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「ですから叔母様、もう私耐えられなくって。」
私のことを叔母様と呼ぶのは、姪っ子ではなく、ジョージア・ユークリス伯爵令嬢です。先生とリリアちゃんの誘導で、スタイヴァサント家に家出してきました。
「しばらくは、『はひふへほ』でごまかしてきたのですが・・・ぶほっ!・・・」
リリアちゃんの肘がなぜかジョージアちゃんの脇腹に入りました。
はひふへほ?
「父に何度か相談しようとしたのですが、あまりに憔悴していてそれもできませんでした。私と母が毎日やりあってるなんて聞いたら、卒倒するんじゃないかと思うと、流石にかわいそうで。」
そう、お父様は憔悴していらっしゃるのね。だとしたら、私の予測が当たっている可能性は高いわ。
「お父様はなぜそんなに疲れていらっしゃるの?ジョージアさん、聞いてみたことはおあり?」
ジョージアちゃんは、ちょっと眉をひそめて、心配そうな顔をします。
「ええ。お仕事のせいだといってました。なんでも宰相と意見が合わなくて、毎日のように数字のやりとりをしているとか。」
ふんふん。
「それ以上は何も言ってくれません。」
いえ、それだけ聞けば十分よ。
ジョージアちゃんは、いきなり怒り始めます。
「お父様もどうせ私に言ったところでどうにもならない、と、思っているのですわ!私にだってできることはあるかもしれないのに。」
まあ、それは追い追い。
「叔母様からも父に言ってくれません?母には何を言っても無駄でしょうが、父は少しは聞く耳を持っていると思いますの。」
私は、ジョージアちゃんを勇気付ける叔母さんの役をしっかりこなします。
「もちろんよ。伯爵にはジョージアさんが、家にいるとお伝えしたから、すぐにお迎えにいらっしゃると思うの。まずは私が話してみるわね。うまくいくと良いのだけれど。」
本当に。
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仕事が終わって駆けつけられたのか、ユークリス伯爵が我が家にいらっしゃったのは、夜遅くでした。
待ち構えていたジョージアちゃんと抱き合って、まずはジョージアちゃんが元気なところを確認していただきました。
確かにユークリス伯爵、げっそりと窶れています。
リリアちゃんとジョージアちゃんには席を外していただき、伯爵とお話しさせていただく機会をもらいました。
「スタイヴァサント夫人、夜分遅くに本当に申し訳ありません。
まさか、ジョージアが家を飛び出すまで追い詰められているとは知りませんでした。」
私はまたもや話のわかる叔母様モードで伯爵とお話しします。
「ジョージアさんは、我が家にいれば大丈夫ですわ。リリアとも仲良くさせていただいてますから、しばらく家でくつろいでいただいてもよいのですよ?
それにしてもジョージアさんは、伯爵のことを随分心配していらっしゃいますわ。確かにお顔の色もすぐれませんし・・・まずはお座りくださいませな。」
といって、私はちょっと強めのワインを勧めます。
伯爵も、ため息をつきながら、グラスを手にされます。
「ジョージアさんのことで心労が重なっているのですか?本当にお疲れのようですが。」
私が水を向けると、伯爵の愚痴が始まりました。
「いや、ジョージアは良い娘です。私が疲れているのは仕事ですよ。
陛下は何もわかっていない!」
ですよね。
伯爵はちょっと顔をあからめて、
「いや、余計なことを申し上げてしまいました。ご婦人に聞かせるようなお話ではないのですよ。」
いえいえ、伯爵、私はそこらへんにいる婦人とは違いますよ。
「伯爵、いかがなさったのですか?追徴課税の件で奔走していらっしゃると伺っておりますが。それにしても金額が決定するのに時間がかかっているのですね。」
伯爵は、私が問題の核心をついたのが意外なようで、ちょっと訝しげな顔をしていらっしゃいます。
伯爵に思い出していただかなくては。
「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、ナイアックの事件の際、スタイヴァサントで帳簿の監査をいたしましたので。」
伯爵は、ああ、というお顔です。
「そうですよね。
いや、スタイヴァサント夫人の明晰な頭脳のことを忘れていましたよ。」
「まあ、そんな。ありがとうございます。
で、何が問題になっているのですか?」
ねえ、吐いてスッキリしましょうよ。
「追徴課税を課すにしろ、一度の支払いを命じないように、陛下に申し上げたのですが、分割にするのであれば、高い利率のペナルティをつけろとおっしゃるのです。
そんな高額な税金は彼らも支払えないでしょう。払えない貴族の間で不穏な空気が漂っています。ですから、なんとか彼らの不満が爆発しない落とし所を探って、何度も数字を陛下と宰相に提出申し上げているのですが、『悪事を働いたものに甘い顔をすれば付け込まれるだけだ!』とね。」
お気の毒に板挟みなのですねぇ。それは疲弊しますね。
「お察しいたしますわ。ですが、私は、エドワルド殿下が近日中に追徴課税については指針を出すとおっしゃったと伺いましたわ。」
伯爵は驚いています。
「え、そうなのですか?」
「ええ、殿下からご相談を受けましたのよ。『問題を長期化してもどちらにとってもよいことではない。現実的な数値と支払い方法を示したい』と、おっしゃったのです。」
伯爵の顔に少し生気が戻りました。
「それはそれは、嬉しい知らせです。計画はすでに立っているのですか?」
私はにっこり笑って
「はい。今詳細を詰めているところですの。」
財源をいかに確保するかという大問題の返事を待っているとは申し上げませんが。
あと少しで案件が解決すると聞いて、少し元気を取り戻した伯爵は、家に帰ることを決めたジョージアちゃんと自宅に戻っていかれました。
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財源に関するフィリップ殿下からのお返事は思いもかけず早く来ました。
「万事如意」
短いけれど、説得に成功したということですね。
うむ、見直したぞ、嫌味殿下。




