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ウィィィィィーン…
私、エウサラは今、とても長いエレベーターで地上へ向かっている。
ノアが言うには、町で私を受け入れる準備ができたらしい、との事だが…
先日この星の風景を眺めた時に薄々気が付いていたが、
私が目覚めた場所は地上より何千メートルも高い位置にあった。
何でも『管理者』であるノアがいつでも自分の成果を…
『EDEN』を眺められるように建設した、とても高い『塔』。
「まぁ、単に高い場所が好きなだけなんだけどね。」
本気か冗談かは定かではないが、にこやかに彼は話す。
もっとも、この『話す』というのも厳密には少し違うらしい。
この星では意思の疎通に直接脳波の伝達、
すなわちテレパスを介して行われている。
先日、私とノアが初めて言葉を交わしたときも、実はすべてテレパスで行われていたそうだ。
何でも入植直後、この星の大気が希薄で、
音を通じての意思の疎通が困難だった時代に発達したコミュニケーション手段らしく、
それ故に、相手に伝えているのはニュアンスのみ。
それぞれの脳内で自動的に言語として変換されている、との事だ。
発声器官を持たない種族も同等の意思疎通ができる、
まさに最高の『共通言語』というわけだ。
ちなみに私はというと…
「君は元々テレパスが使えなかったようだけど、
修復した時に使えるよう少し弄っといたので安心していいよ。」
…と、いう事だ。
知らないうちに自分自身の体が弄繰り回されていた、
というのは正直良い気分ではないが、まあ仕方ない。
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『塔』から歩いてすぐの町、スィナル。
『塔』から出た私は、その光景に目を丸くして驚くばかりだった。
犬や猫、爬虫類や鳥類、そんな動物たちの顔を持った、二足歩行の人々。
「だから言っただろう?発声器官を持たない種族も同等だって」
目をぱちくりとさせる私を愉快そうに見つめるノア。
「どうやら、君の星では共通の立場を持つ種はそれ程多くなかったようだね?
まずはその常識に慣れる事からかな…?」
「だ、大丈夫!すぐに慣れます!慣れてみせま…ひゅ!?」
己を奮い立たせんとするも、
早速、ノアに近付いてきたカラス頭の女性に驚いてしまった。
「あらァ!ノアさん!この前は大変だったわねェ!」
気さくにノアに話しかけるカラスの人。
つい、私は子供のようにノアの後ろに隠れてしまった。
「おはよう、ターヤ。落下物騒ぎの時は助かったよ。」
「いやァ、普段の恩も考えれば、騒ぎの時ぐらいお役に立てないとォ…
…って、その後ろの子、もしかして…?」
「そう、あの騒ぎの際の落下物さ。今は少し、自分の星と様子が違うことに驚いててね」
ターヤと呼ばれる彼女は、どうやら私が落ちて来た時にお世話になった人らしい。
ならば、せめて挨拶ぐらいちゃんとしないと…!
「は、はじめまして。私、エウサラと申します!その節は大変お世話になりまして…」
「あらァ、いいのよォ、私がやった事なんてその手足を拾ってきた事ぐらいなんだから。」
「いえ、本当にありが…手足?」
私が落下時に、カプセル半壊と同時に潰れていたことは聞いている。
でもなんだ手足って。
「あらァ、もしかして聞いてなかったァ?貴女、首から下全部四方八方に飛び散ってて、
そりゃもう現場はスプラッタな状況で」
「…内臓が潰れてたとしか聞いてません」
「あらァ、あらあらあら…」
一応ノアなりに気を使ってそこまで状況を話さなかったのか、
それとも単に飛び散ってたが四肢は潰れてなかった、という解釈だったのか…
「いやァ、でもあんな状態から再生できてよかったわねェ!
この星じゃなかったらあんた鳥の餌よホント!私が言うのもなんだけどォ!」
とりあえずこの星のテクノロジーが凄いということは分かったけど…
あんまり知りたくなかった情報だなぁ…
「それにィ、本当ならこの星以外の物は…」
「あぁ、ストップストップ。実は彼女、まだ記憶がハッキリしてないんだ。
ターヤがいつもの調子で話し続けると頭がパンクしちゃうだろ?」
機関銃のようにターヤさんが話を続けようとしていた所にノアが割って入り、止めてくれた。
事実、あまりにグイグイ来るものだから、頭が混乱している。
「あらァ、ごめんなさいねェ。
今から登録?それなら落ち着いたらまた話しましょォ?」
カラカラと愉快に笑いながら、ターヤさんは立ち去る。
「…登録…って、なんですか?」
「ああ、彼女の言った通り、これから済ませる事さ。行けば分かる。」
そう言うなり、ノアは町の中央へ見える巨大な木へ向かうよう促した。
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「…凄い!…素敵!」
町の中央にあのような巨大な木が立っている事にも驚いたが、
その中にこのような巨大な施設があることに、私は只々感動していた。
ノアの住居だという『塔』も凄い建築物ではあったが、
大きな感動を生むような芸術性や神秘性はあまり感じられなかった。
しかしここは、常に巨大な『生命』の流れを感じることができる。
耳を澄ませば、じっとりと水を湛えた葉脈の脈打つ音が聞こえ、
肌には長く深い、とても大きな息使いが触れ、
鼻には濃厚な、香しい生きた木々の芳香が、常に感じられる…
そう、私は覚えている。
深い森の中、木々の側に身を任せ、生命を称える音を感じた事を…
「ノア、感動している所悪いけど、先に用事を済ませてからにしてくれないか?」
ノアは既に施設内左端の窓口に動いていた。
我に返りいそいそと、私もノアの隣、ワニの顔の受付嬢の目の前に座り込んだ。
「…ノアさん。この子が、あの時の?」
「ああ、そうだ。出来るだけ手早く頼むよ。」
やり取りを見る限り、彼女も私が落ちてきた事を知っているらしい。
「どうもはじめまして。
私、当ギルド職員のシベールと申します。」
「あ、はじめまして!エウサラと申します。」
深々と会釈するシベールさんにつられ、私も深々とお辞儀をする。
「さて、ノアさんから頼まれた通り、ギルドへの登録を致します。
先に貴女の遺伝子コードを登録いたしますので、片腕を窓口にお願いします。」
「ギルドへの…登録…?」
「あー、実はだね、君の住民登録と仕事斡旋の為に必要なんだ。」
「…?そんな事なら別にいいけど…」
少しバツの悪そうな感じで、ノアは説明する。
聞く限りでは別にそんな気にするような事でもないのに…?
