12
病院のベッドに横たわるテトさんの横に私は立ち尽くしていた。
幸い、彼女の負傷は浅く、命に別状はないらしい。
だが、常に明るく振る舞い、場を常に盛り上げてくれていた彼女が欠けることは、皆の士気に大きく関わることだと実感した。
また、彼女だけが負傷した訳ではない。今回は駆除マシン破壊に携わっていたチーム総崩れなのだ。
一体何があったのか、病室前でオリバーさんが初めから状況を説明してくれたが、
その内容はとても信じられない、衝撃的な物だった。
「エイリアンの群れと…駆除マシンの群れに挟撃された…?」
「…はい、奴らは周辺にアンモニアをばらまいて嗅覚を潰し、
次に音波攻撃で聴覚を潰し、こちらのセンサー役を使い物にならなくしました。
気が付いた時には既に遅く、周辺は彼奴等に包囲され、一斉に…」
俯いて拳を握り、苦々しい表情でオリバーさんは状況を語る。
続けてノアが襲われた時の詳細を補足する。
「完全に統率された行動だった。狩りに追い込まれていたのは完全に僕らの方だった。
エイリアン達が駆除マシンに騎乗して襲ってくる姿には驚いたよ。
奴らは手に握った金属の塊を僕に向かって投げつけたんだが、それをテトがかばって…」
自動機械と、先日会った原始的な彼らが連携を取っていたなど、到底信じられない。
しかし事実であり、その結果が今の状況だ。
私が調査したマシンのデータは既に役に立たないと考えても間違い無いかも知れない。
病室から離れ、各所に連絡を取りながら移動する。
病院出口に向かいつつ、ノアは話を続けた。
「…もう一つ問題がある。今日はフラッシュガンを無効化する機体が居た。
標準装備だけでは倒せない機種が突然現れ始めたってことさ。
何かおかしい。昨日のレーダーを無効化する機体だって稀に現れるぐらいだったのに…
状況が突如一変しすぎている…」
再び告げられた喫緊の状況に驚愕を隠せない。
この数日で、何が原因でそこまで状況が…?
考えを巡らせても、そもそも私はここに来たばかりだ。何かが思い当たるはずも無い。
変わった事件と言えば、私がこの町に入る時にセンサーに引っかかったことぐらい…?
あれこれと考えを巡らせる私を尻目に、ノアは忙しく各所に繋ぎ、通話をしている。
そして出口に差し掛かったあたりで、通話口の向こうに知った声を聞き、耳をそば立てた。
相手はやはりドルさんのようだ。
「不味い事になった。フラッシュガンの通用しない機種が現れた。
…うん、そうだ、テトは現在病室で治療中だ。
…ああ、うん、特殊武器庫の解放か。できれば使いたくないけど…
…そうだな、許可するよ。開錠コードは…」
通話を終了すると、彼は私に真剣な面持ちで事を伝える。
「すまないエウサラ。特殊武器庫に向かってくれ。その中でドルも待っているはずだ。
現在捕獲されてる駆除マシンの構造を熟知している君たち二人で、
的確に彼らを完全破壊できる手段を考えて欲しい。」
今まで持ち帰っていた物を、ハッキリと完全破壊に切り替えた事が、
現在の緊急的な状況を如実に表していた。
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気が付くと外は既に日が落ち、
辺りは薄い暗がりに包まれていた。
『EDEN』にはいくつかの衛星があり、夜であってもそれらが常に複数で恒星の光を返す為、
完全な夜の闇が訪れることは無い。特に灯りを持たずとも夜を歩くのに不便はしない。
スクラップ置き場を抜け、私が作業をしていた工場の横も抜ける。
さらに奥に進むと、何重もの錠で厳重に守られている白い丸型の大きな扉が目の前に現れた。
「…よお、眠り姫。えらい事になったな…」
「ドルさん…ここが、特殊武器庫…?」
いつものように壁に肩を擦りつける様に寄りかかって、彼は扉の横に居た。
そのままゆっくりと肩を起こして私に近づき、
開錠手順を簡潔に、解りやすく私にレクチャーする。
「…基本的な手順は以上だ。それで、開錠コードは教えてもらってる。
最終的なロックはゲノムスキャナーとの二重ロックになってるんだ。
早速そのスキャナーに手を合わせてくれ。」
ドルさんに促され、私はスキャナーに手の平を合わせようとする…
…でも、ちょっと待って。よく考えてみると、何かおかしい。
ノアは私に『武器庫の中でドルさんが待っている』と言ったはずだ。
開錠コードを知っているのならば、彼は何も入り口の前で待っている必要など無いのではないか…?
