決断と結ばれる縁
「如何やら、手助けは無用だったみたいだな」
油断する事なく敵の最後を確かめる俺の背中に、彼がそんな言葉を投げ掛ける。
その言葉を受けて、彼の戦いも含めて全ての戦いが終わった事を知り、俺は、軽く安堵の息を漏らす。
「しかし、見事な戦いだった。流石としか言えないな」
・・・それを貴方が言いますか。
以前の俺で在れば、多少捻くれた見方で、それを嫌味と捉えたかもしれないが、彼の人物を知り、そして、自らも一つの成長を果たした今なら、素直な気持ちで受け入れる事が出来た。
「ありがとうございます。それも貴方達とスィーナの皆の力です」
「ああ、確かにその通りだな。まあ、『皆』というには、一部大きな例外がいるがな」
そう言って俺の言葉に頷いた『彼』は、俺に向けられるのとは真逆の極めて厳しい視線を彼女達に向けた。
「俺は兎も角、お前達が傲慢な考えで彼等に対した事は、決して許される事ではないぞ」
「そうね、『私達』は兎も角、貴女達の所為で、セティ君やスィーナちゃんがどれだけ危険な目に遇ったと思っているのかしら」
彼の辛辣さと違い、彼女のその口調には全くの棘は無いが、公正な判断として今回の問題を引き起こした全ての原因であるファーシ達に対する『真摯な反省』を求めていた。
「無駄だ、雪華。こいつ等にそんなまともな神経が在るのなら、あの救い難き馬鹿者の皇達を助長させる事をしたりはしないさ」
その『助長』とい言葉が正確に何を指しているかは分からないが、俺とスィーナが都度に被っている迷惑を考えれば、この二人が普段、碌な事をしていない事だけは理解できた。
「それで、お前たちは、今回のこの不始末にどう決着を着ける積りだ?」
そう問う彼の眼差しに殺気にも似た危険な色が宿る。
「これは元々、私達と彼との間の問題です。関係無い方が口出ししないでくださるかしら」
「そうね、ファーシ、貴女も偶には良い事言うじゃない」
・・・開き直った。
「分かった。お前達の言うとりだ。部外者は黙っている可きだな」
・・・えっ!
静かに告げる彼の意外な反応に驚いた俺は、無意識に彼へと視線を向けていた。
「要は、俺が『部外者』でなくなれば良いのだな。良いだろう、望み通り貴様たち『光』も『闇』も、この俺が纏めてこの世界から消し去って遣る! その事を貴様たちの皇に伝えておけ!」
「待って雷聖、『彼』との約束は如何するのよ。貴方がそれをしたら、彼は永遠に救われないわよ」
彼は彼女の言葉を受けて、何かを覚った様に目を閉じ考える。
そして、やはり彼の正体は、冒険者で在ればその形はともあれ誰でも知っていると言っても過言ではない『あの人』であった。
「セイウには、悪いと思うが、それでもこいつ等がこの先も撒き散らす害毒を想えば、今すぐにでも正さねばならない。そうじゃないか?」
「……でも……」
『セイウ』という名の人物との間に在る『約束』。
その存在が、彼等の選択肢を狭め、その葛藤が二人を苦しめている事、そして、何よりも今回の俺達が受けた被害が彼の怒りの原因である事は確かであった。
ならば、俺が選ぶ可き選択肢は一つしかない。
「雷聖さん、彼女達の言う通り、直接の関係の無い貴方は、この件に口出しをする可きではないと俺も思います」
「セティ! 本気でそう思っているのか!」
驚く彼と彼女、ほくそ笑む彼女達、その両者を見詰めながら、俺は、自らの想いを告げる為に口を開く。
「ええ、これは俺の問題であって、貴方の問題ではありません。だから、この問題の決着は、俺自身の手で着けます」
そして、俺は、更なる言葉を、自らの覚悟を示す言葉を続ける。
「だから、ファーシさん、クィーサさん、否、ファーシ、クィーサ、貴女達に言っておく。俺は、『秩序の光』と『力威の闇』のどちらにも与する積りは無い。だから、これから先、二度と俺とスィーナの前にその姿を見せるんじゃない。若し、それが護れないのなら、俺が彼に変わって貴女達共々、二つの勢力を討つ!」
