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「う~ん、めぼしい物は見つからない、かぁ…」
私は朝食後、スィナルの町はずれのクレーター…
つまり、私が落ちてきた場所を再び訪れていた。
ノアとの約束の時間まで少し時間がある。
バリケードが撤去されていると聞いていたので訪れてみたが、
円形の窪地はそれなりに大きい。直径は10メートルほどだろうか?
落下時の衝撃がとんでもないものだった…ということは何となくわかる。
町はずれで、人家の存在しない場所だったことは幸運だったと言える。
また、落下時にカプセルが破損し、私の体も酷く損傷したということは聞いているが、
木っ端微塵じゃなかっただけでも奇跡的な事だろう。
…いや、脱出カプセル的な物だと考えると、私が落下時の衝撃で一度死んでる時点で正常に機能していなかったのかな…?
そう考えると背筋がうすら寒くなる。
今こうして当時の状況を考える脳みそがある事と、EDENに落ちた奇跡に感謝だわ…
そんな事を考えつつ、ぐるりと渦巻き状にクレーターを回って調べて行くと、
中央に何か煌く物が埋もれている事に気が付いた。
軽く土を掃ってみると、それは青い宝石のはめ込まれた指輪だった。
白金製の台座は元々か、それとも落下時の衝撃の為なのか…
原因は分からないが所々が削れている。しかし、内側に彫られた文字は判読可能だ。
私が首にかけているものと同じ…つまり、『エウサラ』の名が彫られている。
なんとなく指を通すと、薬指にピッタリとはまり込んだ。
「名前付き…ってことは、たぶん私のよね…
薬指…ってことは…」
…まさか、私って結婚済み?
いやいやいや、コールドスリープで時は過ぎてるけど、
それをカウントしない場合の私の肉体年齢は14か15歳だとノアが言っていた。
結婚するには少々早すぎる。つまり…
「婚約指輪…なのかな…?」
それを見てもちっとも思い出せぬ記憶にううむと唸りつつ、
私は右の手のひらを掲げ、空の色と混じり合うそれをしばらく眺めていた。
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「…というわけで、シドゥンの町でも既に部屋は手配してあります。
こちらと同じように支所の窓口で照会していただければ問題ございませんので…。
昨日、あのような事があったばかりですし、エウサラさんは休みを取っても良いと思ったのですが…」
「大丈夫だよシベール。今回はエウサラの役目に戦闘は無いよ。危ないことは無いはずさ」
「だと良いのですが…皆さん、くれぐれもお気をつけて。」
シベールさんの見送りを受けながら、私達のエアバイクは発進した。
シドゥンの町…以前、『エイリアン』達の隔離棟があった為、
3000年前のシステムダウン事件の際、最も被害が大きかった町…
しかし、今はこの町にエイリアンの被害は無い。
何故なら、真っ先に対処が行われたのもこの町だからだ。
では今は安全な町かというと、そうではない。
真っ先に対処が行われた結果生み出されてしまった、別の外敵が巣食う危険な町…
「…そんなわけで、エウサラ。今日はシドゥンの町で待機していてくれ。
機能停止した防衛マシンは後で運んでくるから、それの分解調査を担当ということで問題ないね?」
「うん、たぶん大丈夫。やってみる。」
バイクが駆ける先々の緑が次第に少なくなり、整然と舗装された道路に入る。
その先に分厚い、コンクリートの防壁が一帯を囲む町が見えてきた。
正門には屈強な門番が立ち、万全な警備態勢を取っている。
緑豊かで、のどかな雰囲気だったスィナルとは明らかに違う。
3000年前にエイリアン駆除の為に一番最初に自動防衛マシンが配備され、
一番最初にそのマシンが暴走を始めたのも、この町。
今もなお、そんな脅威と戦い続けている町…それがシドゥンの町なのだ。
乗ってきたバイクを正門前に止め、ノアが門番と手続きをしている。
分厚い門と防壁、衛兵の厳重な武装、防壁の上に設置された砲台…
町というよりも要塞といった様相を呈している。
町の中もこんな感じなのかしら?
と、私は興味本位から門の内側へ、一歩身を乗り出した。…これがいけなかった。
ビィィィィィィ!ビィィィィィィ!
