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ノアの方舟に揺られて  作者: オイカワ ヨシヒト
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夕刻。正門前。

今日破壊されたと思われるマシンの残骸がトラックの荷台に積まれ、次々と運び込まれている。

残骸を頭の中で組み合わせてみると、元々は六本脚の節足動物の様な形状だろうか?

見る限りデザインはすべて同一で、違う形状の物も見当たらないのでおそらく間違いないだろう。


「ドル?彼が調査に立ち会いたい?…うん、いいんじゃないかな?」


スクラップの山の前で黙々とデータを記録するノアに、

今日、妙な人物に持ち掛けられた話を伝えると、彼はあっさりとそれを了承した。


「え…いや、会ったばっかりでこんなこと言うのもなんだけど…

 彼、大丈夫?危ない人じゃないの?」


「うん、少し皮肉屋で誤解受けやすいけど、良い奴だよ?

 機械関係に関してなら勝手に助けに入って来てくれるし…

 …ああ、テト?こっちは何も問題なかったろ?」


心配する私をよそに、ノアは上を見上げる。

その視線の先には、防壁の上で町の外を眺めていたテトさんが居た。

気が付いた彼女は防壁を蹴って飛び降り、難なく着地して返事を返す。


「ン、のーぷろぶれーむだにぇ~?

 強いて言えば、エウサラちゃんと服見たりおいしいもの食べたりで、あたしのサイフが緊急事態ですにゃ!」


「じゃあ、明日はテトもこっちに付いて来てくれ。君の感覚が必要だ。」


「…何?“また”レーダーが効かない機種が現れてるのかにゃ…?」


「そう、“また”なんだ。」


テトさんはその言葉に眉を顰め、あからさまにうんざりした表情を浮かべている。

どうやら以前にも似たようなことがあったようだ。

…とはいえ、流石に私には皆目見当がつかない。話に割って入り、質問を投げ掛ける。


「ノア、少し話が見えてこないけど、“また”って…?」


「…暴走マシン達は学習機能を備えてる。

 自分たちに対応された兵器が出てくれば、それを学習して、対応して新たな機種が現れている。」


「それって、地下水道の虫達みたいに…?」


「…そうだね、だが彼らは早ければ一日で対応してくる。

 生物の進化速度の比じゃない。これは脅威だよ。」


確かに…生物の進化が度々予想外の物を示すとしても、

それはあくまで、何億、何兆という無作為性の中から生まれる偶然の一致に過ぎない。

しかし、その進化が的確に行われるとすれば、無作為性から作られる可能性など軽く凌駕するだろう。

暴走したマシンは自己学習し、的確な進化するという、限りなくその領域に近い脅威へと変貌しつつあるというわけだ。


「もっとも、必ず学習されるワケじゃあない。

 基本的に彼らは群体なんだけど、その群れの中にはデータサーバーとなる機が必ずいる。

 それさえ潰せば学習を防げるんだ。

 逆に言えば、それを取り逃がしてしまうと、さらにメインサーバとなっている機にデータを渡して…」


「…全ての機種、それ以降に生産される機種が強化されてしまう、というわけね…」


「…察しが早くて助かるよ。

 今日は以前不始末があったのか、今回用意したレーダー類が殆ど役に立たなかった。

 それで明日はテトの超感覚がセンサー替わりとして必要ってわけさ。」


トラックに続いて、オリバーさんとカリストさんも破壊したマシンを運んできている。

大人一人分はあろう金属の塊なのだが、彼らは素手で軽々と担いでいる。

その一つをちらと見て、ノアは話を続ける。


「今オリバーが運んでたあれがサーバ機なんだけど…

 エウサラはあれを分解、調査してくれ。オリバーについていけば作業場に着くよ。

 今日はもう遅いから本格的な作業は明日だろうけど、場所の確認も兼ねて…ね。

 テトは明日の打ち合わせもあるからここに残っててくれ。

 ドルには…そうだな、僕からも連絡を入れておくよ。」


淡々と指示を与え、作業に戻ろうとするノア。

不安をぬぐい切れぬ私はそれを必死に呼び止めた。


「いやいやいや、ちょっと待って、テトさんがそっちに行っちゃうってことは…

 私、あの人と二人っきりとか、それこそ護衛必要なんじゃ…?」


「いや、だから君がそんな心配するような奴じゃないって…」


「でもでも!あの人と出会ったのって、昼前なのに風俗街の近くで…

 別れた時もそのままそっちにフラッと…」


食い下がる私に彼は困ったような顔を浮かべていたが、

ああ、と小さく呟き、一人で何かに納得している。


「成程、誤解されるよね…

 彼があのあたりをよく歩くのはそういう事じゃないんだ。」


「そういう事じゃないって…じゃあ、どういうこと?」


「見た目には出てないけど、彼はモグラのママリィアンなんだ。

 暗がりを歩いてないと落ち着かない。」


「モグラ?」


「そう、モグラ。

 …あと、狭い路地で体を壁に妙につけてたりもしてたろ?