躊躇する私に気が付いたのか、彼は少しイライラした様子で私に声を荒げた。
「おい!どうした!?はやくその手を付けろ!」
様子がおかしい。今までここまで彼が声を荒げたことは無い。なぜ彼は苛立っている?
そう言えば彼は途中から体を壁から離していた。そのせいで?
いや、そもそもそこまで体を離しても平気な物だったのか?
何か表情も普段の彼とは違う。いや、顔自体も何か違う人物のように見えてきた。
常に瞼を半分落としていたような眼はハッキリと見開かれ、
今まで知らなかった彼自身の大きな瞳を認識させた。
常に半笑いのまま固まっていたような口角は、今は真一文字に固く閉じられている。
私は知らない、この人は、知らない…!
「…エウサラちゃん、そいつから離れて!」
「えっ…?その声は…!?」
響き渡る、聞き覚えのある凛とした声と同時に、一斉にドルさんに向けライトが照らされる。
振り向くと、治療中だったはずのテトさんとノアが。
そしてオリバーさんが大勢を引き連れ、周りを取り囲んでいた。
一歩踏み出し、ノアが口を開く。
「…ドル、僕は君に武器庫の中で待っているように言ったよね。
なんで入り口の前で、わざわざエウサラが来るのを待っていたんだい…?」
「…えっ…?ああ、ノア!すまねぇ、ちょっと勘違いしちまってたみてぇだな?」
思い出したようにドルさん…いや、彼の振りをした人物は表情を変え、取り繕っている。
「…誤魔化すのはいい加減にするにゃ。
匂いや疑似的な体温まで作って誤魔化しても、あたしの感覚にゃバレバレ…
…って、だからあたしが居ない時を狙ってエウサラちゃんに接触してたのよね?」
「妙に君がテトの存在を気にするから、少し急ぎで治療させてもらったよ。
エウサラが来るのを待っていたのは、君一人では開けられないから、か。
流石にゲノムスキャナー認証までは通過できないかったらしいね。
正直、ここまで精巧なものが作れるぐらい自己進化してるとは…僕も予想外だったよ。」
彼が正体を暴かれることを避ける為、テトさんの超感覚との接触を避けていたことは分かった。
だが、その後が良くわからない。疑似的な体温?自己進化…?
「…クククッ…フフッ…アハハハハハ!なんだ、もうバレバレか!
じゃあ、もう演技を続ける必要もないね。あともう少しで全装備の対策が打てたのにな…
あーあ、惜しかったなー畜生!」
彼の口調が一変する。いや、顔の形や体格も変化し、
特徴的だった浅黒い肌も透き通るような白い肌に、頭髪は白にも近い銀髪へと変貌している。
そして気が付けば、彼の体格はいつの間にか10歳程度の少年の姿になっていた。
「…あなたは、一体…?」
得体の知れない存在を相手に恐る恐る口を開いた私に。そして包囲されていた周りに向かって。
少年は大袈裟にお辞儀をし、自己紹介を始めた。
「改めまして、皆々様、初めまして…かな。
…いや、ノア、あんたは初めましてじゃあないな。
オレはマフ。ノア父さん、あんたが最初に作った防衛マシンだった奴さ。」