、
そこに人手を割かなきゃならない理由って無いような気がするのよね」
「ふむ、何故そう思うのかな?」
「一応再確認しておくけど…ノアってアンドロイド、なのよね?」
そう、つい忘れがちだが、彼はこの星の管理システムと直結しているアンドロイドなのである。
あまりに感情豊かで未だに疑問視するところではあるが…
「うん、前にも言ったけど、君の星の定義ではそう呼ぶ物のはずだね。」
「つまり、あなたぐらい高度とは言わないけど、
害虫を認識して自動駆除する機械ぐらいならこの星の技術で作れないのかなぁ、と…」
「ああ、そういう事か…そういう話なら、答えはノーだ。
完全自動化の駆除マシーンや防衛マシーンの運用は以前にも行ったことがある。
その結果だけど…昨日見た依頼の中にそれに関連するものがあったね。」
ノアは腕時計型の端末から、依頼文一覧を表示する。
彼はその中の一行を指さした。
『討伐依頼:暴走防衛マシン』
「そういえばこんな依頼もあったけど…
暴走?ノアみたいな完全なアンドロイドを作れる技術があるのに…?」
彼は目を伏せ、かぶりを振る。
「実はこの星では人工知能の研究が少々行き詰っているんだ。
『判断』というファジィなものがどうしても狂ってしまう。
投入を行った自動化マシンは全て、元の対象外の生物に牙を剥く存在となってしまっている。
依頼文にあるものはそれの一つだね。」
それに…とノアは付け加える。
「エウサラ、君の認識にも誤りがある。実は僕はこの星で作られた訳じゃない。
この星へ入植する以前から存在していた、という記録はあるけど、
作られた場所も時期も全く分からないんだ。」
「自分の事なのに…分からない?」
「この星が恐竜的進化を遂げた事にも関係するんだけど…
入植した有機生命体が一定数を越えた時に、僕は一度システムダウンを起こしたらしいんだ。
…ああ、らしいってのは復旧に携わった人達が教えてくれたからなんだけど」
あくまで人づてだからか、彼は他人事のように話している。
「今から3000年前、
この星の有機生命体が1000憶を超えることを想定していなかったのか、
そこまで運用することを考えていなかったのか…
とにかく僕の記憶領域はパンクして、一時的に全てのシステムは停止した…
その緊急の復旧の際にね、入植以前のデータは霧散してしまったらしい。」
ノアはこの星、EDENの管理者だと言っていた…
そのシステムが停止した、ということは…
「…っと、長話してる間に目的の区画に着いたね。続きの昔話はまた今度。」
「え、ええ…」
まだまだノアとこの星について、知らなければならない事が多そうだ。
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地下用水路、旧区画…
先の区画よりもさらに古く、人の手が入らなくなった場所も多い。
旧区画の入り口に体格の良いゴリラの様な…もとい、実際にゴリラの混じった種族の男性が待っていた。
「お疲れ様ですノアさん。CとD区画は駆除完了いたしました」
「お疲れ様、オリバー。今日は協力してくれてありがとう。」
「いえいえ、新規ギルド登録者の手本となることも吾輩のような熟練者の務めですからな…
エウサラ嬢も無事なようで何よりです。」
「あはは…お気遣いありがとうございます…
私達が一区画でヒィヒィ言ってる間に二区画こなせるとかスゴイです…」
彼が今回、私達に同行してくれた熟練ギルド員のオリバーさん。
この星に軍隊は無い。しかしオリバーさんの厳格な雰囲気は軍人のそれを連想させるに十分だった。
「…別に僕はヒィヒィなんて言ってないぞ。」
先の私の言葉にノアが少しムッとしていた。
「あー、ごめんね。でも最初にオリバーさんが一人で全部やっつけちゃった所も見てるし、
比べちゃうと少し頼りないかなー、って…」
そう、実は最初三人で行動していたのだが、オリバーさん一人で何とかなってしまう状況から、
少しは自力での対処も学ばねば…と、別行動を取っていたのである。
「仕方ないだろ?別に僕は戦闘をこなすための端末じゃないから、
こういう体を動かすことは通常のヒューマンタイプ男性相当だって、入る前に言ったよね?」
「ハッハッハッ、ノアさんとエウサラ嬢がこれだけ仲良くできるのは結構結構…
虫共にも慣れた証拠ですな。」
「え?ああ、おかげさまで…」
あの虫を最初に見た時、私は後ろで悲鳴を上げるばかりで何の役にも立たなかった。
が、流石に一日で何匹も続けて見続けたとあって今はもう慣れたものだ。
「…でも旧区画はどうかな?」
「…もしかすると気絶してしまうやもしれませんな。
もっとも、そのような場合に備えて吾輩が居るわけですが…」
「だよねえ、でも僕は頼りないらしいからなー?何かあっても助けられないかもなー?」
ノアが棒読み気味の台詞を吐きつつ、にやりと笑う。
「…ちょっと待って、まだ何かあるの?」
「いや、別に?」
見え見えのしらを切るノアとオリバーさんを追い、旧区画の奥へ付いて行く。
旧区画というだけあり、所々通路が風化し、崩れている個所等も見受けられる。
機能自体は問題ないらしいが、流石に足場が不安定なのは気にかかる…
そんなことを考え注意深く、100m程歩いたあたりで、それは聞こえてきた。
ザザ…ザザザザザ…
先程何度も聞いた、細かく紙の擦れる様な不快な音…
しかも今度はかなり多い…
「…来た!流石に冗談じゃすまないから、エウサラは下がってて!」
「大丈夫、私も充分慣れたから援護を…」
そう言いかけ、私は言葉を失った。
「―――――――――――――――――!!!」
声にならない悲鳴。
目の前に現れたソレは先程とは比べ物にならない、
1mをゆうに超える巨大なゴキブリ…
…私の地下水路での記憶はそこで途絶えた。