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リリアちゃんの説得が、困難を極めています。
「あなたに危ないことはさせられないの!お父様がいなくなって、その上あなたを失うようなことがあれば、お母様は生きていけない・・・」
まずは、定番の言い回しで説き伏せようとしてます。
「私だってルディだって、お母様がいなくなったら遣っていくことは出来ません。同じです。」
「じゃあ、母も、もう、調査はやめます。3人で、助け合って、恙無く暮らしましょう?」
「お父様に何があったか、解らないまま暮らしていくのですか?そんなこと出来ません!」
「お父様だって、貴方に何かあったら、死んでも死に切れません!」
これって死んだ人にも使える表現でしたっけ?
「解りました!お母様が何もしないなら、私だけで調査します!」
父親の無念を晴らしたい、という気持ちに、若さゆえの正義感も加わって、もうこれは止められないと見ました。
「・・・リリア、貴方の覚悟の程は解りました。そこまで言うのであれば、家族で協力して調査を進めましょう。」
「奥様!」
先生はまだ反対のようですが、一人で突っ走られて、リリアちゃんを危険な目に遭わせることは出来ません。どうせやるなら、スタイヴァサントにとって一番安全な方法でやりましょう。
「先生も、リリアも、まずは、私の推理を聞いてちょうだい。その上で、本当に参加したいかどうか決めてね。むしろ、ここで引いてもらっても構わないの。」
リリアちゃんは引き下がるつもりはないようですが、成り行きとはいえ、先生を危険な調査に引きずり込んだのではないか、との懸念が消えません。
「まず、私たちスタイヴァサントの敵は、財務長官のナイアック公爵だと見ています。」
流石に先生の顔に衝撃が走りました。
「お父様が独自に進めていた調査は、財務省の、しかも、国の財政の決算に関わるものだと思います。」
私の推理に、先生が素早く疑問を挟みます。
「どうしてそのようにお考えなのですか?」
「旦那様が用意していた10冊の白紙帳簿は、財務省にある、国の歳入、歳出を記載する帳簿と同じ物なのを、先日、確認しました。ここからは私の推論なんだけど、おそらく旦那様は、あの10冊の帳簿を財務省にある本物とすり替えるつもりだったと思うの。本物の帳簿を家に持ち込んで、微細に調べる腹づもりだったのではないかしら。」
おそらくそのための計算機と空欄帳簿だったのではないか、と思います。
「でも残念ながら、お父様が調査していたことが、ナイアック長官にバレたのではないか、と思うのね。それも、家の使用人の誰かが、ナイアック側に漏らしたんじゃないか、とね。」
黙っているのに耐えきれなかったのでしょう、リリアちゃんがかすれ声を出しました。
「使用人が、お父様を殺したんですか?」
「いえいえ、リリア。そんなに飛躍してはダメよ。落ち着いて。今わかっているのは、使用人の誰かが、ナイアック公爵に、家で何が起きているか、密告している、ってことと、ナイアック公爵が、スタイヴァサント家の様子を伺っているということよ。」
財務省でナイアックが私に向かって言った、『真面目なジョージ』のあの、人を食った物言いは、忘れられません。私はあの時ナイアックが不正を働いていることを確信しました。監査会計士をなめるなよ。
「使用人の誰かが、密告者であると思われたのは?」
先生も必死に話の流れを追っています。
「ナイアック長官は、スタイヴァサントの愛人騒動を、ご存知だったのよ。それもわずか二日間でね。社交界にはまだ噂は流れていないし、使用人から漏れたとしか思えないの。しかもそのスピードで伝わったということは、使用人の間の噂話として伝わったのではなく、意図して伝えられたのよ。」
先生も、リリアちゃんも、スタイヴァサント家に鼠がいるということには納得したようです。
先生は流石に腹に据えかねたようで、
「炙り出して、踏み潰してやる!」
と意気込みました。
「いえいえ、そういった貴重な情報源は、踏み潰すより、利用しなくてはね。」
先生、まだ修行が足りませんよ。