表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/105

90

「すまない、姉上・・・」


デュラント伯爵のその苦しそうな声に、彼に向かって思わず手が伸びていました。私の腰がちょっと浮いたかな?という時に、いきなり後ろからすごい勢いで、引き戻されます。


「うっ!」


息ができない。首の周りに回された腕が、私の呼吸を妨げています。腕に引き上げられて、私は完全に立ち上がってしまいました。


ガタン!


邪魔な椅子が蹴り倒された音がして、腕に塞がれていないわずかな喉の隙間に、冷たいものが当たりました。


「ヒッ!」


リリアちゃんの息を飲むような、吐くような、はっきりしない声が聞こえました。

横目で見ると、飛び出そうとするリリアちゃんの体を抱きしめるように後ろに引っ張っている先生の姿が見えました。


「離せ。ヘンリエッタ様を離せ。」


耳元で押し殺したような声がします。ああ、護衛の青年騎士だわ。


ようやく理解できました。つまり私、ヘンリエッタ夫人を助けるための人質なのね・・・


デュラント伯爵が、チラッと私の方を見ます。でも、ヘンリエッタ夫人の喉元にある短剣は微動だにしません。


青年騎士君よ、なぜ私に人質になる価値があると思うのよ・・・私が人質じゃ、伯爵止められないわよ・・・


バーン!


ドアが開く音がします。


「「奥様!」」


パトリックさんとバートさん、色々声が混じっていたから、おそらく使用人さんたちが物音を聞いて駆けつけたんでしょうね。私の横目じゃ、ドアのところまで確認できません。


ドン!


いきなりお腹に衝撃が来ました。恐る恐る下を見ると、ルディ君がしがみついています。ダメよ!駄目、駄目!誰か!ルディ君を引き離して!


ルディ君の頭に、私の血の雨を降らす理由(わけ)にはいかない!そんなことさせるものですか!


・・・なんか考えなきゃ!


ヘンリエッタ夫人におおいかぶさるデュラント伯爵の方を凝視します。

伯爵の短剣は、相も変わらず夫人の喉元に、そして・・・夫人の手には、どこに隠されていたのか、しっかりと短銃が握られており、その先は、伯爵の心臓に向けられています。


なんちゅう壮絶な姉弟(きょうだい)喧嘩でしょう!


ああ、もう!


デュラント伯爵が苦しげな声を絞り出します。


「姉上、貴方が火種となり、タッパンに内乱を起こさせる訳にはいかないんだ・・・」


だーかーらー


声が震えませんように。なるべくクールに聞こえますように。


「デュラント伯爵、落ち着いてくださいな。陛下の首をすげ替えるだけです。

ヘンリエッタ様は何も内乱を起こそうとしていらっしゃる訳ではありません。」


デュラント伯爵が、相変わらずの苦しそうな声で、ヘンリエッタ夫人を見つめたまま、私に


「申し訳ない、スタイヴァサント夫人。姉にこれ以上罪を犯させられないのです・・・」


私は、もう一度声が震えないよう息をつくと、


「いえ、ですから、ヘンリエッタ様は、まだなんの罪も犯してらっしゃいません。」


その声を遮るように、そしてまるで、ヘンリエッタ夫人に確認するように、デュラント伯爵は、夫人の瞳に見入ったまま、言葉を発しました。


「姉はタッパン国家の転覆を狙っているのです。そんなことはさせられない。」


その言葉に、夫人は驚いた風も見せません。むしろ薄く微笑んでいるようにも見えます。


この両者には、私の言葉は届いていません・・・


「あの、国家の転覆を狙っているというのであれば、()()狙ってましてよ。」


私の返事に、ようやくこの姉弟は、こちらを横目でちらっと見ます。

聞こえたか。チャンスです。


「ですから、先ほども、陛下の首をすげ替えましょうと申し上げたと思うのですが。

聞いてらっしゃいませんでした?

私たちの目的は同じではないかと思いますのよ。夫人だって何も流血沙汰を目指していらっしゃる訳ではないでしょう。平和的解決ができるのであれば、そうされるはずですわ。」


デュラント伯爵は、納得できないようです。


「姉が平和的解決を望んでいるなんて、どうしてわかるんですか?!」


と、おっしゃいました。


ハッタリですが、この際私の推測を述べさせていただきましょう。


「だって、だからこそ夫人はローランド殿下のところへ行かれたのではないですか?殿下を傀儡にして、改革を進める、殿下を使って青年貴族達をタッパンの中枢に据える、それができるかどうか見極めるために殿下にお会いになったのでしょう?」


夫人の返事を待たずに、


「「「あれ(ローランド)をですか?」」」


リリアちゃん、先生始めとするスタイヴァサントのメンバーが、思わず呆れた様な声をあげました。


それを聞いた夫人が、仰け反るように笑い出しました。


「あははは、あーははは!確かに、あれ(ローランド)は駄目でしたね。」


許す。全てを許すよ、ローランド殿下。この緊迫した場面をここまで寛がせる貴方の無能さ、これはもう才能です!


ヘンリエッタ夫人は、短銃を握っていた手を下ろすと、デュラント伯爵に向かって、


「オリヴァー、どいて頂戴。私はスタイヴァサント夫人と色々話し合わなければならないことがあるのよ。」


と言いました。


デュラント伯爵、ここはスタイヴァサントに任せてくださいましな!


デュラント伯爵は、祈るように見つめる私を見、一瞬ためらったのち、ゆっくり体を起こしました。


次に夫人は、青年騎士君に向かって、


「ノア、貴方もよ。剣を下ろしなさい。」


と、命じました。青年騎士君が、全身の緊張を解すのが感じられました。


パトリックさんが、急ぎ足で近づいて来て、騎士さんの手から剣をもぎ取ります。

そうしたかと思うと、伯爵のもとに駆け寄って、


「これはお預かりします。」


といって、短剣を取り上げました。

夫人は自ら短銃をパトリックさんに渡しています。


「では改めて、国家転覆計画を話し合いましょう!」


私は開会を宣言しました。


先生が、小さな声で、


「奥様、そこは、革命とかでいかがでしょうか・・・」


と、異議を唱えます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