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ヘンリーさんが少々きこしめしたカーターと出かけて以来、小一時間経っています。
バートさんと先生、リリアちゃんと私は、使用人入り口に比較的近い居間で、テラスに向かったフランス窓を全開し、外の様子を窺いながら、ひたすら待っています。
私は旦那様の顔を見ながら、計画の流れをなんども心の中で繰り返し、不安な気持ちを抑えようとしていました。
パーン!
えっ?銃声?
小道の方から微かに銃声が聞こえました。
パーン、パーン!
ええ!銃が流通しているの?そんな!
私たちは一斉にテラスを通って、小道の方へ走り出しました。
小道は、屋敷からの明かりでわずかに人影が分かるぐらいです。
数人の人たちが走り回る足音と、
「そっちに行ったぞ!」
「一人は抑えた!」
という、怒鳴り声が聞こえます。
小道にうずくまる人影に急いで走りよりました。
「ヘンリー!」
肩を押さえてしゃがみこんでいるのは、ヘンリーさんでした。押さえる手の間からは血が流れ出しています。
バートさんが、
「薬箱を持ってまいります!」
といって、屋敷の方に走り出しそうになりました。
私は急いで彼を引き止めました。
「待って!まだその辺りに銃を持った犯人がいるかもしれない!皆で一斉に移動しましょう!」
バートさんと先生が、ヘンリーさんの両脇を肩を担ぎながら固めます。私とリリアちゃんはそれぞれヘンリーさんの前後に付いて、まとまって屋敷に向かいます。
使用人入り口には、ミルドレッドさんが心配そうに立っていました。
「ミルドレッド、救急箱をとってきて。
それとお医者様を呼びに行く様手配して。」
ミルドレッドさんは、ヘンリーを見て、顔を青くしたのち、走り去りました。
急いでヘンリーさんを居間に運び込み、長椅子に寝かせます。
そこに、救急箱とリネンを抱えたミルドレッドさんが、小走りにやってきました。
先生が救急箱を受け取ると中からハサミを取り出し、ヘンリーさんのシャツを肩のあたりで切り裂きます。
鎖骨のあたりで出血しています。
ミルドレッドさんが、その傷口にそっと布を押し当てます。先生は、その上から止血のために、包帯をぐるぐる巻きつけています。
私は思いついて、忙しく動くミルドレッドさんに確認をとります。
「ミルドレッド、お医者様はもう呼びに行かせた?何があるかわからないから、必ず馬車で行く様に命じてね。」
ミルドレッドさんは、ヘンリーの様子を見ながらも、しっかり答えてくれました。
「大丈夫です。エイミィが馬車で出かける用意をしています。」
ヘンリーさんの様子をしゃがみこみながら伺っていたリリアちゃんが、スックと立ち上がって、
「お母様、私もエイミィと一緒に行ってきます!」
と、部屋から走り出て行きました。
ヘンリーさんは、青白い顔でしばらく目を閉じていましたが、ゆっくりと目をあけて、
「奥様、大丈夫です・・・」
と、声をだしました。
私は慌てて、
「喋らないで。じっとしていなさい。」
と、ヘンリーさんを制止します。ですが、ヘンリーさんは、話を止めません。
「いや、大丈夫です。いきなりきたんで、驚いてしまって、みっともないとこお見せしてしまいました・・・」
思いの外しっかりした声を出しているので、ちょっとホッとしました。
「ヘンリー、銃で撃たれたんですもの。仕方がないわ。」
ヘンリーさんは、驚いたようです。
「あれが銃ってやつですか。いきなりガツンときたんで、何がなにやら・・・
カーターは兎みたいに飛び上がって、一目散に逃げていきましたよ。」
それを聞いて、私はまた、ハッとしました。ああ、今日の私は本当にどうかしている。
「バート、屋敷の窓とドアを全部閉めて!主な出入り口には使用人達を立たせて警戒させてちょうだい。特に使用人入り口には、あなたが行ってくれる?」
バートさんも銃をもったアッシュワースがまだうろついている可能性に気が付いたようで、飛び出して行きました。
廊下で指示を出すバートさんの声がこだまします。
ああ、この計画、取り返しのつかない、大失敗だわ。