「…え、ええ?何?何これ!?」
けたたましくサイレンの音が鳴り響く。
瞬時に詰所から大勢の武装した男たちが銃を構え、私を取り囲んだ。
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「いや、申し訳ない。
エウサラさん…と言ったかな?ゲノムパターン認証に不具合がありましてなぁ…。
貴女が町に入る為の情報登録に少し手間取ってしまい、このような事態に…」
木々の中にそのまま住居があったスィナルとは全く違う、コンクリートの無機質な壁の一室。
シドゥンの町の責任者だという、熊の特徴を持ったママリィアン…カリストさんが直々に謝罪に訪れている。
ちらとノアを見ると、私に謝意を申し訳なさそうに伝えているのが見て取れる。
「いや、それにしてもエイリアンの侵入があったと驚いて駆け付ければ…
こんな可愛らしいお嬢さんに向かってエイリアンなどと、警備システムも人が悪いですな、まったく!」
カリストさんはそもそも人じゃないとおどけながら付け加え、ガハハと豪快に笑っているが、
私はそれを見てひきつった笑みを浮かべるしかない。
実際の所、私はこの星にとっての異星人…本当の『エイリアン』なんですよね…。
思い起こせば最初に、『身元の捏造に手間取った』との話は聞いている。
当然だろう。私はこの星の人間ではないのだから。
今回のシドゥンの町への入場に引っかかる…というのも想定外の事態だったらしく、
結局私の登録は『捕獲されたエイリアン』の情報を少し書き換えて強引にねじ込まれたようだ。
機械相手とは言え、先日出合った醜悪な見た目の彼らと同じ扱い、というのは少々腹が立つ気もする。
「彼女はこれで凄腕のエンジニアなんだ。
今回は捕獲した暴走マシンの解析調査の為、しばらく町に置かせてもらう。
よろしく頼むよ。」
「お任せください、ノア様!
我がこの鋼の肉体にかけて、彼女をお守りいたしましょう!」
そう言って、カリストさんは己の肉体を誇示するようにポーズをとる。
うーん、デカい。キレてるキレてる。
「あーいや、カリスト、君は僕について来てくれ。
君とオリバーぐらいだろ?強引にマシンを破壊できるのなんて。」
「む、しかしそうなると彼女の護衛は…」
「ここは町にエイリアンや暴走マシンが易々入られるような場所じゃないだろ?
護衛が必要というなら…そうだ、テト、君が残っててくれ。
エウサラ、君は僕たちが戻るまでゆっくりと町の見学でもしていてくれ。」
こくりと頷き了解の意を示す。
元より今日はそういう約束で、私は半分休みの様な物ではある。
ノアはカリストさんとオリバーさん、その他数名を引き連れて、町の外へ繰り出していった。
私とテトさんはそれを見送った後、町の中央広場へ歩く。
「…でもさ、あたしが護衛に残る、って程じゃないとおもうんだけどにゃあ…
数体分の稼ぎはあたしに回してくれるって言ってたから別にいいけど」
「うーん、確かに…」
見回すと、広場を駆け回る子供、井戸端会議に勤しむ母親、ベンチでのんびりとまどろむ老人…
町の外から見た印象は要塞のようだったが、町の中は平和そのもの。
スィナルと比べれば緑は少ないが、整然と整備された花壇や街路樹も悪くは無い。
「あたしはこの町あんまり知らないんだけど…ちょっと見て回ってきていいかにゃ?」
テトさんの瞳は爛々と輝いている。
彼女の本能が一人気ままに歩き回りたいとウズウズしているのがありありと解る。
「うん、皆が戻って来るまでは時間もあるし、昼食にもまだ早いし…
少し自由時間で良いんじゃない?私も少し一人で回りたい気分だし。」
「だよねだよね?そんじゃいざって時はウォッチで連絡をお願いにゃ!」
彼女は待ちきれず、話す時間も惜しむように矢のようにすっ飛んでいった。
自由時間がどれくらいかも決めてないけど…まあ、適当な所で連絡しておけば良いよね…?
