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先生が透かさず聞いてきます。
「奥様、何をお考えなのですか?」
まだまとまっていません。しかし、ナイアック側の反応を待つより、先手を打つ必要があると見ました。
返事をする前に、家政婦長のミルドレットさんを連れたバートさんが、乗り込んで来ました。
「奥様、一体何が起きているのですか?」
涙もろいミルドレットさんの頬にはもう一筋の涙の跡があります。
「奥様、なぜお話いただけないのでしょう?」
話は最小限に納めたいのですが、この二人には、いつか話をしなくてはなりません。
「居間に来てくれるかしら?従僕さんと、侍女頭の二人とエイミィ、それとリリアも呼んでくれる?」
以上の人たちは、日頃の様子を観察していて、ナイアックとは繋がっていないという確信がありました。彼らには、旦那様の描かれた絵の元で話をしたかったのです。
10分ほどして私たちは居間に集合しました。私は、しばらく旦那様の顔に見入っていましたが、振り向いて、リリアやバートさん達を見つめます。
「皆さん、何事かとお思いでしょうが、しばらくお時間をください。
まずは、旦那様亡き後、このスタイヴァサントで忠実にお仕事を続けていてくれること、本当にありがたく思っています。
皆さんがこのように、私たち残された家族を支え続けてくれるのも、旦那様が皆さんを公明正大に遇して来たからだと信じています。旦那様と皆さんの信頼関係が、今も生き続けているのだと思っています。」
使用人さん達の多くが頷いてくれています。
「その旦那様ですが、しばらく前から、私達家族は、旦那様の死因に疑問を持っていました。本当に事故だったのかと・・・そして私たちは、旦那様は殺されたのだと信じるに至りました。」
「ひっ!」
侍女さんの一人が声をあげました。バートさんがそれを抑えるように質問を投げかけます。
「なぜ、どうして旦那様が殺されたのですか?カーターのやったことがどのように関わっているんですか?」
カーターの窃盗の話はすでに、屋敷内で広がっているようですが、密告の話はまだ知られていません。説明が必要ですね。
「旦那様は、王宮で起きている不正を調査していたのです。その旦那様の動きを、カーターが敵側に流していたのです。旦那様の行動を知った敵側の人間が、旦那様を落馬事故に見せかけて殺害したと見ています。」
ミルドレッドさんが、堪えきれず声をあげます。
「誰です!誰がそんなことを!」
いずれは知れるかもしれませんが、現時点では名前を明らかにするのは危険です。うっかり何かの拍子に、名前に反応したりするかもしれません。
「証拠も何もないのです。現時点では名前をあげるのは得策ではありません。いつの日か、必ずすべてをお話しします。でもそれは、旦那様の調査が実を結んだ時です。」
バートさんが驚いたように再び聞いてきました。
「旦那様の調査?続いているのですか?」
私がやっているとは言いません。
「王宮の方で調査は続いています。大丈夫です。
すべてをお話しできないのは非常に申し訳ないのですが、皆さんに是非ともお願いしたいことがあります。
カーターは、愚かにも敵側に内通していました。本人の自覚はなかったようですが、彼の情報が旦那様の死の引き金になったことは確かです。」
カーターと一緒に仕事をしていた従僕のヘンリーが唸りました。
「あの野郎!」
「カーターはこれ以上情報を流すことはできません。ですが、カーターの代わりになる人を探しにくるかもしれません。使用人達にそのようなアプローチがないか、目と耳を研ぎ澄ましておいてください。
スタイヴァサント家には、敵がいるのです。そのことを心しておいてほしいのです。」
バートさんが皆を代表して返事をしました。
「奥様、私共をお頼りください。旦那様のご無念を晴らすために、我々も協力いたします。」
「ありがとう。でも、まずは、皆さんが危険な目に遭うことのないよう、周囲に十分注意してください。
何よりも、今スタイヴァサントで起きていることは、誰にも漏らさないで欲しいのです。それを皆で徹底してください。カーターのこともあります。知らず知らずのうちに、思わぬ事態を招いてほしくないのです。」
ヘンリーさんは未だ、カーターの裏切りが頭を離れないようです。
「奥様、カーターはどのように処分されるのですか?」
「カーターは司法の手に任せます。デュラント伯爵がもうすぐいらっしゃるでしょう。皆さんは、それぞれのお仕事に戻っていただいて大丈夫よ。個人的に不安なことなどあれば、いつでも私に相談してくださいね。」
「「承知致しました」」