・・・ああ、やっと本当の気持ちを、言うべき事を伝えることが出来た。
そう、今回の問題に於ける本当の原因は、俺の心の弱さにあった。
俺が、確かな意思を以って彼女達の勧誘を断り、必要とあれば真正面からそれと戦えば良かっただけである。
それを心の中では分かっていながら、色々な理由を付けて曖昧にしたまま逃げていた俺の行動こそが、問題だったのだ。
誰かが助けてくれるかもしれないと甘えていたが、いざ、本当に助けてくれる存在が現れたらそれに縋るのが格好悪くて、こんな格好の付け方をしてしまう。
そんな俺こそが本当に救い難い『馬鹿者』である。
唯、これが更なる諍いを招く、新たな問題の種になるかもしえない事を思えば、それに巻き込まれる可能性のあるスィーナには本当に悪い事をした。
『マスター、良くぞ言いました! カッコいいです! 最高に素敵です! 流石は、スィーナの御主人様ですぅー!』
・・・あれ、凄く喜ばれてる。
予想に反して、或いは、予想通りに大喜びして盛り上がるスィーナの姿に、先刻の心配が全くの取り越し苦労であった事を教えられる。
本当に最高の『導き手の相棒』だった。
「そうか、成る程、それなら俺が口出しする事は全くないな」
一気に沈静化して満足げに頷く彼の隣で、彼女も又、満面の笑みを浮かべた。
しかし、それで収まらないであろう存在が約二名。
「ちょと、セティ、それ本気で言ってる訳じゃないわよね?」
それまでの相好を完全に崩して、不快そうに問い掛けてくるファーシ。
・・・成る程、やっぱりそれが貴女の本性ですか。
「ふざけないでよ! ちょっと、強い敵を倒したからっていって調子に乗っているのなら、身の程を教えてあげるわよ」
・・・文字通り、殺る気、満々ですか。
でも、不思議とそれまでと違い、彼女の恫喝に全くの怖れを感じなかった。
『さて、先刻、格好付けたばかりだし如何するかな』と、内心で呑気な事を考えていたら、思わぬ所からの助け船が出される。
「良いわね、そういうの。是非、私にもその『身の程』ってヤツを教えてくださるかしら。勿論、より良く理解する為に、遠慮など無くお二人で一緒にお願い致します(ぺこり)」
そう丁寧にお辞儀して『お願い』する彼女の華奢ともいえる身体からは、想像も絶する何かが陽炎となって揺らめく。
それが、抑えきれない怒りによって生み出された『魔力』の暴走の前兆である事を、直ぐにその場にいた全員が覚る。
「「くっ! 覚えていなさいよ!」」
小物臭い捨て台詞を残して、ファーシ達は脱兎もびっくりの速さで逃げて行った。
「なぁ、一々、憶えているのも正直言って面倒臭いし、ここは速攻で追いかけて完全な決着をつけてくる可きなのか?」
・・・否、その気持ちは分からないではないですが、流石にそれは鬼畜過ぎるのでは……?
「まぁ、これで一応は全てが終わったようだな」
「ええ、そうね。本当に皆、無事でよかったわ」
・・・ええ、本当に良かった。
彼と彼女の言葉を受けて、俺は、返事の代わりに、先ずは心から安堵の息を漏らした。
「それも全て、御二人のお陰です。本当にありがとうございました」
俺は、改めて大きく息を吸うと、心からの感謝を込めて、目の前にいる二人に例の言葉を告げて頭を下げた。
『はい、本当にアリガトウございましたです(ぺこり)』
「礼には及ばないさ。だが、雪華、今回はお前のお陰で本当に助かった。俺からも礼をいう、本当にありがとう」
俺と俺に習って礼を言ってお辞儀するスィーナから丁寧な感謝の言葉を告げられた彼は、少し照れたように笑うと、自らの『相棒』である彼女に対し、真摯な感謝の言葉を告げる。
「……、……(滝の様な涙)」
・・・えっ、いきなり泣き出して、一体、如何したんですか?
