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その思いは馬車の中で確信となりました。
首になることを恐れているクリスティーナ嬢側から漏れる話しではありません。噂話?いや、まだ、騒動から二日しか経っていません。もし社交界にそんな噂があったとしたら、うるさい親戚連中、(その名もオークデール)が黙っているわけがない。だとしたら出どころは一つ。スタイヴァサントからでしょう。
鼠だ。使用人たちの中に鼠がいる。
さらに恐ろしい事実に気がつきました。ナイアック公爵はスタイヴァサント家を見張っている・・・
邸宅に戻ると、すぐにマーティアン先生を書斎に呼びます。
「マダム・メイソンのところにお使いをお願いできますか?」
「かしこまりました。マダムにご連絡ですか?」
「ええ、仮縫いがいつになるか、聞いてきてください。それと、取り立てとお支払いがどのように進んでいるか確認していただけますか?」
「わかりました。」
ここで、私は、あたりを見回して、誰にも聞かれたくない話であることを強調し、小声で先生に、本来のお願いを伝えます。
「ワンダに再度家に来るよう、お願いしてください。ワンダの正体は、絶対に誰にもわからないように気をつけてください。特にこの家の使用人たちに。」
先生は驚きを隠せないようです。しばらく考えて、徐に
「使用人たちに?使用人たちにバレると大変なことになるのですか?それは・・・確かなことですか?」
と言いました。さすが先生。言わんとしたことを既に悟っているようです。
「間違いありません。財務長官は、先日の旦那様の愛人騒動の事を知っていました。スタイヴァサントの使用人から以外、話が漏れるはずがないのです。ワンダには、くれぐれも、自分の役割を大げさに演じるように伝えてください。詳しい話は後ほど。」
「はい。」
先生は、深いため息を一つついて、顔に浮かんだ緊張をほぐすと、マダムの店に向かいました。
ワンダは、翌日早速現れました。二度目ともなると多少の自信がついたようで、愛人ぶりにも拍車がかかっています。お化粧にちょっと力が入り、胸の開いたドレスを見事に着こなしています。執事のバートさんが、部屋を出ないうちに、演技が始まります。
「おくさまー、私だってこんな事したくないんですよー。でもこっちだって生活大変なんですよー」
執事さんが出て行って、ドアが閉まると、私は小声でワンダことクリスティーナさんに矢継ぎ早に事態を説明します。スタイヴァサントの愛人騒動を、家の使用人の誰かが、財務省の長官にバラしていること。ワンダの身元は現時点ではバレてはいないだろうけれど、マダムの元 に居続けると、見つかって、不審に思われるかもしれないこと。なんせ、下宿しているお針子さんが、貴族の愛人というのは、あまりに不自然です。せめて一軒家に囲ってないと本物らしく見えません。
「だから、本当に申し訳ないんだけれど、事が収まるまで、街を出て、ハンプトンに移ってくれる?もちろん当座のお手当は出すわ。ハンプトンの管理人には手紙を出して、貴方の仕事と住まいを世話するように言っておく。万が一だけれど、あなたに何かあったら、マーティンさんにも申し訳が立たないから。」
私は、引き出しからお金を取り出して、クリスティーナさんに渡そうとしました。クリスティーナさんは、オロオロしながらも、お金を受け取ろうとします。
突然バーン!とドアが開いて、リリアちゃんが飛び込んで来ました。
「お母様!そんな人にお金をあげることなんてありません!」
あちゃー。