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皆が解散した後も、先生とリリアちゃんは、居間に残っています。リリアちゃんは、父親が殺されたということを実感しているのか、旦那様の絵から目が離せないようです。
これから始まるデュラント伯爵との交渉を考えながら私もぼんやり旦那様の顔を見ています。
先生が再び、
「奥様、何をお考えなのですか?」
と、聞いてきました。この件については、リリアちゃんと先生に正確な話をしておかなくてはなりません。皆の安全に関わることなので。
「今までは、アッシュワースがしばらくの間泳がされて、その後、司法省に押さえられて、自白させられる、そのプロセスを待てば良いと思ってたのね。司法省もアッシュワースがナイアック公爵の手先となって、色々な悪事を働いている証拠がないと、彼に自白させられないでしょうから。
でも、私たちが小売店を回っていることが、カーターからアッシュワース、そしてナイアック公爵まで伝わっているんじゃないかと、心配しているの。」
リリアちゃんもこっちを向いて、真剣に話に聞き入っています。
「私たちに危険がないか、アッシュワースを早めに押さえて確認しなくては。」
リリアちゃんが心配そうに
「フィリップ殿下やデュラント伯爵が、アッシュワースを急いで逮捕することに同意してくださるでしょうか。」
と、聞いて来ました。
確かにそこが問題です。殿下や伯爵も私たちの安全について気を使ってくださってはいると思いますが、アッシュワースを逮捕した時点で、ナイアック公爵には、彼の周辺に調査が入っていることがわかってしまいます。そうなれば、公爵も自分の悪事の証拠を消しにかかるでしょうし、その先の調査は全く意味をなさなくなります。殿下たちにとっては、アッシュワース逮捕のタイミングは遅ければ遅いほど良いのです。
「どちらも納得できる方法で、アッシュワースを押さえる必要があります。」
先生は、
「奥様に策があると見ましたけれど。」
と、にっこりします。
「確かに、考えていることはあるのだけれど、これが結構綱渡りなの。どこで破綻するか、私もちょっと自信がないわ。」
リリアちゃんと先生が唱和します。
「「どんな計画ですか?」」
計画を話す前に、バートさんが部屋に入って来ました。デュラント伯爵がお着きのようです。すぐにこちらにお通しするようにお願いしました。
デュラント伯爵を連れて、バートさんが居間に再びやって来ました。
「ありがとう、バート。下がってもらって大丈夫よ。後ほどお茶をお願いね。」
しかし、バートさんは動きませんでした。
「私もこのお話し合いに参加させていただきます。」
横にいたデュラント伯爵が驚いていますが、バートさんは梃子でも動かない決意のようです。
「私にもスタイヴァサントのためにできることがあるはずです。」