突然、その瞳から静かに涙を流し始めた彼女の姿を目の当たりにして、俺は面食らってしまう。
「うぅ……っ、雷聖、貴方からそんな事を言って貰えるとは思っていなかったから、嬉しくて、嬉しくて、つい泣いてしまったわ……」
・・・もっと、優しくしてあげましょうよ、旦那。
俺がそんな想いを込めて見詰めると、彼は少し困った顔で苦笑した。
「まぁ、それは置いとくとして……。スィーナちゃん御自慢のセティ君に会えて、私も嬉しいし、最後のこんな素晴らしい出来事を経験できたから、私の方こそ感謝したいぐらいよ」
・・・どんだけ、アレな接し方してるんですか、旦那?(あと何気に『置かれ』て無いですし……)
『袖すりあうも多生の縁』というか『情けは他者の為ならず』というか、大団円で終わって本当に良かったです。
と、状況にほっこりしていた俺は、一つ、大切な事を忘れていた事に気が付いた。
「済みません、正式に名乗るのを忘れてました。俺は、セティといいます(ぺこり)」
「こちらこそ、俺は雷聖、で、こっちのネコっぽい生き物が、『皆(の事が)が大好き』雪華先生だ。改めて、以後、お見知りおきをな」
・・・やっぱり、貴方達が『あの』雷聖さんと雪華さんなんですね。
嘗てこの世界が《邪神》の脅威に晒されていた頃、滅びゆく宿命にあった世界を救ったのが冒険者達であった。
その冒険者達の成れの果てが、《秩序の光》と《力威の闇》であるのだが、その冒険者達の『伝説』の中には、消されたある冒険者の物語であり、真の英雄譚が存在しているという噂が在った。
それは、生まれながらにして魔導の素質を与えられず『神から呪われし者』と蔑まれた少年とその少年を自らの全てを懸けて支え助けた少女の物語。
そして、彼は、終に自らの力を以って、《邪悪なる魔を統べる神》を討ち滅ぼす英雄となる。
だが、彼は、自らの真名と共に、唯一無二の《神殺し》の偉業とその英雄の御座を投げ捨て、同じように真名を捨てた少女と共に何処へと姿を消し、歴史の表舞台から去った。
その英雄譚の主人公こそが、今、俺の目の前にいる『彼等』である。
ファーシ達に絡まれ始めた頃には、彼等さえその生き方を選ばなければ、今の世界の昏迷の原因である光と闇の暴走も起きなかったかもしれないと思った事も正直あるが、今一番に知りたい事は、何故、彼等がその栄光の全てを捨てて生きる道を選んだのかである。
だが、それは決して俺如きが気安く踏み込んで良い事ではない事は十分に分かっていた。
「訊きたい事があるんだろう。これも何かの縁だ。遠慮せずに訊いてくれて構わないぞ」
・・・それは嘘ですね。
だから、俺は、別の疑問の方を尋ねてみる。「先刻、彼女達との遣り取りに出てきた『セイウ』というヒトについて、障りがなければ訊かせてくれませんか?」
俺の尋ねを受け一瞬だけ驚いた雷聖さんは、直ぐに穏やかな笑顔を浮かべると、雪華さんに視線を向けて何かを問う。
「ええ、勿論、彼になら構わないわよ」
雪華さんも穏やかな笑みを浮かべ返して、そう告げる。
「詳しく説明すると長くなるので、大ざっぱにいうと、彼、セイウこそが俺と雪華が《秩序の光》と《力威の闇》に君臨する二人の偽りの皇を討ち倒し、真なる王者となると信じる英傑だ。彼自身が誰よりもそれを強く望み、そして、必ずそれを果たすという強い決意と意思を抱いている」
「そうですか、貴方達がそこまで認める以上は、とても優れた人物なんでしょうね」
正直な事を言うなら、それは嫉妬ともいえる羨望なのだろう。
「ああ、だが、俺は彼だけが特別だとは思っていない。否、今日ここで君とこうして出会ってそれを思い知らされた」
「?」
「雷聖は、貴方も彼に負けない力を秘めた存在だと認めているのよ」
雷聖さんの言葉の意味を計りかねていた俺を見て、雪華さんが彼に代わって説明してくれた。
『セイウ様は、サフィアちゃんの御主人様です。サフィアちゃんは、とても良いコで、スィーナとも仲良しさんです』
「ああ、そうだな。あの《青玉姫》が傍らに在る限り、何時か必ず彼はその志を果たすだろう」
雷聖さんは、そうスィーナに応えて、その頭を優しく撫でる。
