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教務室でその他の先生方と、事実関係を確認し、さて、次はどうしよう、と、廊下でぼんやりしていたところ、授業が終わったのでしょうか、一斉に子供たちが教室から出てきて、思い思いの方向へ歩いていきます。
まるで水の流れのようだわ。
ジュリアと同じような年齢の子供たちが、おしゃべりに興じながら、飛び跳ねるように歩きすぎていきます。
立ち止まっている私は彼女たちの視界に入っておらず、まるで川の中に立つ、杭のようです。
なぜだか突然、私の存在に気づいて欲しくなり、思わず通りすぎる女の子に声をかけてしまいました。
「ちょっと、ごめんなさい・・・あの、6年生の教室はどこかしら?」
声を掛けられた女の子は、少しびっくりしていましたが、すぐに元気よく、
「西棟の2階です!」
と返事をしてくれました。
「ありがとう」
うっ。返事をされたら、突っ立ったままではいられません。仕方なく西棟に向かいました。
6年生は卒業間近の、最終学年です。リリアさんが6年生だったので、咄嗟に彼女のいた教室を聞いてしまいましたが・・・
私は父がまだ元気だったので、ギリギリ学校に通い、卒業することができました。こんな大きな学園ではありませんが、卒業できたことで、私にはある程度の将来の見通しがつきました。
母を背負ってガヴァネスとしての、仕事を続ける。競争の激しいガヴァネスの仕事がなくなったら、お年寄りのコンパニオンとして、細々と給金をもらい、母の生活を支える。運がよければ、ひょっとしてどこかの学校で、教師としての仕事に就けるかもしれません。その頃には、ジュリアも独立して家庭を持つか、仕事について、家計を助けてくれるでしょう。まあまあな人生かしら。可もなく不可もなく。うん。
ぼんやりと歩く私に、
「あら、マーティアン先生!」
と声がかかりました。リリアさんのお友達の、ジョージア・ユークリス伯爵令嬢です。スタイヴァサントに何度か遊びにいらっしゃっているので、私も顔見知りです。
「なぜ学校に?」
ジョージアさんは、心配そうに眉を寄せています。ですが、私の答えを待たずに矢継ぎ早に質問が飛んできました。
「リリアさんのお加減はいかがですか?お見舞いに上がろうとしたのですが、調子が悪いと伺いました。まだお目にかかることはできないですよね?」
そしてまたもや返事を待たず、怒り始めました。
「まったく、ローランド殿下ときたら、時と場所も考えず、あんなやり方をする必要は全くないのに!お父様を亡くされたばかりのリリアさんに、なんて仕打ちでしょう!」
ジョージアさんの横に立っていたお友達らしき女生徒が、まあ、まあと宥めます。おっとりした声で、
「リリアさんだって、あんな支えにもならないような殿方はいらないでしょう。」
と、言いました。うわ。
いや、ニュージェネレーション、なかなか言いますね。奥様も同じようなこと言ってたけれど。
そう思った瞬間、私の使命を思い出しました。
「ジョージアさん、私今日は、リリアさんの汚名を晴らすためにも、リリアさんとロヴィーナさんのことを少し伺おうかと思って、学校に来ましたの。ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
ジョージアさんはためらいません。
「ええ、もちろん」
「ロヴィーナさんとリリアさんがやりあっているところとか、見たことありますか?もしくは、そういった話を聞いたことは?」
考えこみながら、ジョージアさんが返事をします。
「うーん、ありません。そもそもリリアさんがロヴィーナさんのことを話題にしたこともないし。ロヴィーナさんがローランド殿下とイチャイチャしてるって、ご注進にあがる人もいたようだけれど、リリアさんは、それどころじゃない、って感じでしたよね?」
同意を促すように隣の女生徒を向くと、女生徒は、
「ええ、そうね。リリアさんはロヴィーナさんにまったく関心がないように見えました。でも、ロヴィーナさんは、リリアさんの動向が結構気になっていたのではないかしら。リリアさんのことを聞きまわっていたもの。」
え?聞き捨てなりませんね。
「それはいつ?どんなことを聞いてまわっていたのですか?」
ついつい問い詰めてしまいました。
「リリアさんが学校にいるかどうか、ってことだったと思うのですが、いつだったか・・・何人かの生徒に声を掛けていたから、他の人だったら覚えているかもしれません。」
私は、何かに近づきつつある興奮を覚えました。面白い。
ジョージアさんが、
「次は家政科の時間だから、みんなに聞いてみます!」
と、申し出てくれました。家政科だったら女の子だけだし、ちょっとぐらいおしゃべりが弾んでも大丈夫よね。
「お願いします!私は、このあと養護室に話を聞きにいきますので、授業が終わったら、教務室の前でお目にかかれますか?」
「はい!では後ほど。」
私も少女たちも、使命感に駆られて足取り強く目的に向かって歩き出しました。




