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「ヘンリーに?」
デュラント伯爵が
「ヘンリーとは?」
と、聞いてきました。
「当家の従僕です。」
バートさんが主張します。
「ヘンリーはカーターと一緒に従僕をしている間、嫌がるカーターをうまくおだてて仕事をさせていました。彼なら上手にカーターを扱えます。」
ヘンリーは小柄で、あまり威圧感はありませんから、攻撃を誘導するにはよいでしょうが、カーターが逃げ出したりした場合、咄嗟に抑え込むことができるとは思えないですね。
やはりここはプロにお願いすべきではないか、と考え込んでしまいました。
伯爵も同じことを懸念していらっしゃるようで、
「いや、カーターが逃げ出した場合を考えて、私の部下にやらせたほうがよいと思います。」
と、おっしゃいます。
しかし、バートさんは、強硬に主張します。
「奥様、ヘンリーであれば、カーターに逃げられることはありません。大丈夫です。あれは人誑しで、カーターの扱いに長けています。」
バートさんがここまで言うのであれば、まずはヘンリーの実力を試してみましょう。
「じゃあ、まずはヘンリーにカーターに夕食を持っていくように伝えてくれる?その時に、カーターがどうやって、どこでアッシュワースに会うための連絡をとっていたか、それを聞き出してくれるようにお願いしてみて。」
バートさんは急ぎ足で居間を出て行きました。
その間に私たちは、どこでアッシュワースにカーターを襲わせるかの議論を戦わせました。
結果、スタイヴァサント家の使用人出口に通じる小道が一番ふさわしいという結論に至りました。道の西の方には川が流れている上、スタイヴァサントに用事のある人しか通らない、人通りの少ない場所です。
戻ってきたバートさんも、いざとなったら、スタイヴァサント家から人手が出しやすいので、賛成してくれました。
あとは、どこに人を配置するか、争った跡はどのように作り上げるか、逮捕した後、どのようにアッシュワースを搬送するか、などの打ち合わせです。
ここまで決まったところで、居間のドアをノックして、ヘンリーさんが入室してきました。
「奥様、カーターは食事を終えました。
それと、ご依頼の件ですが、カーターがアッシュワースに会っていたのは、例の酒場だそうです。
カーターが情報を渡すために酒場に行くと、だいたい三杯目のエールを飲み終えるころに、必ずアッシュワースが現れたそうです。
ですから、アッシュワースが、カーターが現れたら酒場から連絡を寄越すよう、手配していたのだと思います。」
うん、合格です。
「ありがとう、ヘンリー。カーターの様子はどう?」
うんざりした様に、ヘンリーが返事をくれます。
「俺が悪いんじゃない、旦那様が殺された件に俺は関係ない、と、言い張ってます。」
それだわ。
「ヘンリー、今夜カーターを酒場に連れて行って、同じことを言わせることはできるかしら?」
ヘンリーさんは、ある程度バートさんから聞いているようです。
「問題ございません、奥様。
ちょっと酔っ払わせてくだを巻かせれば良いのですよね。」
「その通り。大きめな声で、喚かせてちょうだい。
その上で、早めに酒場を切り上げて帰途についてほしいの。タイミングが肝心なの。
アッシュワースに追いつかせて、カーターを襲わせる計画なのよ。」
ヘンリーさんは真剣な眼差しで返事をします。
「伺っております、奥様。」
デュラント伯爵が声をかけます。
「常時私の部下が二人、君たちの跡をつけているから安心してくれ。
襲撃予定場所にはさらに、私を含め三人待機している。早く着きすぎたら、そこで多少時間を潰してくれてかまわない。だから、カーターが言いたいことを言ったら、なるべく早く酒場を出るんだ。
アッシュワースが襲ってきた瞬間に、私たちが飛び出して、アッシュワースとカーターを確保する。
君は、襲われたらすぐに逃げるんだ。」
ヘンリーさんは笑って
「承知いたしました。手出しはいたしません。」
と答えました。
他に何か見落としたことはないか、最後にもう一度、皆必死に考えていますが、思いつきません。
「ヘンリー、くれぐれも気をつけて。
まずは自分の身の安全を第一に考えてね。」
「はい、奥様」
「伯爵もお気をつけて。」
「ありがとうございます、侯爵夫人。」
その声を残して、伯爵は人員の確保のためお帰りになりました。
「「では、三時間後に。」」