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思いの外簡単にファーミングヴィル夫人は私たちのご招待を受けてくれました。お茶会に来ていただけるそうです。普段でしたらまとめて何人かご招待するのですが、今回は、ゆっくりお話したいので、ファーミングヴィル夫人だけになりますが、それでもよろしいでしょうか、と、お伺いを立てたら、それでよい、というお返事でした。
まあ、誰を呼んでもトラブルになりそうだったので、そうしたのですが、案外ご自分の評判を理解していらっしゃるのでしょうね。
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翌週のある日の午後、質素ではありますが、優雅な馬車に乗って、ファーミングヴィル夫人はスタイヴァサントに到着されました。
夫人の手をとり、馬車から降りる手助けをされたのは、夫人のお供の青年騎士さんです。シンプルな制服ですが、武器はフル装備と見ました。やはり御身の安全には気を配っていらっしゃるようですね。
迎える私たちは、夫人の警戒心を呼び起こさないよう、いたってくつろいだ格好です。男性使用人の方々にはなるべく下がっていただき、夫人をお迎えした男性は、バートさんとルディ君、そして、帯剣していないパトリックさんだけです。しかもルディ君とパトリックさんは、ご挨拶が済むと、早々に部屋に引っ込んでもらいました。バートさんも私たちを居間に案内すると、どこへともなく消えてしまいました。
これで、ファーミングヴィル夫人を取り巻くのは、リリアちゃんや先生、私など、全て女性です。青年騎士さんが、ちょっと所在なさげな顔をしています。
うふふ。
ミルドレッドさんとエイミィさんが居間にお茶とお菓子を並べます。
夫人は、居間に飾ってある家族の絵、特に旦那様の姿を見上げています。私はその横に立って、この絵が3年前のものであることをご説明しました。
「奥様の肩にさりげなく置かれた手を見ても、スタイヴァサント侯爵がいかにご家族のことを愛し、見守っていらっしゃることが良くわかりますわね。」
未亡人らしい、ご感想ですね。残念なことに私にはその記憶がないのですが。
「本来なら応接間でお迎えするべきなのでしょうけれど、私どもは、主人と一緒に、居間でお客様にお目にかかるのを楽しんでおりますの。よろしかったでしょうか?」
夫人はにっこり笑って
「もちろんです。ご家族の仲間に入れていただいたようで、私も嬉しいですわ。残念ながら、私は子供には恵まれませんでしたので、素晴らしいお子様たちがいらっしゃる奥様が、羨ましい限りですわ。」
確か、夫人が18歳で辺境伯に嫁がれた時、辺境伯は、50の大台に乗ってたのよね。随分な年の差だわね。
「ありがとうございます。ファーミングヴィル伯・・・
「ヘンリエッタですわ。」
結婚の経緯についてお伺いできるような関係ではないので、無難にお茶の席に誘いました。
「・・・ヘンリエッタ様、お口に合うかどうか、私どもの領地から送られてきました珍しいベリーを使ったタルトがございますの、よろしければお試しくださいな。」
ヘンリエッタ夫人も、テーブルにお着きになりました。
先生とリリアちゃん、私と夫人はそれぞれテーブルについて、お茶と名産品についての何気無い会話をかわしています。
私は、これからの会話をどう導こうか、と、頭の中で必死に計算をし、リリアちゃんと先生は、会話のきっかけを見逃すまいと、ちょっと緊張した面持ちでいました。それゆえでしょうか、三人とも、夫人の言葉にちょっと反応が遅れたのです。
「あら、オリヴァー、あなたも誘われていたの?」
夫人の視線は、居間のフレンチ窓の方にあります。私はちょうど窓に背を向けていたので、振り返りました。
オリヴァー・デュラント伯爵が、窓を開けて部屋に入ってくるところでした。
「「「?」」」
お誘いはしていないわよね、確か?そう考えていると、次の出来事はあっという間に起きました。
デュラント伯爵はひとっ飛びにテーブルに来ると、テーブルの上にあるものを全てなぎ倒す勢いで飛越し、ヘンリエッタ夫人に、覆いかぶさりました。
「「「!!!???」」」
何が起きたの?
蒼白なデュラント伯爵の横顔をみながら、その左手がヘンリエッタ夫人の喉にかかっていること、そして右手に鋭く磨かれた短剣が握られていることに気がつきました。
「すまない、姉上・・・」




