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フィリップ殿下に、ローランド殿下に密かに会えるよう手配をお願いして、と、リリアちゃんに頼んだところ、リリアちゃんが訝しげに、
「お母様、まさか、ローランド殿下を仲間に?そんな価値があるのですか?」
と、聞いてきました。
さすがの先生は、
「ローランド殿下をどのようにお使いになるのですか?」
と、単刀直入です。
ふふふ。
「殿下には、貴族の振り分けを手伝っていただきましょう。」
そもそも中途半端に貴族たちを罰したため、不満分子が発生したのです。不正をした貴族のうち、ローランド殿下を旗印にことを構えようとしている人たちは、炙り出して厳しく処罰。
ヒーヒー言いながらも、追徴課税を払うつもりのある貴族は、恩を売ってこちらにとりこまなくちゃ。
ローランド殿下には、その仕分け作業をお手伝いいただきます。その過程で、まあ、多少名誉が回復したとしても、大した問題にはならないでしょう。
「リリア、フィリップ殿下から、ローランド殿下とお会いできる日時について連絡があったら教えてちょうだい。」
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ローランド殿下にお目にかかれたのは、フィリップ殿下に連絡を入れた翌日でした。よっぽどローランド殿下の自殺行為的行動を止めたいと見えますね。
リリアちゃんはお家でお留守番ですが、先生は、念のために、と私と一緒に殿下が軟禁されている城内の一角に向かいます。
殿下は、衛兵の監視のもと、この区画から出ることも許されていないという説明を、王太子から聞いていました。
先生は、控え室で待っていただき、私だけがローランド殿下のお部屋に入ります。
殿下は、ぼんやりと窓際の椅子に座り、物思いにふけっています。潤んだ瞳とやや赤らんだ顔。やけになってお酒でも飲んでいるのかしら。
「ローランド殿下、御目通りをお許しいただき、ありがとうございます。」
殿下は、ハッとしたように椅子から飛び上がり、私に目を向けました。
「スタイヴァサント夫人、お訪ねいただきありがとうございます。ご家族は皆様、息災でいらっしゃいますか?」
あらら、のっけからまた難しい質問を。
「リリアが先日、学校で、階段から突き落とされ、怪我をいたしました。いえ、命に別状はございません。」
隠すこともないので、正直に申し上げたところ、殿下の顎がガクンと落ちました。
「それは・・・また・・・いったいなぜ?」
全くご存知なかったようです。何事にも疎い方ですね。
「ナイアックの事件で、解決に協力しましたスタイヴァサントに恨みをもつ貴族の方々は少なからずいらっしゃるようです。」
と、これまた正直にお返事したところ、
「そのようなこと!リリアさんには関係のないことでしょう!なんたることだ!」
と、きました。相変わらずの騎士道精神ですねぇ。
「いえ、リリアに全く関係のないことではありません。リリアも事件解決のために奔走いたしました。実際のところ、主人を殺害した実行犯の一人を逮捕に至らしめたのは、リリアのおかげです。リリアが取り押さえたのです。」
流石になんと返事をしてよいものか、殿下は言葉もないようです。
「私共のような非力な存在でも、知恵を絞って、苦境から脱し、亡くなりました主人の仇を討つことができましたの。今日は、それをお伝えにきたのです。
殿下の現在の困難な状況も、打開できる道はあるはずですと。」
殿下は椅子から立ち上がりました。
「私の状況など問題ではありません。だが、母は、母だけはなんとかしたいのです!」
ジリアン様はそれをお望みではなくともね。厄介な騎士道精神ね。
「どうやってお母上を助けだされるおつもりでいらっしゃるのですか?力ずくで?このように幽閉されている状況ではそれも叶わないのでは?外部の力をお借りになるのですか?力を貸そうという方もいらっしゃるのでしょうね。」
ここで、殿下の頬がビクンとします。
「サントス伯爵?それともモーガン伯爵あたりかしら?もしくはランパート子爵?」
私は、以前帳簿を調査した際、巨額な税金をごまかしていた貴族の名をランダムに挙げてみました。どうやらこの中に当たりがあったようで、殿下の頭が揺れました。
「彼らと一緒に陛下に反旗を掲げて、軍隊を動かしてお母様をお救いになる?それとも、闇夜に紛れてお母様を離宮から救出し、どこかへお逃げになる?どの計画も実際的でないのは殿下もご理解していらっしゃるのではないですか?それゆえ、こんなにもお母様のことを思っていらっしゃるのに、行動にうつしていらっしゃらないのでは?」
殿下は一言もおっしゃいません。
「協力するといってくる方々も、軍隊を動かしたり、暗部にお母様を救出させるほどの力はないのでは?せいぜいがところ、リリアを階段から突き落とす、嫌がらせぐらいしかできない小物でしょう。いったい、そんな方々に協力することで、事態は良くなるのですか?」
流石に殿下もその辺のことは考えていらっしゃったようです。ゆっくりと席に腰を落とし、片手で頬を押さえます。
「お母様を救い出すには、むしろ陛下のために、動くことですわ。陛下が貴族と対立するこの状況を、殿下の力で改善することにより、陛下の信頼を少しでも取り戻すことです。その功績を持ってして、お母様の状況を改善するよう願い出るのです。」
無論陛下のためではなく、エドワルド王太子のためですが、そこは今強調する必要はないでしょう。
「私どもには、そのための計画がありますの。お声をかけていただければ、いつでもできますわ。武力でお母様を救出するのとは違い、ジリアン様が危険に晒されることもありません。一考いただけますでしょうか。」
殿下は、訝しげに、
「なぜ、スタイヴァサント家が私や母のことを考えてくださるのですか?」
と、問いかけます。
ここは正直にお返事できます。
「ジリアン様にお願いされたのです。殿下を助けてほしい、と。
ああ、そうです、ジリアン様からお預かりしたものがございます。これは殿下にお返しいたします。」
私は、殿下に近寄り、ジリアン元王妃から渡された髪の入った小袋を殿下の手に載せました。その時、かすかに香る、麝香のような匂いに気がつきました。
女性の香水?
「殿下、お気持ちがお決まりになりましたら、フィリップ殿下を通じてご連絡ください。私どもはいつでもご協力いたしますわ。」
考え込む殿下を後にし、部屋を退出して先生と落ち合いました。
先生が、
「首尾は?」
と、聞いてきたので、
「まあ、先ずは、こんなところでしょう。これでダメなら、後日もう少し揺さぶってみるわ。」
と、答えました。
先生は、いかにも、ふーん、といった顔をしています。
「殿下が悩んでいるうちに、計画を考えないとね。」
そう、実はまだ計画ができていない。ちょっとハッタリを利かしてしまいました。
先生が、ふと、
「奥様、殿下のお部屋で、誰かとすれ違われました?」
と、聞いてきました。
「いえ、殿下にしかお目にかかっていないけれど。」
「奥様がお部屋に入られるのと入れ違いに、黒髪の妖艶な美人が通っていきました。黒衣のちょっと年配の女性だったのですけれど。殿下のお部屋の方からいらっしゃったと思うのですが。」
あの、香水の持ち主かしら。殿下もなかなか隅におけない。