 そうしてないと精神的に参ってしまうとも聞いてるね。」


言われて、出会ったときに壁にもたれ掛かっていた彼の姿を思い出す。

…そういえば、去る時も肩を妙に壁に擦りつけていたような…?


「彼が自ら話しかけてきたって言ってたよね?

 それだけでも君が凄く気に入られている証拠だよ。

 エウサラ、モグラの習性は知ってる?」


「地面の中で穴を掘って暮らしてる、ぐらいしか…」


「モグラはとても排他的で、基本、単独で行動する動物だ。

 一人で縄張りを持って、仲間との交流は殆ど無い。

 彼もその習性が強く出てるんだけど…

 …それにも拘らず、彼は君に声を掛けてきた!素晴らしいと思わないかい?

 排他的な彼が興味を持った!本当、凄く喜ばしい事だよ!

 それにほら、ドルと技術関係の話が出来れば君にとっても、記憶の戻る助けにも…」


話の途中から、ノアの語気がだんだんと強く高揚し、瞳が爛々と輝いている。

これはもしや…友達の少ない知り合いに新しい友達が出来そうで、喜んでいる感じ…?


「いや、気に入られてるかもしれないのは解ったけど、

 それで私の不安が解消された訳じゃ…」


「モグラ系の人ならあたしも知ってるけど、大丈夫だと思うにゃあ?

 基本奥手な人ばっかりだから、いきなり強引に迫ってくるようなことは無いにぇ~。」


私が続けようとした横合いから、まさにスルっと、猫のごとくテトさんが首を突っ込む。

うーん…ハッキリ言って気が進まないけど、ドルさんと二人きりの状況は避けられそうにないみたい…


----------------------------------------


オリバーさん達についていき、町の中心部より少し外れた位置のスクラップ置き場へ向かう。

辺りにムワッと立ち込めるのは、朽ちた金属の匂いと、古い機械油の匂いが混じり合った物。


…なるほど、悪臭の部類はずなのに、私の脳はこの匂いをどこか『懐かしく』感じている。

私がそういう物の関係者であろうことは間違いなさそうだ。

案内された工場には、既に元・駆除マシンだった物のスクラップがいくつも並べられていた。


オリバーさん達は抱えていたスクラップを中央に下ろし、すぐにその場を後にした。

まだ皆、やることが多く忙しいようだ。半日休みだった私がこのまま何もしないワケにもいかない、か…


「…よお、眠り姫。どうせここだと思って待ってたぜ…」


予想していなかった後ろからの突然の声に、思わず「ひっ」と小さな声が漏れた。

聞こえた方向に振り返ると、工場の隅の暗がりにドルさんが佇んでいた。


「ノアからはさっき連絡を貰ったが…

 妙にはしゃいでやがったなぁ…?クククッ…」


ううん、ダメだ…やっぱり相容れない感じしかない…!

ドルさんの異様な雰囲気に気圧され、後退る。


「…ところで、あんたの腰のそれ、フラッシュガンだよな?

 一度それを分解して、組み立てなおしてみてくれないか…?」


そう言って、彼は私の腰のホルスターを指した。

今日の午前、テトさんにずっとレンタルだとその分の取り分が減ると指摘され購入したものだ。

買ったばかりの物を分解する、というのはどうかと思うが…。


「…正直な所、俺はあんたの話はあまり信用してねぇんだよ…クククッ…

 あんたの腕前を信用させる為、やって欲しいんだが…

 今言った事すら出来ないってんなら、俺が後の仕事を全て引き受けるだけの話だぜ?クククッ…」


相変わらずの挑発するような言い草に、私は少しムッとする。

話に嘘が含まれているのは事実だが、

数少ない私が持ち得る記憶でもあり、過去を知る為の重要な特技まで否定されるのは腹が立つ。


「…わかりました。あなたが私の腕前に納得がいかなかったら今回は手を引き、全てお任せします。

 ただし!私の腕が確かだと思ったら、私に対するその小馬鹿にしたような口調を止めてください!」


「クククッ…俺は元々、誰にもこんなもんだが…まあ、善処はするぜ…」


引っ張り出した椅子にどすりと逆に座り、背もたれを抱いて彼はこちらを嘲る。

そんな様子に私は苛立ちながらも、

ホルスターから新品のフラッシュガンを台の上にズンと置き、並べられていた工具を手にする。

…いいじゃない、やってやろうじゃないの!


----------------------------------------


ポカンと口を開けたまま目をぱちくりさせ、

信じられない物を見たという表情のドルさんが立ち尽くしている。

ンフフフフ…これは、勝った!


