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勇気と無謀

「で、ここは一体、何処どこだ?」

 情けない話だが、俺とスィーナは、今、道に迷っていた。

『済みません、マスター。ワタシもここは初めての場所でお役に立てそうにありません』

「否、元はと言えば、俺が闇雲に走り回った所為でこうなったんだから、気にするな」

 そう、運が悪い事に、俺達は、あの後で再び『彼女』達と遭遇そうぐうしてしまったのである。

 そして、脱兎の如く逃げ出したのは良いが、結果、道に迷い、今に至る訳であった。

「しかし、正直、この状況は好ましくないな」

 俺は、周囲の状況を視線で探りながら、自分が身を置く場所がどれ程の危険をはらんだ所であるかを痛感する。

 暗い闇の力が満ちる中、鬱蒼うっそうと生い茂る木々の陰に潜む無数の魔物達の気配。

 俺は、足を踏み込んでしまった危険の大きさに、自分の愚かさを呪った。

『はい、マスター。この地に満ちる力の邪悪さは危険です。ここは、速やかに退しりぞくのが得策です』

 ナビであるスィーナの危険を察知する能力は、疑う是非も無いモノである。

 スィーナが危険と言えば、それは、間違いが無く危険なのだ。

「分かった。連中が動く前に退くとしよう。しかし、問題は、どう退くかだな……」

 戻る道を間違えれば、更なる危険へと足を踏み入れる事になる。

 考えている暇は余り無いが、無闇に動く訳にもいかない。

「スィーナ。敵の気配から、数が少ない所が分からないか?」

『済みません、マスター。探ってはみましたが、周囲を満たす力の邪悪さに阻まれ、正確な状況を掴みきれません』

 その場にある異様な雰囲気は、俺ですら、気が変になりそうな邪悪さに満ちていた。

 敏感な感性を持つスィーナにとってみれば、その感覚を狂わされてもおかしくはないモノなのだろう。

「そうか……。ならば、多少の危険は覚悟の上で、一気に駆け抜けるか…」

 それは、下手をすれば敵の追撃によって窮地きゅうちへと追い詰められる可能性が高かった。

 しかし、ここでじっとしていても、囲まれて窮地へと至るのは確実だった。

『マスター、魔物達の様子が少し変なのですが…』

 脱出の方法を思案する俺に対し、スィーナは、何かを憚るようにそう口にした。

「変……?」

『はい。何というのでしょうか…。何かを警戒している、或いは、恐れている、そんな気配が感じられます』

 スィーナは、自分が感じたモノの理由が分からないからか、曖昧あいまいな口調で俺へと答えた。

『それに、これだけの邪悪な力に支配された場所に在りながら、敵の数が極端に少ないのも妙です。普通なら、もっと多くいてもおかしくは無いモノかと…』

「それは、何処かに逃げ出したか、あるいは、何者かによって数を減らされたという事か…?」

 スィーナの指摘から考えられる事を口にした俺は、その自らが考えた『答え』に、安心する事は出来なかった。

 それは、邪悪な力が支配する場所で、邪悪な存在である魔物を退ける存在がいるとしたら、それは更なる強大な力を持つ邪悪な存在の可能性があるからだった。

「分かった。これ以上、無駄に考えても仕方が無い。ここは一刻も早く退くとしよう」

 それは、自分でも驚くほどの決断である。

 俺は、スィーナを促し、その場を去るべく歩き出した。


 決断を実行に移した俺達の行動に、陰に隠れていた魔物達の一部が動いた。

 しかし、幸いにもそれは『一部』である。

 その大半を振り切りながら、俺とスィーナはひたすら走った。

「良し! 森が切れた!」

 俺は、窮地の脱出口を見付け歓声を洩らす。

 しかし、そこに至る為には、尚もしつこくいて来る敵を退ける必要があった。

「仕方が無い。るぞ、スィーナ!」

『はい、マスター!』

 俺は、直ぐ後ろをいてきたスィーナに告げて、疾駆しっくする身体の勢いが止まると同時に振り返る。

 そして、スィーナを背中にかばう形で、得物である剣を引き抜いた。

 敵の数は三匹。

 何れも同種族で、獣がごっちゃ混ぜになった醜怪な姿を持つ《妖獣》の類いであった。

『ギゥェー!』

『グィゲェー!』

 その醜悪な姿に似つかわしい耳障りな妖獣達の奇声に、俺は、思わず顔をしかめる。

 その隙をくように、敵の一匹が襲い掛かって来た。

『危ない、マスター!』

 スィーナの警告の叫びに応えるように、俺は、手にした剣で相手のカラダを薙ぎ払う。

 確かな手応えを感じた俺の目の前で、返り討ちになった敵が地面を転がった。

「流石に一撃で終わりという訳にはいかないか……」

