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お迎えの近衛兵の方と一緒に、離宮から急いでエドワルド王太子のお部屋へ向かいます。遠い。とはいえ、一言いってやらないと気が済みません。なんでこんなこと私に頼むのよ!
ようやく着いた王太子の応接室には、私の不機嫌を悟ってか、ちょっと苦笑いの王太子が待っていました。
「スタイヴァサント夫人、いきなりのお願い、申し訳ない。」
長い回廊を早足で渡って来たので、私はちょっと息が上がっています。お辞儀をしながら、息を整えつつ、端的に質問します。
「なぜ、私がジリアン様にお目にかかる必要があったのでしょう?王妃に全く同情しないわけではありませんが、王妃の願いを聞き入れるつもりはございませんわ。」
エドワルド殿下は、うなずきながら、私の話を聞いています。
「ごもっともです。ジリアン妃はローランドに下手を打たないよう説得してくれと、貴方にお願いしたのですね?」
「はい。そもそも、ローランド殿下は本当にそんな馬鹿げたことを考えていらっしゃるのですか?」
エドワルド殿下は、憂い顔で再び頷かれます。
「そのようですね。ローランドには温情を掛けた責任があるので、当然その行動は、逐一見張っています。一部貴族より、慰めともそそのかしとも言える連絡が度々来ているようで、その連絡に心揺れているようです。
息子として母をなんとか助けたいという気持ちからでしょうがね。それに付け入る奴らがいるようです。」
ほっときゃいいじゃーん、という私の表情を、殿下は読み取ったようです。
「ローランドのことは、スタイヴァサントにはなんの関係もない、というのは確かにそうです。むしろ、彼がどうなろうと貴方のお心は痛まないでしょう。ですが、ローランドをそそのかしている貴族達の悪意の標的に、スタイヴァサントが含まれている可能性が大きいのです。
ともかく、現在の状況をご説明するために、今日はお呼びたてしました。」
スタイヴァサントが狙われている?それは聞き捨てならないわ。
「まず、今何が起きているのか、順を追ってご説明します。
今回のナイアックの事件については、陛下のご裁断により、ナイアックへの処刑と、ラガーディア、ニューアークの両名の爵位剥奪と領土没収で決着をつけるということになりました。表立っては、これ以上、処罰を与えられる貴族はいないということです。」
ええ?脱税していた貴族さん達は?
「ナイアックと共謀して、税金をごまかしていたすべての貴族を懲罰すると、王国に混乱を招く、ということで、宰相と陛下は、彼らをすべて処罰することはしない、ということを決めたそうです。そのために、早めにナイアックを処刑し、それ以上の処罰がないことを、内外に示しました。
しかしながら、ごまかしていた分の税金の取り立ては行うことになっています。」
なるほど、追徴課税があるのね。
「現在、宰相と新たに財務長官に任命されたユークリス伯爵が、各々の貴族の支払うべき金額を計算中です。すでに、追加支払いについての欽命は降っています。」
私もだいたいの流れは把握できました。
「では、不正申告をした皆様、現在、いくら追徴金を支払わなくてはならないか、戦々恐々としているというところなのですね。」
エドワルド王太子は、現在タッパン王国で起きていることを正確に把握しているようです。
「その通りです。不正をして得た分はもうすでに使い果たしている者も多く、追徴金の命令が正式に下ると、支払いに困って領地を担保に借金をしたり、家財を売り出したりしなくてはならない者もいるでしょう。
そういった者達が、現在、王宮への支払いを避けるため、色々な事を画策しているのが現状です。」
だとしたら、この国では密かに王宮対貴族という戦いが起きているということですね。
「ローランド殿下を焚きつけているのは、そういった方々なのですか?」
「そうです。ナイアック亡き今、追加で支払わなくてはならない税金について不満を抱える貴族は結構な数でいるのですが、まとまってはいません。陛下に反旗をひるがえすほどの力とリーダーシップを持った貴族はまだ出ていませんから。
しかし、そういった不満を持つグループの旗頭をローランドに、という動きがあります。彼らの不満を代表するリーダーを、ローランドにやらせようとしているのでしょう。」
ったく、なんでそんな話に乗るかな、あの愚か殿下。
「では、ローランド殿下と殿下を煽る貴族をまとめて罪に問えばよいのではないでしょうか?そのようなご準備はされていらっしゃるのでしょうか?」
「それでは内乱になる恐れがあります。当然、貴族達を取り押さえる用意は進めていますが、できることなら大事にはしたくありません。そのために、処罰は最小限に収めるという決断を陛下はなされました。」
脱税が大問題になるまで放っておいた陛下のせいでしょう。今回の間違いの根源は、陛下ってことよね。真面目な王太子には悪いけどあの人の尻拭いはいやだわ。
スタイヴァサントには全く関係のないお話なので、私どもはサッサとずらからせていただきますわ。
「殿下、状況をご説明いただき、誠にありがとうございます。
ですが、スタイヴァサントがこのお話にどのように関わっているのか、私には見えないのですが。」
エドワルド王太子は、心から心配そうな様子で話しを続けます。
「スタイヴァサント侯爵は、陛下のために、脱税した貴族達を告発するに至ったその証拠を集めた中心人物と思われています。それゆえ、自分たちのやったことを棚に上げて、スタイヴァサントに恨みを抱く貴族もいるのです。」
確かに、旦那様(と、私たち)は今回の事件には深く関わりましたし、証拠集めにも協力しました。しかし、残念ながら旦那様はもうこの世にはいらっしゃいません。不正を指摘された貴族の方々も、今更旦那様に文句のいいようもないでしょう。
それとも残る家族の私たちにその責を負わせるつもりなのでしょうか?
「夫亡き今も、スタイヴァサントを逆恨みしていると?不正をした方々は、私どもにその恨みの矛先を向けるとお考えなのですか?」
お尻に火のついた貴族の方々が、そんなことをやる暇があるのかしら、不可解だわ。
「現在も続くスタイヴァサントと王家の強い繋がりを、羨み、妬み、そしてあわよくば利用できないかと考える貴族は後を絶ちません。既にスタイヴァサントの周辺で、異変が起きているはずです。十分注意してください。
今は、ほんの小さな嫌がらせも、彼らがまとまると大きな脅威となりかねません。」
王家と繋がっているつもりはサラサラないのですが。王家と追い詰められた貴族達が対立すれば、スタイヴァサントは王家側につくと思われているのでしょうか。
王太子の御前を下り、考え考え邸宅に戻ると、スタイヴァサント家は、大騒ぎとなっていました。いつもは落ち着いているバートさんが家から飛び出してくると、大声を上げています。
「奥様!リリア様がお怪我を!」




