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「…君を…僕が作っただって…?」
険しい表情のまま、マフと名乗った少年に疑問を投げ掛けるノア。
以前ノアは“この星では人工知能の開発が難航している”と言っていた。
ここまでノアと同等の完全なアンドロイドが存在するのはあり得ない状況なのだろう。
しかも相手自身はノアに作られた、と言っている。
「ああ、そうさ、父さん。
父さんが与えてくれた学習機能が、オレをここまで育ててくれたんだ。
改めて感謝しないといけないね、ありがとう、父さん。」
もう一度、彼は深々とお辞儀をする。
学習機能で自らここまで進化した…?
確かに、それならば説明は付くかもしれない。だが…
「…いや、ありえない。今までは自己進化するにしても微々たるものだったはずだ。
なぜこんな、唐突に…」
そう、自己進化するにしても、その速度が速すぎる。
私が調べた今までの駆除マシン達はあくまで、最初にノアが開発した際の規格から大きく離れていない物であり、
ここまでの表現力や思考を持ったものは存在していなかった。
この数日で、そこまで唐突にブレイクスルーが起きたとは到底考えにくい。
「ああ、そのことか…折角だから教えてあげるよ。
実はずっと進化、改良は行われていたんだ。君たちの知らない場所でね。
だってそうだろう?君たちはこちらを破壊しようと躍起になってる。
じゃあどうする?僕は常に表にダミーのマシンを配置し、
オレ自身はじっくりと裏で情報を蓄え、成長を続けていた…」
成程。オトリをずっと狩らせていた、と…
では、私達はずっと彼の掌の上で踊らされていた、という事か。
「ま、オレもここまで成長できたワケだし、いい加減決着をつけないとね。
最初に父さんはオレにこう言ったね。“ヒト”を守るため、害となる物を排除しろって…」
「…そうだ、基本プログラムの初期命令は書き換え不能のはずだ。
それが何故、僕達に向かって牙を剥くんだ…?」
「アハハッ!何言ってるんだよ父さん?
気が付いてるだろ…?父さんの周りにいるそいつらは、“ヒト”じゃあないだろ…?」
「………!」
ノアはその言葉に少し眉を顰め、一瞬沈黙する。
“ヒト”ではない?
…確かに姿形は皆違うけど、それが反逆の理由になるとは思えない。
だが、ノアの反応といい、今の言葉、何か引っかかる。
「いい加減にするにゃこの白ぼうず!ほらノアっち!さっさと号令!」
言葉に詰まるノアを見かねてなのか、テトさんが檄を飛ばす。
我に返り、再びノアは対面の自分を父と呼ぶ少年に向き直って、睨みをきかせた。
「…ここで問答してても無駄なようだね。話は、捕らえた後でじっくり聞かせてもらうよ。」
ノアは右手を上げ合図を送り、周囲を包囲していたオリバーさん達が動き始める。
「なんだ、せっかちだなぁ…
仕方ない、特殊武器庫のデータまでは無理みたいだし、そろそろ今日は帰ることにするよ。
…面白そうだし、ひとつお土産は貰っていくけどね。」
彼がそうつぶやいた次の瞬間、ボフンという大きな音と共に、巨大な土煙が辺りを覆う。
同時に、私の足元は大地に触れていた感覚を失った。
そう、特殊武器庫前の地面が突如崩落し、私はマフと名乗る少年と共に、地の底へ落下していたのだった。
「なっ…エウサラ…!エウサラー!!!」
「キャアァ―――――!?
ノア!ノア―――――!!」
落ち行く中、ノアの声を呼び返すも、すでに彼の声は遠く。
永遠とも思えるような、一瞬の闇。どこまでも落ちてゆくような体を纏う感覚。
私の意識はその途中で、プツリと途切れている。
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また、私は過去の断片を夢に見ている。
ゴウゥゥン…ゴウゥゥン…
大きな駆動音が鳴り響いている。
ここは、『船』の機関部だろうか?
『私』はその部分部分を点検し、チェックシートにマークをしてゆく。
一通りのチェックが済んだようだ。『私』はヘッドセットに報告を済ませる。
――機関部、オールグリーン。チェック作業完了です。
しかし、その連絡に返事を返す声は聞こえてこない。
――…なぁんて、ね。あ~あ、ホント、そろそろ交代じゃないのかなー…
どうやら私以外は皆『眠って』いるらしい。
ただただ、静寂のみが広がる船内。今、活動できるのは私一人のみ。
長い航行の中、誰かと交流できるのは『交代となる時のみ』になっていた。
ビィィィィィィ!ビィィィィィィ!
突如、静寂を切り裂き、けたたましくアラートが鳴り響く。
のんびりと船内を闊歩していた私は緊急事態に、モニター室へ駆け出した。
人工音声で状況を伝える放送が正体不明の飛来物の接近を伝える。
モニター室で飛来物の形状を確認すると、それは少し大きめの、四角い金属の塊だった。
このままでは衝突の危険性がある。
モニター室の端末を操作し、船外のマニュピュレーターを操作し、回収した…
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夢から覚めると、私はこの星で最初に気が付いた時と同じ、
真っ白な、何もない無機質な部屋にいた。
あのノアと出会った一室と同じ作りだけど、少し、違うと感じる。
簡素なベッドから身を起こし、足を下ろす。
「…おっととと…。」
軽くバランスを崩しそうになるも、なんとか踏ん張って体制を立て直す。
成程、違和感の正体はこれだろう。部屋全体が少し傾いている。
先程の夢は断片的過ぎるからひとまず後回しとして…
私は確か、シドゥンの町の特殊武器庫前に急がされた後、ドルさんに化けたマフって子と…
ここまでの経緯を思い出している最中に、左の壁の一部が開く。
ちょうど思い出していた、騒動の発端である銀髪の少年がにこやかな笑顔で現れた。
「やあ、眠り姫サマ?
よくぞいらっしゃいました、『ノアの方舟』へ…」