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マダムも含めて、皆でワイワイやっていると、仲買さんが入ってきました。
「マダム、おじゃましますよ。スタイヴァサントの奥様、お嬢様、先日はありがとうございました。みっともないところをお見せ致しまして申し訳ございませんでした。」
仲買さんも今日は、多少は余裕があるようです。
マダムが奥へ向かいながら、仲買さんに話しかけます。
「全額とはいきませんが、先々月と先月の掛け売り分は、お支払いできると思います。今月分は、来月と合わせて、ということでいかがでしょう。」
それを聞いて、仲買さんの頬が綻びます。
「解りました。では、次回は新しい仕入れ見本も持ってまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。」
まあ、それなりに順調のようです。
仲買さんは、先日の慌てぶりがかなり恥ずかしかったらしく、盛んに言い訳をしています。
「いや、奥様、本当に申し訳ございませんでした。あの後、ウッドベリー商会のリプリーさんにも怒られましたよ。何に事欠いてスタイヴァサントを疑ってるんだ、と。」
「まあ。ウッドベリーとは、主人が親しくさせていただいていたようですので。」
「本来なら、私もこんなに慌てることもないのですが、 お得意様の店がうまく回らないことが重なってしまって、つい。」
「あら、どうして?」
「うちはやっぱり女性相手の商売が多いのですが、女性は数字に弱くってねぇ。」
それは偏見じゃないかしら。やり方を教えてもらう機会がないだけで。
「皆が奥様のように帳簿がつけられたら良いのですが、そうもいきませんしね。」
マダムが戻って来て、会話に参加します。
「家みたいに、頼りにしてた亭主がふたを開けてみたら、全く頼りにならないって場合もありますしね。はい、これが今回のお支払いです。」
「毎度ありがとうございます。いや、マダム、お気の毒です。あいつはダメでしたね。典型的な髪結いの亭主だ。マダムの仕事におんぶに抱っこだったくせに、女と逃げるとはね。」
マダムは、手をひらひらと振って応えました。
「あんな男に未練はありませんよ。帳簿をやってくれるから飼ってただけなのに、それさえもめちゃくちゃで。奥様に帳簿の付け方を習ったから、もう要りませんよ。」
仲買さんは、事の成り行きに驚いているようです。
「奥様!それはすごい。うちの他のお得意様にも教えていただければいいのに。帽子をやっているエレーンのところと、もう一軒のドレス屋ですよ。あそこは、下着中心なんですけど。どっちも忙しいのか、なかなかお会計がうまくいかなくて。」
ふん。他の帳簿を埋めるのに使えるかもしれない。
「必要であれば、私のところに連絡を入れてちょうだい。帳簿を見るのは一向に苦ではないから。」
マダムも心当たりがあるようです。
「男性だって皆、帳簿に強いわけじゃないですよ。この通りの食料品屋も、花屋も、帳簿には困ってるんですから。たたき上げで店を持った人たちは、学があるわけじゃないですからね。」
そうかー。これは早くジュリアちゃんたちを鍛えて、各所の帳簿を見て回れるようにしなくてはね。そのうちコンサルタント料も取れるようになるのではないかしら。まずは、10冊の帳簿を埋めるための店を決めていきましょう。
「いいわ。まずは、この町内から始めるから、私の手を借りたい人たちをリストアップして、予定を組んでちょうだい。予定が決まったら、皆で一緒に回りましょう。そのうちに、先生やジュリアさんも一人で回れるようになるでしょうしね。」
「私も参加します!お母様!」
「はいはい。でもリリア、貴方は貴方が一番しなくてはならないことに集中しなくてはね。」
にっこり微笑んだリリアちゃん。
「もう、明後日、ユークリス伯爵のお家のお茶会にお呼ばれしていますわ。」
「上出来よ。」
それを聞いたマダムがちょっと慌てています。
「あら、ではこのドレスはそれまでに仕立ててお届けしなくては。」
うん、順調、順調。