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数日後、書斎で、溜まっている書類と手紙と格闘していたところ、遠慮がちなノックとともに、バートさんが入ってきました。
「奥様、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが。」
そういって、バートさんは、書斎の隅っこで、お勉強と称して戦争ゲームを持ち込んで遊んでいるルディ君に目をやります。お人払いをという意味なのでしょうが、まあ、せっかく楽しそうにしているのでそのままで。
「大丈夫よ。伺うわ。」
「使用人達の間で、人員整理があるという噂が広がっているのですが。」
先生ね。
「ええ、そのことで、そのうち貴方にも相談しようと思っていたの。もちろん先代からずっと務めていてくれる貴方やミルドレットは心配する必要のないことですが、人員整理は必要なの。旦那様のいない今、必要ない役職についている人の仕事を変えたり、増やす必要のある仕事もあると思うの。
例えばですが、私も書類管理の仕事が増えたので、先生には、もっと私の書記的役割を果たしてもらおうと思っているの。そうなれば、リリアには、もう一人侍女を増やした方がよいと思うし、ルディには、侍女以外にも男性のアテンドがあった方がよいと思うのよ。」
まずは、人員を増やすという景気の良い話から。
バートさんも納得しています。
「はい。おっしゃる通りですね。」
ここからは人を切る話。
「で、旦那様の侍従は、旦那様亡き今、手が空いているのではない?」
「カーターですか。今は、従僕として、私の下で色々な雑用を申しつけております。決して遊ばせているわけではございません。」
「そうなの。で、従僕としての仕事具合はどう?」
バートさんの顔にためらいが見えます。
「やはり、侍従から従僕ですと、多少の格下げ感があり、本人はあまり熱心ではありません。」
侍従だと旦那様からの命令だけ聞いて入ればよいけれど、従僕だと執事の命令で動かなければならないから、まあ、そう感じるのは無理のないことかもしれません。
「ルディについてもらうというのにふさわしいのかしら?」
バートさんが返事をする前に、遊んでいたはずのルディ君が、突然口を挟みました。
「僕、カーターは嫌です。」
あら、なぜかしら?
「カーターは、僕がお願いしてもちゃんと聞いてくれません。この間、お母様が遅くなった時も、探しに行ってって、お願いしたのに、どうせすぐ戻ってくるって、取り合ってくれませんでした。」
「あら、そんなことがあったの?バート、あなた聞いてる?」
「いいえ。私に言ってくださればよかったのに。」
いや、マーティン兄さんに攫われた時のことよね。探しに来てくれなくてよかったわ。
「それにしても、私の不在の時は、子供達が曲りなりにも主人の代理なのですけれどね。そう言った態度は困るわ。」
「そうですね、カーターは目下の者に多少傲慢なところはありますね。」
少なくとも主家の長男なんだから、目下リストに加えちゃいけないでしょう。
「カーターは、家には必要ない、って判断しても、差し支えないかしらね。」
ルディ君、ここで爆弾発言です。
「大丈夫でしょう?スタイヴァサントなんて、どうせもうダメだ、ここをやめても拾ってもらえるところはちゃんとある、って、言ってましたよ。」
そう?それはどこなのかしらね。