少し訝しみながらも、私は窓口へ右手を差し出した。
「ハイ、それじゃあ少しチクッとしますがお気になさらず。」
そういうと、スタンプのような物をシベールさんは私の右手甲に当てた。
「んっ…」
確かに少し肌に刺激が走り、少し声が漏れた。とはいえ強い痛みという程でもない。
シベールさんはテキパキと、私から離れたスタンプのような物…
もしかして注射器だったのだろうか?
それを端末に差し込み、宙に浮かぶホログラフのインターフェイスから情報を入力してゆく。
「純粋なヒューマンタイプは珍しいですね…
健康状態は良好、目立った疾患も見当たらず…
…ハイ、問題なしです。今から自室へのマップを直接脳内転送いたしますので、
その姿勢のまま数秒お待ちください。」
言われた通りに動かないでいると、唐突に私の頭の中に地図情報が入ってきた。
少々驚きを隠せない様子の私に、悪戯っぽい笑みを浮かべたノアが覗き込んできた。
「どうだい、頭の中に直接情報を叩き込まれる感覚は?
なかなか刺激的だろう?」
「うーん…ちょっとこれ、心臓に悪いかなぁ」
私は苦笑いを返すしかなかった。
「登録作業は以上です。お疲れ様でした。
エウサラさん、この星での生活が楽しい物になることを願っていますよ。」
「いえ、どうもありがとうございます。」
再び丁寧な会釈をするシベールさんへそれを返す。
とても仕事のできる、キッチリとした大人の女性だな、と感じた。
「ありがとうシベール。また今度、美味しいお酒でもご馳走するよ。」
ノアのその言葉にも、彼女は小さく会釈を返す。
しかし、良く見るとしっぽが大きく揺れている。
ワニ特有の大きな口を開け、豪快にお酒を飲み干すシベールさん…
先程の仕事ぶりとは真逆のイメージが想像できて、少し可笑しかった。
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早速、脳内に刻まれた克明な地図を頼りに、私は自室へたどり着いた。
「このように、自宅を持たない者や、他の街から一時的な仕事の為赴任してきた場合は
ギルド内の一室があてがわれるようになってるんだ。
広い場所じゃないけど、自由に使ってくれ。」
ノアの説明の通り、広い場所ではないが一通りの家具が揃っており、
生活するのになんら困ることは無さそうだ。
もちろん、ギルドの内部ということで、ここも先程の巨木の中の一部。
回りの床から壁まで、生きた木々の香りに満ち満ちている。
私自身が木に住まう昆虫の一匹にでもなったようで、とても楽しい。
ただし、唯一私が先程から気になっている物…
部屋の中央のテーブルにある端末には数多くの『仕事』の情報が並んでいる。
先の登録時だろうか?地図だけでなく、この星の言語も同時に送信されていたのか、
文字は問題なく読めるようになっていた。
問題はその内容。
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『急務!地下用水路に害虫が大量発生』
『エイリアンが住み着いて困っています』
『討伐依頼:暴走防衛マシン』
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「ねえ、ノア、これって…」
私が言うより早く、ノアは手を合わせ謝りだした。
「すまない!
実はこの星、他の星からの移民制度が整備されてなくて、君の身元も上手い具合には捏造できなくて…
やっとねじ込めたのが、こういった厄介事を斡旋するギルドぐらいしかなかったんだ!
本当にすまない!」
ノアはひたすらに平謝りを続ける。
…謝られる事なんて何処にもないんだけどなあ…。
私はこの星に落ちて、ノアに命を救われた。
この星に順応できるよう、テレパスも与えてもらい、身分も与えてもらった。
そう、今、私がここにいるのはすべてノアのおかげなのだ。
――すまない…本当に…すまない…!
遥か昔、同じように…
…いや、もっと悲痛な許しを請う声を聴いた気がする。
そうだ、私はその時、彼に言った言葉は…。
「大丈夫、あなたは何も悪くないよ。
ここまで私を想ってくれて、ありがとう…」
私は彼を抱きしめ、心からの感謝を伝えた。