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ヘンリエッタ夫人が、ノア君を引き連れておかえりになりました。
見送る私たちの中に、デュラント伯爵もいらっしゃいます。ナチュラルに私たちに混ざってますが、一言いわねば。
「デュラント伯爵、どう言うおつもりか存じ上げませんが、私供を貴方とヘンリエッタ様の争い に巻き込むのはいかがかと思いますわ。」
伯爵は私から怒られるのは想定内だったようです。すぐに深々と頭を下げられました。
「本当に申し訳ありません。どうしても、何としても姉を止めなくてはならなかったのです。姉をあのようにしたのは、私の責任です。」
頭をあげると、言葉をお続けになります。
「かつて姉が陛下のご不興を買い、側室の話が流れた時、父は、先鋭的な考えだった姉を、まるで厄介払いのように、辺境伯の元へ追いやりました。母は父を止めることもせず、姉の不幸を嘆くばかりでした。
私はといえば、何をしたら良いのかもわからず、ただ呆然としていました。
デュラント家は姉を見捨てたのです。今の姉を作り上げたのは、デュラント家の、いえ、私なのです」
いや、貴方、その時おいくつでした?今のルディ君と対して変わらなかったんじゃないですか?
「あの時何かすべきだったと、長年悩んで参りました。リリアさんの婚約解消を拝見させていただいて、雷に打たれたようなショックでしたよ。女性であられる貴方があそこまでできたのに、いったい私は何をしていたのか、と。」
いや、無駄に自責の念にかられないでくださいな。
「お独りで、しかもまだ年若かった伯爵に何かできたとは思えませんわ。私だって、スタイヴァサントの皆の手を借りて初めてできたことです。
ヘンリエッタ様も、ご自分の取られる行動の責めを伯爵にとは、夢にもお考えではないでしょう。貴方が重荷を背負うことではないはずです。」
伯爵は首を横に振りました。
「父も母も逝き、姉に対する仕打ちで責任を取れるのは、私しかいません。責任をとって、姉と刺し違えるつもりでおりました。いや、今でもそのつもりでおります。
姉の家の警護が非常に厳しく、機会を伺っていたところ、何度かお邪魔していたスタイヴァサントを訪れるということでしたので・・・
スタイヴァサントを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。」
そこでまた深々と頭を下げられました。
巻き込んでいただいて結果的によかったような気もしますが、久々の荒事で、吃驚仰天だったことも確かです。
「お姉様と血で血を洗う争いは必要はない、ということは、肝に命じておいてくださいませね。」
一言釘をさしておきます。
「ヴァネッサ、貴方から今日は、希望を頂戴いたしました。
姉を失なわなくともよいかもしれない。」
伯爵はいきなり片足を折って跪き、私の手を搦め取りました。
「感謝いたします。」
ちょっと、やめて。慣れないの。恥ずかしいわ。
ルディ君とリリアちゃんの視線が痛い。使用人さんたちといえば、恐る恐る後ろに下がりつつあります。
慌てて引っ込めようとした手は、思いの他強く握られていて振りほどくこともできませんでした。
なんだか全ての意識が自分の手に行ってしまいます。
手って強く掴まれると、ジンジンして熱を持つものなのね。




