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翌朝、奥様と二人、学校に乗りこみました。
奥様は事務局でキビキビと、学長、学年主任、リリアさんの学級担任と話しをさせてくれるよう、手配を命じています。
一晩寝て、私もとりあえずスタイヴァサントの危機を乗り越えるためになんでもするぞ、の意気込みでついてきましたが、奥様の後ろをうろうろしているだけのような気がします。情けない。
やがて学長室に集まった私たちの協議が始まりました。ここでも奥様がイニシアチブをとっています。
「リリアの出席表と、リリアに対する告発の全て、それと、ロヴィーナさんのいじめの申し立てを、リリアの関与にかかわらず、すべて拝見させていただけますか?」
これには、学長さんが困っています。
「リリアさんのお母様に、リリアさんの出席表を見ていただくのは一向に構いませんが、ロヴィーナさんに関する書類は、お見せするわけには・・・」
奥様は学長の発言を遮ります。
「リリアは、いじめという罪でロヴィーナさんに告発されています。私どもはこの罪を軽くは見ておりません。学校としてもそうでしょう。いじめは、学校における大変な犯罪です。今度の陛下による吟味の場では、いじめという犯罪を犯したかどうか、リリアは裁判にかけられるのです。
ロヴィーナさんとローランド殿下は、告発側です。私と先生は、リリアの弁護団です。リリアが公平な裁判を受けるためには、弁護団に対して、全ての証拠を提示していただかなくてはなりません。それでこそ公平な裁きが受けられるのです。私どもを、リリアの親として考えるのではなく、弁護士として扱い、証拠を開示していただけませんか。
無論、事件に全く関係のない生徒さんや学園の情報は漏らしません。その旨、書類にして提出いたしますわ。
その上で、裁判で使う証言には、みなさん、同意の上で証言をしていただくという署名をいただくようにいたします。」
そう言うと、奥様は、鞄から、守秘義務を謳ったスタイヴァサント署名入りの書類を提出されました。
皆の視線が書類に集まっている時に、私は思いっきり横目で奥様を見ています。
ほんと誰よこれ。
学長が弱々しく、
「解りました。スタイヴァサントの名に賭けて、生徒の情報を守っていただけるということですね。」
と、いうと、先生方に
「スタイヴァサント夫人のおっしゃる書類を用意しなさい。」
と、指示されます。二人の先生方はすっ飛んで部屋を出ていきました。
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私は、奥様と一緒に、ロヴィーナさんの告発を読みながら、それをリリアさんの出席簿と照らし合わせています。
「変ねえ。ロヴィーナ嬢に水がかけられた日は、まだリリアは忌引きでお休みだし、教科書を破られたという日も、リリアは学校にいないわ。マーティアン先生、この日付と時間をすべてコピーしていただけますか?時系列をそのままで。」
「はい、奥様。」
私が、一生懸命ロヴィーナさんの告発内容と日付を写し、リリアさんの出席表をコピーしている間に、奥様は担任の先生と話しをしています。
「一番の大事件は、このロヴィーナさんが階段から落とされたという告発ですよね。踊り場から突き落とされたと。どのようなお怪我だったのですか?」
「足を捻られたと聞いております。」
「え?階段の踊り場から落ちて?手や頭には?」
担任の先生が、
「いえ、そのようなお話は伺ってません。比較的軽い怪我で済んだと聞いております。なんでしたら、怪我の治療をされた保健医をよんでまいりましょうか?」
と、提案してくださいました。
奥様はすかさず担任の先生にお返事されました。
「お願いいたします。その時に、治療記録もお持ちいただけるようお願いしていただけますか?」
担任の先生は、また部屋を出てゆかれ、早々に恰幅のよい中年男性を連れて戻ってきました。
「養護室の医師をしております。ロヴィーナ嬢の怪我についてご質問があるとか。」
「ロヴィーナさんには、捻挫以外の外傷があったのでしょうか。落ちた時についた手の怪我とか。」
医師先生は、治療記録を見ながら、
「いえ、他に怪我はありませんでした。
ごく最近のことですので私もはっきり記憶しております。頭を打ったりしなかったか、慎重に調べましたので。で、確信を持って申し上げられます。」
「変だとは思いませんでした?そんな軽い怪我なんて。」
私は思わず声が出てしまいました。
お医者様は苦笑しながら、
「まあ、体育の授業をサボりたくてやったのかな、とは思いましたがね。足首の怪我も大したことはありませんでしたし。」
奥様がここで時間割を手にとられました。
「あら、ロヴィーナさんの体育の授業は午前中ではなかったかしら。その授業の前に怪我をされたのですか?」
奥様よく覚えてるなあ、と感心しつつお医者様を見ると、お医者様は治療記録を見ながら、
「はい、記録にも10時半と記載されています。ロヴィーナさんを治療したのは、体育の授業の前に間違いありませんね。」
と、おっしゃいます。
奥様は、
「リリアが学校に来たのは、午後の授業に合わせてだと思うのですが。授業への出席が午後からになっていますわ。」
と呟きながら、こんどは出席表を確認します。
ほんとよく覚えてますね。
担任の先生が、自分の手持ちのスケジュール手帳を確認しています。
「私、その日のお昼に、リリアさんと夏休みに遅れた授業を取り戻すための勉強について、お話させていただいたと思うのですが・・・ええ、間違いないです。他の先生方もちょうどお昼休みに学校に到着したリリアさんと授業について話しをしましたから。」
「それだわ。」
奥様が確信のこもった声をあげます。
私にもその重大さが分かりました。私は、急いでその日の時間の流れをメモをし、時間に誤差があることを確認し、奥様にメモを渡します。
養護室の先生を、お礼を言って送り出した後、その他に矛盾点がないか調べていると、事務局の人に案内されて、従僕のヘンリーさんが入って来ました。
「奥様、バートさんからの言付けをお伝えに参りました。王宮から日程が決まったことをつげる知らせが来たそうです。」
そういって、ヘンリーさんは奥様に書類を渡します。
書類に素早く目を通した奥様が、
「まずいわ。三日後には陛下のご審議があるわ。それまでに反論をまとめないと。実質調査をまとめるのに二日間しかないってことね。時間的にかなり大変ね。」
と、つぶやきました。
奥様は眉を顰めて考えこんでいます。おそらく頭の中でスケジュールを逆算しながら立てているのでしょう。
「奥様、二手に別れませんか。私は、引き続き聞き込みをいたします。奥様は一旦戻られて、リリアさんとも相談して、この告発の矛盾をどのように証明するかの作業を始めていただければ。」
奥様はためらっています。いえ、私だって少しは使えますよ。
「後は、他の先生たちに、階段落ち前後にどのようなことがあったか、聞き込みするだけですよね。大丈夫です。ちゃんと聞いてまいります。」
奥様は、
「そうね、各先生方や関係者の方に署名していただくための文書を作り始めないと間に合わないかもしれないわ。分かりました。先生、あとをよろしくお願いいたします。」
そう言って奥様は、ヘンリーさんと共にスタイヴァサント邸に戻って行かれました。
ぶるっと武者震い。責任重大です。