そして、次の瞬間、スィーナに向けた笑みの眼差しを真摯なモノへと変え、俺を見詰める。
「セティ、君は、今のこの世界を、そしてこの世界に於ける冒険者達の姿を如何思う?」
「……正直、好きにはなれません」
その理由は幾つか在るが、その中でも最たるモノは、冒険者と呼ばれる者達のスィーナ達『ナビ・パートナー』に対する扱いである。
冒険者の大半が『導き手』或いは『相棒』である筈のその存在を、自分達に都合の良い『従僕』か『奴隷』の如く扱い、魔物が冒険者よりも『ナビ・パートナー』達を好んで攻撃する性質を利用して、危険な囮役をさせていた。
「俺は、ナビ達を道具の様に使役し、平気で危険な目に遇わせている彼等とそれを許容している世界も受け入れられませんし、彼等がそうまでして強さを求める大きな理由である《秩序の光》と《力威の闇》の争いにも、正直、呆れています」
「そうか、ならばその言葉を信じて、君に一つだけ頼みたい事が在る」
「『頼み』ですか、俺に出来る事なら何でも」
「そうか、ならば何時かこの世界が大きく変わる戦いが起きた時、それに最も無謀ともいえる形で臨もうとする者が君の前に現れたなら、君自身の目でその器を見極め、それが助けるのに値する人物であると認められたなら、如何かその者の為に道を切り拓いて遣って欲しい」
彼程の存在が敢えて求める以上は、それが途轍もなく危険で困難な戦いになるのであろう。
だが、だからこそ俺は迷う事無くそれに対する答えを口にする。
「承知しました。俺の力で足りるか如何か分かりませんが、持てる限りの全てを懸け必ずその約束を果たして見せます」
「ありがとう、セティ」
「私からもお礼を言うわ。ありがとう、セティ君」
心から満足そうに頷き、礼を述べる雷聖さんと雪華さん。
「でも、なんで俺なんですか? 俺が遣らなくてもても貴方達ならば……」
「済まない。訳が在って全てを話す事は出来ないが、何故、君なのかの答えならば、セイウが真なる皇の器を持つ存在であるように、君が真なる英雄の器を持つ存在であるかかな」
「本当に俺が、それ程の器を持つと?」
正直、その言葉は何よりも嬉しかったが、自分という者を素直に見詰めたなら、それは期待が大き過ぎる様な気がした。
「なあ、スィーナ、お前は彼の事が好きか?」
『はい、強くて、優しくて、不器用で、何時も私を護る為に自らが傷付く事も恐れない。そんなマスターは、私の英雄です! 大好きです!』
「聴いたか、セティ。これが『答え』だ」
彼が俺のナビ・パートナーであるスィーナにそれを尋ねた理由は分からなかったが、その『答え』には不思議と納得が出来た。
「そろそろ、行くとするか、雪華。では、セティ、又会うその時まで御武運をな!」
「はい、貴方達にも御武運を!」
『御武運をォー!』
相互いにこの世界における礼節の挨拶を交わし、俺達と彼達は其々の進むべき先へと分かれる。
「さてと、スィーナ。俺達も前に進むとするか」
雷聖さん達の背中を見送った俺は、そう告げて傍らで同じ様にしていたスィーナを肩車で持ち上げた。
「スィーナ、俺はもっともっと強くなりたい、否、強く成らなくちゃいけない。だから、これから先もずっと俺と共に在り、今以上に格好良いとお前が思う俺へと導いてくれ」
『ハイです、マスター! 今まで以上に、ファイトー! オぉーです! そして、アルディナ様のはーとをゲットです!』
「よし、ファイト! おおー!」
何時もと変わらぬ、それでいて、やっぱり愛おしいと感じさせてくれるスィーナの声援を受け、俺は、未来へと走り出した。
これが後に《英雄皇》の英名を頂く事となる俺と、その俺に英雄への道標を示してくれた存在である雷聖との出会いの物語であり、俺がこの世界で一番最初に果たす大きな役目を得た宿命の物語である。
・・・俺の本当の戦いは今始まったばかりだ!
ここまで、お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
この物語が『伝説』から『神話』に変わった後世の時代が舞台となる物語、『半熟侍さんは異世界に夢を探しに行きました』の方もどうぞヨロシクお願いします(ぺこり)




