39 リリア・スタイヴァサント視点 (7)
ああ、もう。後でしっかり先生には叱られることにして、とにかく、ここで色々カタをつけないと、二度とスパイ任務につけなくなること請け合いです。
「殿下こそ、何をしていらっしゃったのですか?先に書斎にいらっしゃったのだから、どうぞ、先にお答えください。」
私は、背後から送られてくる先生の冷気をなるべく無視して、殿下に話かけます。
「私は、ラガーディア伯爵が、ナイアックから資金を受け取っていないか調べるためにいたんです。」
えっ!随分隠し事のない方ですね。
「つまり、殿下はナイアック公爵と敵対していらっしゃるということなのですか?」
「そうです。貴方達スタイヴァサント家もそうだと認識していましたが?」
そうだと言ってしまってよいものなのでしょうか。
「どうして私達がナイアック公爵と・・・友好関係にないとお考えなのですか?」
ちょっと言葉を選びました。しかし、フィリップ殿下は、今日はストレートに物を言うと決めていらっしゃるようです。
「私は、当初貴方達が、ナイアック側だと思っていました。リリアさんがローランドと婚約していたこともありましたし、スタイヴァサント侯爵はナイアックと同じ部署で働く、しかも部下でしたからね。
しかし、スタイヴァサント侯爵は、不慮の事故で亡くなり、その前後、ナイアック側の動きがちょっとおかしかったのです。我々は、スタイヴァサント侯爵の死に疑問を抱いています。
リリアさんも父親の死が納得いかないから調べていらっしゃるのではないですか?ですから、私もここは腹を割って話すつもりで来ております。」
お父様のことを言われると自然と涙が目に浮かびます。
ああ、私たち以外にもお父様のことを考えてくださっている人がいるのだ、そのことが何よりも嬉しい。私は思わず宣誓していました。
「なんとしても、父の無念は晴らすつもりでおります。」
フィリップ殿下は、驚いた風もなく、ただ頷いていらっしゃいます。ハンカチを取り出し、渡してくださいました。私は、そのハンカチで涙をぬぐいながら、お礼を申し上げました。
「ありがとうございます。殿下が私たちとおっしゃるのは、エドワルド王太子様と殿下ですよね?陛下はこの件については・・・」
「陛下には一切申し上げていません。確たる証拠なしに、言えることではありません。王妃とその一族に関わることですから。」
「王妃はどこまでご存知なのですか?」
「それは現時点では全くわかりませんね。ただ、動きの中心にあるのは、ペルハム・ナイアックであると、我々は確信しています。貴方はなぜ、ナイアックを疑っているのですか?」
「私と言うよりは、母です。母に、ナイアック公爵が首謀者であると言われました。そして、父は、財務省の不正を調べていて、その途中で亡くなったと。」
フィリップ殿下の顔に満面の笑みが浮かびました。
「兄上から聞きましたよ。お母上はローランドの件で、随分のご活躍だったとか。陛下とのやりとりも見事であったと伺いました。そちらにいらっしゃる先生も一役買われたのでしょう?」
フィリップ殿下が、先生の方に視線を投げかけます。私も恐る恐る先生を見やると、先生は、怒りを一旦納めて、近づいて注意深く私達のやりとりに聞き耳を立てていらっしゃるようです。
「先生は私達スタイヴァサントの手足です。」
事実だし、ここでご機嫌も取っておかねば。
「それは、それは。」
ここで、フィリップ殿下は、私と先生両方に向かって話しかけてきました。
「私がこのように率直にお話させていただいたのは、この機会に、お母上をはじめとするスタイヴァサント一家のお力を拝借願えないか、と、思ってのことです。兄上は特に、お母上が今回の調査の要になると信じています。」
私も先生もすぐにはお返事が差し上げられませんでした。でも強大な敵を前にして、スタイヴァサントだけで戦うのには限界があるのではないか、と、私も思い始めていました。
「・・・ありがとうございます。母がどう思うか、まずは母の意思を確かめてみませんと。」
「ごもっともです。お宅にお伺いして、お母上にお目にかかることはできますか?」
私と先生は思わず顔を見合わせてしまいました。先生が初めて口を開かれました。
「スタイヴァサント家には、現在、ナイアック公爵の鼠がいるようなのです。我々の動きは、ナイアック側に見張られています。殿下も迂闊に私共と交流されない方がよいのではないでしょうか。」
フィリップ殿下は、驚きを隠せません。
「なんですって?!そんな奴をなぜ放っておかれるのですか!」
先生は冷静にお返事されます。
「奥様のご意向です。放置しておいて、こちらが怪しい動きをしていないとナイアック公爵に油断させるためです。」
殿下は少し呆れていらっしゃるようです。
「随分豪胆なお母上ですね。益々教えを請いたくなります。是非ともどこかでお目にかかりたいですね。」
「それも問い合わせておきますわ。そろそろ人が増えてきました。今日のお散歩は、ここまでということでいかがでしょう?」
殿下の方はすべて話し終えたようです。馬車に引き返そうとして、ふと私の方をご覧になりました。
「そういえば、なぜリリアさんがラガーディア伯爵の書斎に忍び込んだのか、まだ伺ってませんでしたね。」
先生の前で蒸し返してほしくない話でしたが、仕方ないですね。
「帳簿に、夜会用の花の発注があるか、見てみたかったのです。」
殿下は、不思議そうに
「それはまた、なぜ?」
と、問われます。
「母が、ナイアック公爵から他の貴族への贈賄が、金品を直接送るのではなく、夜会などの花やお酒の建て替え支払いで行っている、と、申しておりましたので。」
ねえ、と先生の方を振り向いて、先生の目つきが、「これ以上喋るんじゃない!」になっているのに気がつきました。私ときたら、バカなの?つるっと喋ってしまった後、先生の目を見て、血の気が引きました。
うわ、どうしよう。な、殴ったら忘れてくれるかな。
殿下の足が完全に止まってしまいました。考えこんでいるようで、私たちの様子にまで気が回らないようです。
「なんてことだ!君のお母上は、そこまで探り当てていらっしゃるのか!これは、直ぐにでもお会いしなくては・・・」
殿下は意を決したように、私を見つめていらっしゃいます。
「明日にでもスタイヴァサント邸に伺わせてください。お母上には、ええと、そうですね、貴方と婚約を前提としてお付き合いさせていただくことをお願いに行くと、お伝えください。」
私は驚きのあまり返事ができませんでしたが、背後から、先生の
「こうなると思った・・・」
と言う呟きとため息が聞こえました。
リリアちゃんを主体にした章は、ここまでです。次回から、未亡人視点に戻ります。よろしくお願いいたします。