 相手の生命力の高さに舌を巻きながらも、俺は、目の前の敵が恐れるに値しない事を感じていた。

「スィーナ、何時もの通り支援のみで大丈夫だ」

『はい、マスター。了解しました』

 俺の言葉に含まれる余裕から、状況の危険性が低い事を察したスィーナは、返事をして指示の通りに支援の態勢で構える。

「取り敢えず、一匹ずつ確実に仕留めて行くしかないな」

 俺は、そう判断すると、先ず手負いの一匹に止めを刺すく狙いを定めた。

『ギィーグゲァーッ!』

 手負いである一匹が上げた奇声に反応して、残る無傷の二匹が前におどり出た。

「成る程、そう簡単には遣らせてはくれないか」

 連携の構えを示した敵の姿に、俺は、気を引き締めるように武器である剣を構え直した。

 俺は正三角形を描くような陣形を取る妖獣達と睨み合う様に対峙する。

『《戦女神の加護》!』

 スィーナは、対象者の傷を癒すと共に戦闘能力を高める《魔導》を発動させ、それを俺に施した。

「ありがとう、スィーナ」

 万全の態勢となった俺の反応に、妖獣達は警戒を強めると共に、何時でも襲いかかれるよう低い姿勢で身構える。

 それに対し俺も警戒心を新たにした。

「(一対一なら、恐れるに足りない相手だが、同時に二匹、三匹となると油断はできないな)」

 相手の動きに気を付けつつ、如何どう動くかを考える俺を嘲笑あざわうように、前衛の二匹が先に動いた。

「来る!」

 俺は、ほぼ同時に迫り来る敵の攻撃に対処する術を図るべく、その動きに注視した。

 しかし、次の瞬間、それが失策である事を思い知らされる。

「くっ!」

 妖獣達は、二匹が共に俺の横をり抜けるように走り、更には、残る一匹も新たな動きを見せた。

「始めから俺ではなく、スィーナを狙っていたのか!」

 気付いた時には既に遅く、先に動いた二匹がスィーナへと、そして、残りの一匹が俺へと襲い掛かる。

「スィーナ、逃げろ!」

『《猛ける氷牙》!』

 焦りながらも迫り来た敵の攻撃を剣で受け止めた俺の叫びに応えるように、スィーナは、冴えを以って響く《力導く言葉》をつむいでいた。

 発動と同時に生まれた氷の杭がくさびとなって、二匹の躯へと刺さる。

 そして、打ち込まれた氷の杭は、そこに宿す冷気の魔力で相手の動きを封じ込めた。

『マスター、今です! 止めを!』

 スィーナの言葉に応えて、俺は、素早く身体をひるがえす。

「《烈風の乱斬舞》!」

 俺は、《力持つ真名》を気合いに代えて、スィーナに退けられた二匹を切り伏せた。

『《きらめく雷撃》!』

 スィーナによって再び紡がれた《力導く言葉》の攻撃魔法が、残る一匹を捉える。

 躯のしびれに地面をのたうち転げる妖獣。

「はっ!」

 短い気合いの息と共に振り下ろされた俺の剣が、最後の敵の生命を絶った。

「終わったな」

『やりましたね、マスター!』

 ちりとなって消え去る妖獣達のかばね一瞥いちべつし、俺とスィーナは、勝利の余韻にひたる。

「しかし、スィーナ、何時の間にあれ程の攻撃魔法を会得したんだ?」

 俺の知る限り、スィーナが使える攻撃魔法は初歩の初歩レベルだった筈である。

『はい、この前、親切な《魔司》さんと出遭であって、軽く指導して貰いましたです』 

 嬉しそうに応えるスィーナ。

 そして、その口からは、更に驚く言葉が続けられた。

『何時までもマスターに護って貰うばかりのワタシでは駄目なのです。これからは、もっともっと頑張って、マスターのお役に立てるワタシになるのです』

「スィーナ、お前は今までだって、充分に役に立ってきたよ」

 健気けなげな想いを示すスィーナの言葉に、俺は、偽らざる想いで応える。

『ワタシが強くなれば、マスターは、もっと強くなれます。だから、ワタシは頑張るのです』

「そうか、じゃ、俺ももっと頑張らなくちゃだな」

『はい、お互いにガンバレです!』

 そんな遣り取りを交わし笑い合う俺とスィーナの背後で、その『異変』は現れた。

「!?」

『ッ!』

 背筋が凍りつく程に威圧的な波動を感じ、俺達は、互いに顔を見合わせる。

「危ない、スィーナ!」

 発したその言葉と同時に、俺は、スィーナの身体を抱きかかえてんでいた。

 俺はスィーナの身体を両腕に包み込み、跳躍ちょうやくの勢いのままに大地を転げる。

 次の瞬間、それまで俺達がいた地面に、深い溝が穿うがたれた。

 大地に揉まれた身体の痛みを無視して、起き上がった俺の瞳に敵の姿が映る。

 それは、巨大な体躯たいくを持つ、正に異形と呼ぶのに相応しい獣だった。

 虎を思わせる胴体と四肢、背中には玉虫色のいろどりを放つ羽根が生え、頭は異彩のまだらを持つ人間に似た形をしていた。

