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「過激なことよの。歪みは、無理やりの変革によっても起きるぞ。お前のやることがそうならないとなぜ言える。」
陛下は興奮して騒いでいる青年たちを見やりながら、エドワルド殿下に話しかけています。
殿下は落ち着いて答えています。
「もとよりあるものを全て壊すほどの歪みは私が許しませんよ。古くからある物に敬意を払えないわけではありません。」
「そうかな? 一度動いた流れはそう簡単には止められんぞ。気をつけることだな。」
陛下はゆっくり立ち上がりました。
その陛下に、殿下が問いかけます。
「母上の目指した変革もそれ故お止めになったのですか?」
陛下の視線が揺れたような気がしましたが、お答えはありませんでした。
陛下は私たちにくるっと背を向けてそのまま立ち去ってゆかれます。その後を宰相が追いかけました。
「陛下!」
振り向くことなく、陛下が、
「引き時を心得よ。」
とおっしゃいました。
がたっ。
宰相の足元が揺れましたが、陛下はそのまま謁見室を出て行かれました。
エドワルド王太子が、素早く近衛兵隊長に合図を送り、陛下の後を近衛兵一団が追っていきます。
誰がトップか、兵士たちにも行き渡りましたね。
さて、貴族の方々も解散です。
希望と熱意にあふれた青年貴族さんたちは、皆急ぎ足で出口に向かいます。その中の何人かは、すでに事業計画があるらしく、私のところで足を止めます。
「スタイヴァサント夫人!ご相談させていただきたい事があるのですが!」
「スタイヴァサント夫人!共同経営者を募るための計画書を出すため、お話をうかがいたいのですが!」
いつの間にか隣に来ていた先生が、手帳を開いて、予約の整理を行っています。
「お名前と連絡先、ご都合のよろしい時間を申告してください!追ってご連絡差し上げます!」
その列に、ジョージアちゃんとクリスティン・ウォーレン公爵令嬢も混ざってますね。
「私たちも新事業の発案してもよいのですよね!?」
先生はにっこり頷いています。
リリアちゃんはというと、フィリップ殿下に飛びついて、再会の喜びと、革命の成功を祝っています。あーあ。公衆の面前で既成事実作っちゃダメですよ。
貴族さんたちは先生にお任せして、満面の笑みを浮かべながらこちらに向かって歩いてくるヘンリエッタ様とデュラント伯爵に黙礼をします。
ヘンリエッタ夫人は、黙礼など吹っ飛ばして、私に抱きついて来ました。
「ヴァネッサったら!やったわね。宣言通り、陛下の首をすげ替えて、貴族を味方にし、マーガレット王女との婚礼を決めちゃったわ!
この目で見ていなかったら、とうてい信じられなかったわよ!」
はしゃいでいる姿は、かつての青臭い少女を思い起こさせますね、ヘンリエッタ夫人。
そのヘンリエッタ夫人に、マーガレット王女から声が掛かります。
「ヘンリエッタ、この女傑さんをご紹介いただけないかしら。まだ、正式にお話させていただく栄誉をいただいていないのよ。」
あら、このお二人は親しい仲・・・ああ、そうか。辺境伯の領地はマディソンとの国境にありますものね。ヘンリエッタ夫人が恩義があるとおっしゃっていたのは、マディソン王家の方々なのね。
私は慌ててお返事いたします。
「栄誉などとは、とんでもありませんわ。マーガレット妃殿下、この度は無茶なお願いをいたしましたにも関わらず、お引き受けいただきまして、誠にありがとうございました。タッパン貴族を代表してお礼申し上げます。」
マーガレット王女は、ニヤッとしかいいようのない笑みを浮かべます。
「あら、お引き受けしたのは、エドワルド王太子やフィリップ殿下にお願いされたからだけではないのよ。私は諦めが悪いの。一度引き受けたことを簡単に諦めたりしないわ。どうやって有利に事を運ぼうか、狙ってたのよ。渡りに船でしたわ。」
正直な方ですね。
「それでも持参金の投資をご承諾いただけなければ、この計画は起こりえませんでした。」
マーガレット王女の、クスクス笑いが始まってしまいました。エドワルド殿下の方を見ながら、
「持参金だけじゃちょっと足りないから、お父様に借りて来ちゃったわ。返せないとマディソンにこの国牛耳られるわよ。」
と、忠告します。
エドワルド様はたじろいでます。
マーガレット王女は、
「ま、とはいえ、私がいる限りそんなヘマはしませんけど。」
と、自信たっぷりです。
おーお。これは尻にひかれますね、エドワルド様。頑張って。
エドワルド王太子は苦笑いしながら、
「そうならぬよう、臣下共々精進します。
スタイヴァサント夫人を始めとして、皆と一緒に頑張りますよ。
まずはスタイヴァサント夫人には、正式に役職についていただかなくてはね。財務・・・」
「「「そこは、宰相でいかがでしょう!」」」
マーガレット王女を始めとして、ヘンリエッタ様、デュラント伯爵、フィリップ殿下、ユークリス伯爵、そしてなにより、スタイヴァサントの面々が一斉に声をあげて、エドワルド王太子を遮りました。
うわっ。そう来るか。そうですか。誰かが厚い壁を打ちこわさなければならないのなら、その切っ先は鋭ければ鋭いほど良いでしょう。私の後ろには、リリアちゃんを始めとする長い少女たちの列が続いているのです。その役私がお受けいたしましょう!
ちらっとエドワルド王太子を見やります。
私の視線を受け止めて、エドワルド王太子は、満面の笑みを浮かべると、
「では、スタイヴァサント夫人、貴方には、女性初の宰相として私の政務を助けていただくことをお願いいたします。」
と、宣いました。