「いや、驚いた…こいつの分解は、通常はアレよ、安全装置が働いてメインサーキットが焼き切れるんだが…

 それを回避するためバイパスを通して…ダミー回路も回避して…うん…成程…成程…」


やっと言葉を紡いでいるが、感嘆の声しか出ないようだ。

うん、実に愉快愉快。私はどうだと言わんばかりに胸を張り、フンと鼻から息を吹く。


「うん…うん…組み立てなおしも完璧だ…どの機能も異常は見当たらない…!

 しかもあの速さと正確さは…?俺にあそこまでのことが出来るか……?

 

 …クククッ…ハハハハ!いや、大したもんだよ!良いモンが見れた!

 あんたの技術力は間違いなく本物だよ。疑って悪かったな、眠り姫さんよ!」


ドルさんの顔から初めて、湿った笑いではない、明るい笑みがこぼれた。

今までの常に影を纏った表情とは印象の180度違う爽やかな笑顔。

素直に私を賞賛する言葉にも少し照れ臭く、頬が赤らんだ。


「あ、あはは…いや、私こそ少しムキになっちゃって、お恥ずかしい所を…

 …あと、ずっと気になってたんですけど、眠り姫って…?」


「ん?高速培養とはいえ、ここまで育つまでの数年は眠ってたんだろ?

 しかも今までノアの奴に、誰にも秘密のまま、掌中の珠といつくしみ育てられて…

 まさに眠り姫、だろ?クククッ…」


ああ、成程…この辺りの私の生い立ちに関しては完全に作り話なので、

相変わらず申し訳なさだけが残る。


「それじゃ、今日は満足したから俺は帰らせてもらうぜ…」


「…えっ!?調査に立ち会うって…?」


「いや、さっきのあんたの腕前を見て確信したが、長居しても俺は邪魔になるだけだな。

 いいものが見れたんで今日は充分だ。

 また明日、少しだけ様子を見に来るぜ…


 ……いや、本当にいいものが見れたぜ、クククッ…」


再び邪悪な笑みを浮かべつつ、ドアに体を擦りつける様にして彼は外へ出て行った。

予想外にあっさりと去った彼に、今度は私がポカンと口を開け、呆気に取られていた。


----------------------------------------


翌日も、ドルさんは駆除マシンの基本構造だけをレクチャーし、そそくさと帰ってしまった。

彼が言うには『基本さえ知ってればあんたの方が上手くやるだろう』…との事。

本当に前日の不安が何だったのかというぐらい、彼はあっさりしていた。


…まあ、構造のレクチャーは実際役に立ったし、作業は滞りなく進んでいる。

これなら来る前にノアに言われていた『解析が上手く進んだらその先へ』という部分も行けるかもしれない。

それ即ち、駆除マシンのデータ改竄。相手のメインサーバを潰すためのウイルス作成である。


現在、暴走した駆除マシン達のメインサーバとなる機体の居場所は不明である。

今まで、捕獲したマシンから場所データの吸い出しを今まで試みたものの、

全てのマシンがメインサーバの場所のデータは持っていなかったらしい。

つまり、メインサーバ側がそれ以外と接触し、データの共有を行っているという結論が出ていた。

ならば受け渡すデータ自体に罠を仕込む…これが暴走マシン、完全停止の道筋である。


そもそもノアが作った物なのだから、彼自身でそれが出来なかったのか?

というのが私自身としても疑問だったのだが、

彼が言うには『自己進化したプロテクト部分に僕は対応できない』との事。

…うーん、緊急事態だったとはいえ、ちょっと脇が甘すぎない?


でも、この調子で私の作業が上手くいけば長年の問題に決着が付く。

駆除マシンを停止できれば、残ったエイリアンの問題もすんなり決着に向かうかも…?

全てが上手く行く事を考えながら作業を続け、気が付けば夕刻。

皆はそろそろ戻ってきている事だろう。正門へ皆を迎えに行く。綺麗な夕焼けが、町を赤く染めていた。




正門前。そこには、凄惨な光景が広がっていた。

帰還した何名もが血を流し、担架で運ばれている。

負傷者数名を背負い、オリバーさんが病院へ急ぐ。

カリストさんは各所に支持を与えている。

彼自身も少し負傷しているが、そんなことを微塵も気にしている様子はない。


もし今が昼ならば、もっと多くの血が見えていたのかもしれない。

それ程までに夕焼け空は全てを朱に染め、辛うじて皆の傷を暈し隠す。


正門の向こうからテトさんを背負い、ノアがゆっくりと、重い足取りで近付いてくる。

たまらず私は駆け寄り、二人の体を支えた。


「…ノア!?テトさん!!?」


「…あ…エウサラちゃん……

 …ちょっと、しくじったにゃあ…しっぱいしっぱい…」


テトさんはボロボロになりながらも、泣き出しそうな私を気遣い、笑顔を作る。

しかし、その無理に作った笑顔が痛々しい。

ノアは無言のままだが、その表情からは深い自責の念が見て取れる。


先程までの私の甘い考えは打ち消された。事態は既に、私の知らぬところで…

いや、本当はとても近いところで、深刻な所に差し掛かっていたのだ。

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