流石に気まま過ぎる行動に呆気にとられる私。
とはいえ、私自身も昨日、背筋が寒くなる出来事があった手前、半日近い休憩を取れること自体は喜ばしい。
それに体感的にだが、この星の半日はおそらく私の元居た星の一日に相当すると思える。
つまり、実質一日休み。そう考えるとさらにお得な気がしてきた。
うぅんと両手を伸ばし、めいいっぱい背伸びをし、早速適当に辺りを散策することにした。
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シドゥンの町の目抜き通りを見て回る。
食品、洋服、薬局、カフェ、レストランに美容院…
少しスィナルより商品が少ないぐらいで、不便する事は無いかな?
(ただし甘いものが少ない事とトマトジュースを扱っていないのはマイナス査定!)
気になるのはそれぐらいで、特にこれと言って変わった所は無い。
そう思っていた所で、明らかに少し趣の違う店が並ぶ通りに入っていることに気が付く。
銃器、酒場と来て、さらにその先には明らかに性風俗と思しき店が立ち並んでいる。
この町としては必要なのだから、戦うための武具は仕方がないとして…
そういった荒事に従事する荒くれ者に対しての施しも必要になる…と。
どれだけ科学技術が発達した場所であっても、人って根本的にはあまり変わらないのかなぁ…。
そんな感想を呑気に考えていたせいだろうか?私は近くにあった人の気配に気が付いていなかった。
「…よお、見てたぜお嬢ちゃん。正門の検査に引っかかってたよな?」
その場を去ろうとした所で、後ろより唐突に呼び止められ、少々肝が冷える。
声の方を見ると、浅黒い肌の男性が壁にもたれ掛かって、こちらを見ていた。
珍しく、純粋な人型。交雑した他の種の特徴が見た目には分からない。
ノア以外の純粋な人型の人物に少し油断するも、
すぐに私は身構えた。うっかり立ち入ってしまったとはいえ場所が場所だ。
万が一の助けも呼べるよう、ウォッチの緊急信号を使えるよう、左手首に手を添える。
「…そこまで身構える事ねぇよ。
俺は一応、正門のゲノムスキャナー開発に携わってた技術者だ。
ドルって呼んでくれ。一応確認するが、あんた、この星の人間なのか?」
そう言われ、言葉に詰まる。
あくまでスィナル近郊の落下物事件は隕石であったと伝えられている。
私が他の星から来た…という事を知っているのは、私が落下してきた際に関わった人達…
ノアはもちろんとして、シベールさん、ターヤさん、オリバーさん…
そして自然と教えることになったテトさん、以上の5人。
不要な混乱を招かぬよう、不用意に私の素性を明かすべきではない、ということになっている。
もっとも、私自身の記憶が戻らない限り、素性を明確に話せるわけが無いのだが。
ひとまず、ノアから念の為に教えられていた仮の素性を彼に話す。
「…へえ、純粋なヒューマン型を再現すべく作られた試験管ベビー?
ノアの奴も随分と妙な事をしやがる物だな…?」
「ええ、そう聞いてるわ。
ゲノムスキャナーの異常も私が今までに無いパターンだったせいだって…」
「…異常ねぇ…?
クククッ、いや、そんなことはねぇよ。
ふむふむ、成程な、クククッ…成程、成功品だな、こりゃ…」
何か腑に落ちないが、不気味な含み笑いを浮かべ、ドルさんは一人ごちる。
「それで?エウサラ、あんたはここに何しに来たんだ?
俺の作った物を衆目で笑いものにする為ってわけじゃないだろ?」
少し癪に障る物言いをする人だ。
とはいえ、彼の作った物が人前で誤作動を起こした…という事になっているのも事実。
私は深く息を吐き心を落ち着かせ、虚実を交えつつ目的を彼に伝えた。
「…ほう、スリープ中に実用試験中の圧縮言語で技術学習を受けた?
それで、試験的に暴走マシンの分解調査をアンタに試させる、ねぇ…ふーん。
成程、面白そうだな…。マシンの残骸が届いたら、俺も立ち会わせてくれねぇか?
…いや、なに、別に邪魔はしねぇよ、
俺の小せぇ小せぇプライドが傷つけられた事に少しでも罪悪感感じるなら…なぁ?」
「…ノアに確認しても?」
「構わねぇぜ?ダメだったらキレイさっぱり諦めるさ。
じゃあな、眠れる森の美女さんよ…」
彼は連絡先が書かれた小さな紙切れを私の手のひらにねじ込み、再び色街の暗がりへ姿を消した。




