48 アン・マーティアン先生視点
今回だけ、マーティアン先生視点で書いております。
先ほどから私は、何度か心の中で、旦那様の寝室に踏み込む時のセリフを繰り返しています。奥様からは特別に指示はありませんでしたが、ただ黙って踏み込むと、カーターがのちに、罠にかけられたと察するかもしれません。
まあ、それほど鋭い男だとも思いませんが、念には念を入れて、ここは一芝居打とうと思います。
シチュエーションとしては、私が二人の使用人を案内して、侯爵様のクローゼットの乗馬用の道具を、ルディさんのために取りに行くという・・・いや、あまり複雑にすべきではありませんね・・・もう簡単に、ものを取りに来たでよいかしら・・・
奥様の読みに間違いはないと思うけど、万が一カーターがこちらの寝室に来た場合を考えて、どこかに潜んでた方がよいかしら。でもそうすると、旦那様の寝室が狙われた場合、そちらの音が聞こえなくなるかも。もう腹をくくって、旦那様の寝室が狙われた場合のみを考えましょう・・・
そもそも私は、カーターのことが大嫌いなのよね。女性の使用人に対して横柄な態度をとるだけでなく、下働き のような弱い立場にある女の子を、からかう振りをして言い寄ったりしているところを何度か見かけたことがあるし。しかも、どの子もあまりジュリアと変わらない、年若い子達ばかり。あんなのがいるから、迂闊に幼い子を働きに出したりできないのよ・・・
色々考え事をしながらも、三人で息を殺して待っていたら、隣の部屋から、かすかにドアを開け閉めする音がしました。
二人の使用人には、その場を動かないように手振りで伝え、私だけが旦那様の寝室に繋がるドアに近づき、ドアに耳を当てて様子を探ります。
確かに人の気配がする。絨毯の上を素早く移動し、クローゼットのドアを開けたり、棚や書机の引き出しを開ける音がします。
もう大丈夫だ。
二人にドアのそばまで静かに来るように手振りで指示します。
三人揃ったところで、寝室に繋がるドアをいきなり開けながら、
「・・・多分、旦那様のクローゼットにあると思うのよ」
と、声をあげます。
戸棚の方に目をやると、引き出しから取り出した何やらを持ったまま、驚きのあまり凍りついているカーターがいました。
「カーターさん!何をやっているの!?」
さすがにカーターは声が出ないようです。
「貴方、何を持っているの?」
カーターの体が少し揺れたように見えました。ここで逃げられるわけにはいきません!
「ジョナサン!ピーター!カーターを取り押さえて!」
二人がカーターに飛びかかると、ようやく我に返ったカーターが喚きはじめました。
「おい!やめろ!ちょっと自分のものを取りに来ただけだ!触るな!」
いや、書机の上に広げられた旦那様の一張羅の上に、ネックレスやら指輪が転がっているんですが。
ジョナサンとピーターには、何を言われても、絶対にカーターを離すなとお願いしてあります。
さてと、遠くから走り寄る人たちの声と足音が聞こえはじめました。