35 リリア・スタイヴァサント視点 (3)
あ、そうだ、言い訳は「控え室と間違えて入ってきた」でした。
ようやく思い出して、フィリップ殿下の問いにお答えしようと口を開くと、いきなり殿下の手が私の口を塞ぎます。もう一方の手をご自分の口の前に持って来て、人差し指で
「静かに!」
の身振りをしていらっしゃいます。
いや、顔近いのどうにかしていただきたいのですが。
ドア越しに、廊下を通り過ぎる話し声が聞こえてきます。殿下はいち早くその声に気がついたのでしょう。
なんだ、殿下も人目を避けていらっしゃるんじゃないですか。
足音が遠ざかると、私も多少落ち着きを取り戻しました。未だ胸がドキドキしているのは、見つかるのを恐れてのことです!
殿下の手が私の口から離れました。
「殿下、ここにいるのが誰かに見つかるのは、双方にとってよいことではないと思います。場所を変えてお話いたしましょう?逃げも隠れもいたしません。」
殿下は、クイっと眉を上げて、ちょっと考えている風でしたが、すぐに決心がついたらしく、スッと私から離れると、机に向かいます。
机の上の帳簿を閉じると書棚に戻し、素早くランプを消していらっしゃいます。
なんだ、殿下が探し物をしているところに私が踏み込んだのね。帳簿が開きっぱなしだった時点で、その状況を疑うべきだったわ。ああ、スパイとしてはまだまだだわ。修行が足りない。
殿下がドアのところに戻っていらっしゃるのを待って、ゆっくりドアを開けます。
殿下はため息をつきながら、
「人の気配を感知しやすいようにドアを少し開けておいたのですがね。貴方が飛び込んでくるとは思いませんでしたよ。」
と、おっしゃいました。
幸い人影はありません。二人で、書斎を抜け出すと、私は、早足で控え室に向かいます。
「殿下、後ほど、1曲ダンスにお誘いくださいませ。その時に、また。」
そう言い捨てると、殿下の答えも待たずにレディ専用控え室に飛び込みました。幾ら何でもここには追ってこれないでしょう。
ちょっと考える時間が出来ました。ふう。
まだ心臓がバクバクしています。落ち着かなくちゃ。どうしたらこの失敗を、バレないように(特にお母様に)挽回することができるかしら?
考えなさい!
フィリップ殿下は何処まで信用できるのかしら?ラガーディア家の財政を調べていたその目的は?
まず、はっきりしていることは、フィリップ殿下が、エドワルド王太子側であることです。母を同じくし、年も近く、ほぼ一緒に育ったので、とても仲が良いと聞いています。噂が当てにならなかったとしても、王家の希望で、王太子の結婚話をまとめて来たという実績もあります。この二人が協力関係にあるのは確実です。
だとしたら、ラガーディア家を調べているのも王太子のためと考えてよいでしょう。ラガーディア家が、エドワルド派なのか、ローランド派なのか調べたかったというところでしょうか。
なーんだ、目的同じじゃないですか。
とはいえ、何処まで信用できるかというと、うーん、所詮は王家の人間ですからね。王家のためならどんなこともするでしょうが、スタイヴァサントのことは?
何処まで協力するか、そもそも協力するべきなのか、ここはお母様に相談だわ。それまでは、情報は極力出さないようにしましょう。
とはいえ、ダンスはしなくちゃね。その時にお母様に今夜のことが伝わらないよう、殿下に口止めしなきゃ。いや、口に出せるような話ではないでしょうが、念のため。
方針が決まったので、いつまでも隠れているのはやめて、広間に出て行くことにしました。ドキドキのおかげで、憂鬱は振り払えたわね。怪我の功名。おっし!
マダムのところで作った、淡いグリーンのドレスに乱れがないか、チェックして、戦場へと向かいます。
広間で最初に邂逅したのは・・・ローランド殿下でした・・・