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帰宅の途につきながら、様々な思いにとらわれています。
リリアちゃんは、
「せっかく用意したセリフ、使えませんでしたねー」
なんて、呑気なことを言っています。
先生は首を傾げながら、
「どうやらウッドベリー商会は我々側のようですね。奥様、なぜもっと突っ込んで話をきこうとなさらなかったのですか。」
と、聞いてきました。
「確かにリプリーさんはこちら側のようですが、ウッドベリー商会すべてがスタイヴァサントを支持しているかどうか、わかりません。
ああいう大きな商会は、いろいろな思惑で動いている人たちの集まりです。例えばですけど、他の役員は、ナイアック公爵と取引してる、なんてこともザラにあります。商会は、利のある方に付くと考えてます。情ではなくてね。
下手を打って、情報が漏れないようにしないとね。」
リリアちゃんがなるほど、という顔をしています。
「では、お母様、グリーンヴィルはどうやって探るのですか?スパイを送り込むとか?」
いや、リリアちゃん、そういったキモを冷やすようなことはやめましょう。
「しません。私たちは私たちの得意なことをやります。帳簿から不正を暴くのです。近々、王宮の財務省にある帳簿と、私たちが小売店に置いている帳簿をすり替える作業にかかります。
あの忌々しいフィリップ殿下が王宮にいるのだから、すり替えぐらいお手のものでしょう!
ただ、準備には時間を要しますね。」
先生は、不思議そうに、
「あら、先日ジュリアに会った時に聞いたら、練習帳簿は、うまい具合に手垢がついて、程よい古さが出て来てると言っておりましたが。
もう準備はできているのではないですか?」
「それは朗報ね。でも、それだけではだめよ。
帳簿を入れ替えるにしろ、まずは、どの時期のものを入れ替えるのか、何冊ぐらいにするか考えないと。10冊いっぺんに入れ替えるつもりはないの。そんなことをしたら見つかる確率が高くなります。」
旦那様なら、どれぐらいの頻度で帳簿が開かれていたか観察していたでしょうから、いっぺんに入れ替えも可能かもしれません。しかし、私たちにはその情報がありません。
「一度に数冊しか入れ替えることができないのであれば、効率よく、横領が行われている時期を狙わないと。
当然、旦那様が亡くなった前後が一番怪しいけれど、新しければ新しいほど、他の財務官の方々に気づかれる可能性がありますからね。」
リリアちゃんが頷きます。
「用事があって、財務官の人がその帳簿を見る可能性が高くなりますものね。古ければ古いほどよい、ということですよね。」
「そうです。でも、古すぎると、横領が起きていない時期に当たるかもしれません。
つまり、横領がかなりの頻度で起きている、なるべく古い帳簿を狙うの。」
先生が、
「その時期はどのように判断されるのですか?」
と、聞いてきました。
「商会側から調べるのが一番ね。と言っても、別にスパイを送り込むわけじゃないわよ、リリア。
ただ単に、グリーンヴィル商会のビジネスが勢いを増した時期を調べればよいのだから。
その辺は、噂などの聞き込みで大丈夫じゃないかしらね。」
先生が
「それぐらいであれば、私たちが噂を聞き込んで来ればよいのではないでしょうか。」
と、目を輝かせます。
はあ。なんで家のお嬢さん方はこんなに探偵活動が好きなんでしょうね。日々の生活がよっぽど鬱屈してるのかしら。
「横領を抑えるときは、ナイアック側と商会を、確実に同時に抑えなくてはなりません。少しでも時期がずれると、証拠を隠滅されます。たとえそれが数時間の差でもダメ。片方に手が入るという噂が流れるだけで、もう片方はすべての証拠を燃やしてしまうでしょうね。」
やはりここはプロに頼みましょう。
「リリア、あのムカつく殿下に手紙を出して、ビジネス調査のできる人と、秘密裏に話しがしたい、とお願いしてちょうだい。」
リリアちゃんがにっこりします。
「はい。お母様。」