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ノアの方舟に揺られて  作者: オイカワ ヨシヒト
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1

広大な宇宙を漂う、銀の箱。


中には、いつ目覚めるともわからぬ少女が一人。


毒の林檎を齧ったのか、


糸車の針を刺したのか。


いずれにせよ、目覚めの接吻を施す王子は居ない。


果たしてこの箱は、安息の眠りを誘う揺り籠か、


二度と覚める事のない闇へと引き擦り込む棺桶か。


その中に眠る少女はどちらの運命ともわからず、ただ、漆黒の宇宙を漂う。


このまま塵となり果てるか、星の一つとなり仄かな光を地上に照らすか。


しかし、彼女に訪れたのは、長い、長い静寂の時。


………


……


…漆黒の中に、ポツリと。


ひときわ輝く青い光が見えてきた。


少女の眠る箱はその光に導かれるがごとく、


静かに、ゆっくりと、その青い光に吸い込まれて行く…

静謐な白い壁に囲まれた部屋で、

『私』は目を覚ました。

天井から壁、床に至るまで真っ白な、何もない部屋。

私は横たわっていたベッドから上半身を起こす。


…ここは、何処だろう?

記憶がはっきりしない。

あたりを見回しても何か手掛かりになるようなものはなく、

『私』が身に着けているものも、白い無地のワンピースのみ。


…そもそも、『私』は、誰なのだろう?


そこまで考えたと同時に、右の壁の一部が開き、

新緑の若葉を思わせる、鮮やかな緑髪の青年がにこやかに近付いてきた。


「やあ、お目覚めようだね。

 僕の名前はノア。この星の管理を任されているんだ。」


----------------------------------------


今からさかのぼる事、三日前。

突如この星の大気圏を破り、落下してきた物体。


大気の摩擦熱で燃え尽きず残ったそれは、

有機生命体の生命維持装置を兼ね備えたカプセルであり、

中には一人、ホモサピエンスタイプの女性が一人入っていた。


現地の人々と協力し、ノアはカプセルを回収。

この星の管理センターへと運び込み、解析調査を行っていた。


「…手短に話すとこんなところかな。

 君の再生、復元にもかなり手を焼いたよ。

 どうだい、どこかおかしなところは無いかい?」


やれやれといった風もあるが、ノアは私を気遣ってくれているようだ。

…いや、ちょっと待って。

再生…?復元…?

嫌な予感を感じつつ、その質問を投げかける。


「もしかして、私、死んでたんですか…?」


その質問に少しきょとんとしつつも、ノアは答えた。


「うん?まあ君たち有機生命体の観点で見ればそうだね。

 君のカプセルは大気圏突入の熱でこそ燃え尽きなかったけど、

 この星に落着した時点で半壊。

 君の内臓は押し潰されてグチャグチャだったから、

 大体の機能はこの星にいる他の有機生命を参考に、適当に作らせてもらったよ。」


淡々と話すノア。

私はその自らに起こっていた事態を想像し、

血の気が引いていた。


「幸い、脳組織に大きな損傷は無かった。

 酸素の供給が途絶えた時間もそれ程ではないし、壊死した組織も修復は完了している。

 今、君の記憶が曖昧というのならば、おそらく一時的な物だろう。

 …どうだろう、少し歩いてみないかい?」


そう言って、ノアは私に手を差し伸べた。

少し照れ臭くも、それを握り返そうとする私。


しかし、私はノアの手に触れた途端、ギョッとして手を引っ込めた。

ノアの手は、人形のように冷たい。


「…驚かせたかな?

 このコミュニケーション端末は

 あくまで君たちのような人型を模しただけに過ぎない。

 少し解析した君たちの言葉で言えば…

 僕はコンピューター、という奴で、

 この端末はロボット、もしくはアンドロイド…という事になるのかな。」


ノアは再び手を伸ばし、私の手を取る。


「歩きながら、少し、この星のことを話そうか。」


----------------------------------------


今から8000年程前。

最低限の生命維持環境を求め、ノアといくばくかの生命がこの星、

『EDEN』に降り立った。

長い年月をかけ、ノアはこの星を、有機生命体が生存できる環境に作り替えていった…


「それが僕の使命であり、存在意義だった。」


先ほどの白い部屋から出て、いくつも光の差し込む、長い廊下へと差し掛かる。


「そして、僕たちの入植した時からは考えられないぐらい、

 今のこの星は様々な有機生命体に溢れている。」


彼はその、光差しこむ窓から、眼下に広がる世界を見せてくれた。


「うわあ!」


その美しい風景に思わず声があふれる。

広大に広がる緑、色とりどりに咲き誇る花、豊かに流れる水、

煌々と光を放つ太陽と透き通るような青空に、それを埋め尽くさんばかりの鳥の群れ…


彼、ノアはどこか誇らしげだ。それもそうだろう。

彼の話からすればこの星は入植時、薄い大気と岩だけの星。

その環境をここまで作り変えたというのだから、偉業としか言い様が無い。


そして、私はその風景に感動すると同時に、

どこか郷愁にも似た懐かしさを感じていた。


「…そうか、君の生まれた星も、

 緑あふれる素晴らしい星だったのかもしれないね。」


私の表情から感情を読み取ったかのように、ノアは呟く。

そうだ、私は以前にも、このような緑あふれる風景を見たことがある…


その風景を食い入るように眺めている途中、

森の端に、不自然な何もない円形の窪地があることに気が付いた。


「あの場所が、君の落ちてきた場所だよ。

 何か手掛かりがあるかもしれないから、後で行ってみよう。」


私がこの星に落ちてきた場所…

一体私は何者なのか、何の為にこの星へ落ちてきたのか…


ふと、窓に映る自身の姿を見る。

艶のある黒い髪に、ダークブルーの瞳。

しかし、この顔が私だという実感は薄い。


「実は君の入っていたカプセルには名前らしき情報があった。

 解析した結果『エウサラ』と読めたので、そう名乗ると良いんじゃないかな。」


そう言って、ノアはチェーンの付いた金属片を私に手渡した。


「エウサラ…?」


いまいちピンと来ないが、いつまでも名無しでいるわけにもいかない。

私はそのチェーンを首にかけた。


その様子に満足したのか、ノアは微笑む。


「では、改めて、ようこそエウサラ!『EDEN』へ!

 僕とこの星は君を歓迎するよ!」


ノアは両手を広げ、歓迎の意を体全体で表していた。



まだ、私が何者なのかすら分かってはいない。

この先の不安が無いといえば嘘になる。


だが、この無邪気な微笑は信じて良いと思えた。

何故なら私は彼の微笑にも、先程の広大な緑と同じ懐かしさを感じていたからだ。

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