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フィリップ殿下は馬を降りると、バートさんを急かして居間の私の元へやって来ました。
「スタイヴァサント夫人、先触れもなくお訪ねして申し訳ありません。リリアさんが怪我をされたと伺ったので、取るものもとりあえず、飛んで来てしまいました。
リリアさんの具合はいかがですか?」
そのお言葉通り、慌てた様子ですが、まずは落ち着いていただきましょう。
「お医者様によると、左足を捻って挫いたのと、右肩の打撲だけで、特に心配することはないようです。足に体重をかけないよう、数日大人しくしていないといけませんが、すぐに元気になるでしょう、とのことでした。ご心配いただき、ありがとうございます。」
フィリップ殿下は、安心のため息をつくと、すがるような目で、
「リリアさんにお目にかかることは願えませんでしょうか?」
と、聞かれました。
「リリアは今、眠っております。わざわざおいでいただいたのに大変申し訳ございませんが、今日お会いになることは、ご遠慮いただけますでしょうか。」
殿下は、失望していらっしゃることを隠そうともしません。
リリアちゃんと未だに手紙のやり取りをしていることは知っていましたが、会ってはいないはず。でも、うーん、いつの間にか、随分親しくなっている様子ですね。
どうしようかと考え込んでいると、バートさんがノックとともに入って来ました。
「奥様、先生がお戻りです。至急お目にかかりたいとおっしゃっています。
殿下がいらっしゃっていることと、奥様が殿下とお話中であることをお伝えしたら、一緒にお話を聞いていただいた方がよいのではないか、とおっしゃっています。いかがいたしましょう?」
先生の話が王家につながっているという悪い予感がします。ですがここは、先生の判断を信じましょう。バートさんに、
「先生に来ていただいて。」
と、お願いします。殿下には、
「マーティアン先生には、リリアの怪我の事情を聞くために、学校にいっていただきました。先生は学校で何か掴んだのだと思います。」
と、申し上げました。
殿下は、まるっきり心当たりがないわけではない、という顔をしています。さらに悪い予感が募ります。
先生が入ってきました。殿下に挨拶をした上で、私の方を向き、報告を始めます。
「学校で保険医の先生とリリアさんのクラス担任の先生と話しをすることができました。やはりリリアさんの怪我はただの事故ではないようです。
ここ最近、リリアさんの教科書が破られたり、持ち物が隠されたり、という嫌がらせが頻発しているそうです。
リリアさん自身が、気にする様子もなく、特に先生方に訴えることもしないので、スタイヴァサントへの報告を差し控えていたようですが、今回の階段からの落下は、生徒の誰かがリリアさんの足を引っ掛けたようで、もう放置しておくことはできない、と、先生方が動こうとしていたそうです。
ところが、リリアさん自身が、自分がどうにかするからもう少し時間をください、と訴えたそうです。」
なぜだろう?どうしてリリアちゃん、私に打ち明けてくれないのだろう?ものすごくショックです。
「なぜ、リリアは嫌がらせを受けているの?それにも増して、なぜリリアは私たちにそのことを黙っているのかしら?」
そういいながら、理由がなんとなくわかる気がして、思わずフィイリップ殿下の方を見てしまいます。
先生は報告を続けます。
「当初は先生方も、リリアさんとフィリップ殿下のお付き合いが噂になって、一部女子生徒が嫉妬のあまりそのようなことをしているのではないか、と、推測していました。ナイアックの事件が起きる前には、リリアさんが、ローランド殿下からフィリップ殿下に乗り換えた、などという噂が立っていたそうですので。」
でしょうねぇ。だからやめといた方がいいよ、といったのに。再度、フィリップ殿下をジト目で見ます。
先生は、私の視線を無視して、話を続けます。
「ただ、それでは理屈が通らない、と担任の先生がおっしゃっていました。リリアさんは、フィリップ殿下とおつきあいをしていらっしゃるようには見えませんでしたし、なにより、リリアさんのことを無視するグループに男子生徒も混ざっているそうです。いえ、むしろ男子生徒が率先してやっているようで、今回の階段落ちも、足を引っ掛けたのは男子ではないか、という話です。」
男子生徒。貴族の子女によるいじめ。これがエドワルド王太子のおっしゃっていた異変というやつでしょうか。
私は、フィリップ殿下を真っ直ぐに見つめます。
「殿下、先日エドワルド王太子からも忠告をいただきましたが、これは、不正を行った貴族たちがスタイヴァサントを恨んで行っている嫌がらせなのでしょうか?」
フィリップ殿下は頷きながら、
「好むと好まざるとにかかわらず、スタイヴァサントは王家側と認識されています。スタイヴァサントだけではなく、今回のナイアック処刑に関わったメンバーは、宰相やデュラント伯爵を始めとして、ユークリス伯爵なども全て王家側とみられています。
追加の税金を支払わなくてはならない貴族たちの憎悪は、王家とその一派に向けられています。陛下を始めとして、我々王家側と貴族の間に、深い溝ができてしまいましたから。」
と、おっしゃいました。
王家一派になったつもりは露ほどもございませんが。
「スタイヴァサントが、特に貴族たちに嫌われているのは、おそらく、エドワルド兄上と私が、新しい財務長官に、貴方を推薦したからだと思います。陛下と宰相に即座に却下されましたが。」
えっ?ちょっと待って?何それ?