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皆さんに私の発言が浸透するのを待って、説明を始めます。
「いえ、文字通りアッシュワースを殺すわけではありません。彼には生きていていただいて、こちらに寝返ってもらわなくてはなりませんから。
アッシュワースが殺される、しかし死体は見つからない、という状況を作りだしておいて、実際は密かにアッシュワースを捕らえるのです。
これならアッシュワースを司法省が捕獲して尋問している間も、彼は死んだと思っているナイアック公爵は自分に捜査の手が伸びているとは考えないでしょう。司法省の今後の捜査にも差し支えないはずです。
要は、アッシュワースが消えてもナイアック公爵が疑問に思わなければよいのですから。」
リリアちゃんが
「お母様、カーターにアッシュワースを殺させるとは、どう言う意味なんですか?」
と、尋ねます。
「カーターを屋敷から出して、囮に使います。
カーターを襲ったアッシュワースが逆に殺されたと、世間に思わせるのです。」
先生がまず異議を挟みます。
「奥様、カーターを外に出したら、直ぐにビビって逃げ出すと思いますわ。うまく行くとは思えないのですが・・・」
ビビらせたのは先生のような気もしますが、それは一旦置いておきます。
「カーターには一人で行動させません。当然監視をつけます。
アッシュワースをおびき寄せるのは難しくはないはずです。酔っ払ったカーターが、ナイアック側の不利になるようなことを監視者相手に大声で話しをするのです。
それを聞きつければ、アッシュワースは当然カーターを襲って来るでしょう。
アッシュワースがカーターに返り討ちにあう、いえ、同士討ちになり死体は見つからない現場を作り出せば良いだけです。」
リリアちゃんが、理解できた嬉しさに目を輝かせました。
「つまり、崖の上で争った二人が、崖から落ちて死体が見つからない、という状況を作ればよいのですね?」
うん、そうです。でもこの辺に崖はないけれど。
しばらく口を閉じていたデュラント伯爵がようやく口火を切りました。
「それが、奥様のおっしゃるアッシュワースが殺されるという意味ですか。そしてその犯人をカーターであると見せかけるのですね・・・
いや、奇想天外で、実際そんなことができるのか・・・」
バートさんが、この計画を具体化するために、すかさず、アイディアを出します。
「王都で死体が見つからない状況を作るのであれば、水辺ではないでしょうか。川、運河、王宮のお堀、というところですかね。」
先生が検証します。
「いえ、運河やお堀だと、死体が見つからないのは不自然ですね。そうなると川一択だと思います。土手にそういった争った跡を残して、二人を確保するのが良いと思います。」
伯爵はまだ、かなり迷っていらっしゃいます。
「うーん、確保する部下の手配をすることは、直ぐにできますが、やはりこの計画にはかなり無理があるように思えますね。せめて、計画がうまくいくか、検証したり、確保する場所の下検分などをしないと、安心できません。アイディアは買いますが・・・」
残念ながら、スタイヴァサントには、何もしないで待つという選択はありません。まずは、伯爵の説得が必要です。
「時間をおけば置くほど、ナイアック公爵が私たちの動きに疑念を持つ可能性が高くなります。私たちはすでに獅子身中の虫であるカーターをクビにしました。そのことはすでにアッシュワースに伝わっています。
カーターをこのまま私たちが捕縛しておくと、カーターは王都から消えることになります。スタイヴァサントから追い出されたカーターが姿を消したら、 ナイアック側は彼の行方を気にするでしょう。
その上私たちが主人と同じように王都の小売店を回っていることを彼らがどのように解釈するかと思うと・・・
私たちの安全は、この計画にかかっているといっても過言ではございません。」
カーターを罠にかけたのは私の判断ですが、カーターを首にしたのは、アッシュワースをあぶり出して、殿下と伯爵の調査に協力するためです。私も後には引けません。
沈黙の中、伯爵がこの計画に乗ってくれなかった場合、スタイヴァサントだけでできるのか頭の中で計算を始めました。
しかし、伯爵は、ちらっと旦那様の絵を見ると、意を決したように、
「わかりました。早急に頑強な部下たちを用意します。そのうち、一番ガタイの良い奴に、カーターと一緒に行動してもらいましょう。
カーターが逃げないように見張りつつ、アッシュワースを挑発するようなことを言わせなければなりませんからね。」
大男が酔っ払ったカーターを押さえつけて、泣き言を言わせている場面を想像して、思わず眉をしかめてしまいました。
うーん、カーターがかなり酔っていれば、どうにかなるかしら。
でもあまり強そうな護衛がついていて、アッシュワースがカーターを襲うかしら。
本当は、アッシュワースの攻撃を誘えるような付き添いがよいのだけれど。
色々思案していると、バートさんが、突然、
「その役、ヘンリーにやらせましょう」
と、声をあげました。