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フィリップ殿下は中々の美丈夫です。応接室にスックと立った姿は、我が家の家具を小さく見せるほどの風格です。さすがの王族ですね。この兄達と比べられるローランド殿下が卑屈な雰囲気を醸し出しているのもまあ、無理もないか。
リリアちゃんは、昨夜指示したように、幸せいっぱい、でも不安、という顔をしています。
殿下を案内してきた、バートさんが下がると、殿下の方からご挨拶がありました。
「スタイヴァサント夫人、本日は、お忙しい中、お時間をとっていただき、ありがとうござい・・・」
そこまで殿下がおっしゃったところで、私は片手を上げて、殿下のお話をお止めしました。応接室の外から先生の声がします。
「あら、カーターさん、何をしていらっしゃるの?」
カーターが何かブツブツ言い訳している声と立ち去る足音がします。足音が遠ざかったのを確認して、私から殿下にお詫びいたします。
「殿下、お話を遮りまして、大変申し訳ございません。先生には、この部屋に近づく者がいないように、外でそれとなく見てもらっております。」
ルディ君と一緒に、スパイごっこをしてもらっているので、アリバイは完璧です。
フィリップ殿下は、ちょっと面食らったようですが、体制をたて直して、話を続けます。
「では、本来の目的のお話をさせていただいても大丈夫ということですね。ありがとうございます。
リリアさんからお話があったと思いますが、兄と私は、ジリアンが王妃の席についた頃から、ナイアック側の動きを調査して来ました。
当初は、まあ、下手な野心を抱いていないか、見極めのためだったのですが、ここ数年、つまらぬことを考えて動いているようです。要は、ローランドを王位につける後押しをする貴族仲間を増やそうと必死になっているということです。
我々は、ナイアックが、仲間になりそうな貴族へ、金品を送っていると思っておりましたが、違うのですね。リリアさんから聞きました。」
リリアちゃんから、殿下には、簡単に説明しておいた、と、言われています。
「ええ、私共は頼まれて、王都の小売店の帳簿をいくつか見ています。その店の中に、ナイアック公爵の使用人が出入りしているところがあります。使用人は、他の貴族の夜会のために、花やお酒を立て替え購入して贈っているとのことです。現金などを贈るより巧妙ですね。受け取る側の帳簿にも載らないので、足が付きにくい。巧みなやり方ですわ。」
殿下は、恐れ入ったという声音で話しを続けます。
「そうなると、贈賄の証拠を見つけ出すのは至難の技ということでしょうか。」
「兎に角、受け取った側から証拠は出ないでしょう。帳簿にないのも、書き忘れとかの言い逃れができますから。贈った側からでいえば、小売店の帳簿でしょうが、平民である小売店の帳簿、しかも、自己流でまとめた帳簿を法廷で証拠とするには弱いでしょうね。少なくとも間に立った使用人を抑えて、口を割らせる必要があるのではないでしょうか。」
「うーん、そうか。では、その使用人を見つけ出す必要がありますね・・・小売店を見張らせるか・・・」
いや、殿下。そんな不確かな方法やめましょうよ。
「殿下、失礼ですが、ナイアック公爵の使用人の顔を全てご存知でもない限り、店を張っていても、公爵側の人が発注しに来たかどうか、わからないのではないでしょうか。」
花屋さん達は使用人の顔を知っていますが、顔検分などさせて、危険な目に合わせるわけにはいきません。そもそも巻き込むことに私は反対です。・・・殿下には、このことは伏せておきましょう。
殿下は考え込んでいらっしゃいます。
「・・・そうですね・・・」
昨夜リリアちゃんから事情を聞いて、一応、プランは立ててあります。
「まずは、ナイアック公爵の使用人の中で、この不正に関わっているのが誰なのか、見極めることが必要かと。」
「それはどのように?」
「我が家の鼠を使います。」
こういう時の為に飼ってました。