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・・・死罪に科す。」
陛下の宣託を聞いて、王妃が
「ヒッ!」
と、声を漏らしました。何か言おうとするその王妃の肩を、ローランド殿下が片手で強く掴んで押さえこみます。
相変わらず、空気読んでいらっしゃいますね。
「ナイアックの息子達に家名を継がせるのもまかりならん。一族はそれぞれ、どれだけこの事件に関与しているか、十分に吟味の上、追って沙汰する。
引っ立てよ!」
デュラント伯爵と部下の方々が、ナイアックとラガーディア、そしてニューアークを、謁見室から追い立てました。
ここで、陛下は、王妃とローランド殿下の方に顔を向け、
「一族の中には、お前達も含まれること、よく考えるがよい。」
と仰せになられました。
王妃は血の気のない顔で震えていらっしゃいます。ローランド殿下は、
「父上!ナイアックのやったことは母も私もあずかり知らぬことです!」
と、咄嗟に言い訳をしています。
陛下は、うんざりしたように、
「愚か者め。お前の下らぬ婚約破棄騒ぎとは訳が違う。『知りませんでした、騙されました』で済むと思うな。
知らぬということは、国を司る者には、言い訳にもならぬことだ。
お前には人を総べる資質がないのだ。資質がないのであれば、分不相応な権力から身を引くがよい。
自ら引けぬというのであれば、私が引導を与える。どちらにするか、お前が選べ。」
と仰せになりました。
「「陛下!」」
王妃とローランド殿下が、同時に叫びます。
王妃が、震える手を陛下の方に伸ばしますが、陛下の凍りつくような視線に負けて、触れることは出来ないようです。
絞り出すような声で、
「どうか、お慈悲を・・・」
とおっしゃいましたが、陛下は、王妃から視線を外すと、
「これ以上の恥を晒したくないのであれば、立ち去るがよい。
儂からの最後の慈悲は、皆の前で、其方らの先行きを論じぬことだ。」
と仰せになりました。
王妃は、ゆっくり立ち上がると、まだ何かいいたそうにしているローランド殿下と、殿下に縋り付くように、そして同時に殿下を押し出すように、部屋から出て行かれました。
ローランド殿下はどこに追っ払われるのかしら・・・
えっ?ちょっと待ってくださいな。
知らなかったのはローランド殿下だけではないでしょう?
陛下、貴方だってご存知なかったのでは?
今更、全て知ってました、のフリをしてらっしゃるの?
陛下は今度は向きを変えて、王太子に話しかけます。
「エドワルド、でかした。この度の働き、見事であったぞ。」
エドワルド王太子?フィリップ殿下ではなく?
フィリップ殿下も賞賛が王太子に行くことになんの問題もないようです。表情一つかえません。
つまり、陛下は、フィリップ殿下が王太子と協議の上、調査を進めていることをご存知だったということですね。
・・・陛下、貴方、知ってましたね。
王妃側の動き知ってて、自分では手を打ちませんでしたね!!なぜですか!?
エドワルド王太子が、発言されます。
「お褒めに預かるとは光栄です。しかし、今回の調査は、フィリップとその部下であるデュラント伯爵たち、そして何よりも、スタイヴァサント侯爵家の協力なくして成し得ませんでした。
陛下からのお褒めの言葉は、皆で分かち合いたいと思います。」
陛下が、うなずかれます。
了承を得たエドワルド王太子が、
「スタイヴァサント侯爵夫人、前へ」
と、私を招き寄せてくださいました。
並み居る男性をかき分けて、御前へ進み出ながらも、私の目は陛下から離れません。
陛下の前に進みでると、フィリップ殿下が場所を譲ってくださいました。
そして一歩下がりながら、私に聞こえるよう
「ありがとうございました、侯爵夫人」
と囁きます。
その声は、陛下まで届いているのでしょうか?陛下の表情は動きません。
陛下の前で、顔を伏せ、跪いてご挨拶します。
その時になって、ようやく理由が思いつきました。
ああ、息子たちが、王としてふさわしい資質を持っているか、この事件で見極めようとしたのだと。
そうですか、そんなことのためにスタイヴァサントは犠牲を払わなくてはならなかったのですか。
貴方の子育てのために、なぜ私たちが巻き込まれ、侯爵はその命をもって不正を正そうとしなくてはならなかったのですか。
貴方のせいでリリアちゃんやルディ君は二度と父に会えず、その上母も失ったのですか。
エドワルド王太子が、
「スタイヴァサント夫人、どうぞ面をあげてください。」
と、おっしゃいますので、再び顔を上げて、陛下の目をまっすぐに見返しました。
ああ、もし視線で人を射抜くことが本当にできたら・・・
引き続き王太子が、
「スタイヴァサント夫人、そしてスタイヴァサント家の皆さん、この度は、この困難な調査に、我が身も顧みずご協力いただき、本当にありがとうございました。
そして、なにより、スタイヴァサント侯爵の尊い犠牲を悔やみ、謝意を表します。」
と、おっしゃっているのが、ぼんやり耳に入ってきました。
私の全身全霊は、今、陛下に向けられています。
陛下が、クイっと眉を上げて、エドワルド王太子に、
「犠牲とは?」
と、問いかけます。
王太子は、
「ナイアックには、贈賄のカラクリを知ったスタイヴァサント侯爵の殺害を命じた容疑もかかっております。」
と、お答えになりました。
フィリップ殿下が、すかさず
「殺害の実行犯であるナイアックの使用人アッシュワースと、グリーンヴィル商会の雇われ人が、すでに逮捕済みであり、犯行を自白しております。
彼らの自白から、ナイアックが指示を出し、横領を調査中だった侯爵を落馬にみせかけて殺したことを実証できると信じております。
アッシュワースもグリーンヴィルも、後日、平民の裁判で裁かれる予定となっております。」
陛下は、フィリップ殿下の発言を受けて、背を正すと、
「この度のスタイヴァサントの健闘振り、誠に見事であった。その際立った働きに対して、褒美をとらせたいと思う。
スタイヴァサントは、何を望むか申してみよ。」
と、おっしゃいました。
喧嘩売ってやろうか?
いや、陛下、貴方がスタイヴァサントに売った喧嘩、私、買うよ?
スタイヴァサントが何を望むかだって?そんなもん、旦那様を私に戻してくれに決まってるでしょうが!
私の拳に力が入ります。
答える前に、スタイヴァサント家、いえ、リリアちゃんや先生が、男性貴族の後ろに立っているところに目をやりました。
微かに見え隠れするリリアちゃんの顔。侯爵にそっくりな琥珀色の瞳は、陛下に褒められた喜びなのか、皆に、父親の功績を認めてもらった嬉しさからなのか、輝いています。
ゆっくり視線を陛下に戻すと、私は一つ大きく深呼吸をします。
再度陛下を真っ直ぐ見つめます。
「国立の、女性のための職業学校設立でいかがでしょう?」