 そして、その容姿の中でも、最も異様であるのが血にえた者が持つ狂気の色を宿した双眸そうぼうであった。

「(あれは、一体、何だ!?)」

 俺は、目の前に現れたその存在に、魂の奥に在る恐怖心を震え上がらせていた。

『マスター!』

 スィーナの声で、俺は、恐れに魅入みいられていた心に正気を取り戻した。

「スィーナ、アレは危険すぎる! 逃げるぞ!」

 俺は本能が感じた危機感に従い、その場を退く事を素早く決断する。

『はい! 了解です、マスター!』

「先に行け、スィーナ!」

 俺は、武器である剣を腰の鞘から引き抜きながら、スィーナへと先に逃げるようにうながす。

『しかし、マスター…』

「良い、俺には構うな! 少しだけ時間稼ぎをしたら、直ぐに退く。行け、スィーナ!」

 躊躇ためらうスィーナに少し強い口調で逃げるよう指示し、俺は、敵の動きを制するべく視線をやった。

『久しぶりの獲物。逃がすものか!』

「っ!?」

 俺は、違和の無い人語を口にする敵の姿に、少なからず驚かされた。

「……信じられない。まともに人間の言葉を話すのか…」

『そのような事で驚くとは、何たる無知蒙昧むちもうまい! 正に愚かしき獲物よ!』

 あざけりと侮蔑ぶじょくに満ちた眼差しを俺に向け、巨獣は笑い声である咆哮ほうこうを上げた。

 その言葉に、俺は、目の前の獣が持つ知性の存在を感じ取る。

如何どうやら、何があっても見逃す意志は無さそうだな」

『ふっ、分かりきった事を問うとは、骨頂こっちょう! 救いがたき愚か者よ!』

 その一つ一つの言葉に、巨獣が持つ頑迷がんめいなまでの尊大さが滲み出ていた。

「ああ、確かにこんな所を彷徨さまよっている俺は愚かだが、その俺以上にお前は愚かだよ。お陰で、労無ろうなく十分な時間稼ぎができた」

 俺の言葉にたがわず、期待通りにスィーナは既に逃げ切っていた。

 後は、自分の身を何とかすれば良いだけだった。

「では、そういう事だ!」

 俺は、言い放つと一気に駆け出した。

『逃がしはせん! 《脳髄震わす烈波》!』

 巨獣が叫び放った咆哮は、衝撃波となって大地をぎ震わせる。

「くっ!」

 その凄まじい威力の前に、俺は、凍りついたように身体の自由を奪われた。

『さあ、愚か者よ。我が血肉の糧となるが良い!』

 巨獣が再び咆え、身動きの出来ない俺を喰らうべく牙をく。

『《魂解き放つ爽歌の調べ》!』

「っ!」

 俺は、金縛りが解けるのを感じると同時に、敵の攻撃を回避する為に背後へと跳んだ

 正に間一髪で避けた身体に、巨獣が吐く息を感じる。

「スィーナ、何故、戻った」

 金縛りから解き放ってくれた相手の正体を知り、俺は、そう口にする事しか出来なかった。

『やはり、マスターを残して自分独り逃げる事は出来ませんです!』

 スィーナという存在が持つ忠義と礼節のあつさを思えば、それは当然の行動であった。

「……そうか、分かった。お前のお陰で、本当に助かったよ。こうなったら、なんとしても共に無事この窮地を脱するぞ、スィーナ!」

『はいです、マスター!』

 スィーナの行動に勇気付けられたのは、事実であるが、目の前にある危険が減った訳ではなかった。

「敵はあの巨体だ、そうそう小回りも利かないだろう。一か八か二手に分かれて敵を攪乱かくらんしながら走るぞ!」

『了解です! 御武運を!』

 逃げるのに武運を祈るのも変だと思いながらも、俺はスィーナに同じ言葉を掛けて、走り出した。

『愚かな、逃がすものか!』

 俺達の行動を嘲って言い放ち、追撃の為に走り出す巨獣。

 しかし、俺の思惑通りその追走は、勢いに任せた暴走に過ぎなかった。

「後もう少しだ、頑張れ、スィーナ!」

『はい、マスター!』

 巨獣との間に十分な距離を稼ぎ、脱出口が見えた事に、俺もスィーナも安堵の笑みを浮かべる。

 後もう少しという時に、その存在達は、最悪のタイミングで現れた。

「ファーシィ、クィーサ、二人共逃げろ!」

 普段の経緯を考えれば、わずらわしいとも感じさせられる相手達では在ったが、流石に危険を押し付ける訳にはいかず、俺は、簡潔な言葉で取るべき最良の行動を促す。

 しかし、それはこれまでの経験通り無意味な行為に終わった。

「あーら、『逃げろ』ですって、誰にモノを言っているのかしら、敵を前にして戦わずに逃げるなんて私の性分では無いわね」

「何を言っている。アレは普通に遣り合って如何にかなる程度の相手じゃない!」

 この遣り取りの間にも敵が間近へと迫っている事を考えると、自然に俺の口調は乱暴なモノになっていた。

『君子危うきに近寄らずです。ここは、勇気ある撤退をいたしましょうです』

「そうね、確かにそんな言葉が存在します。しかし、『虎穴にいらずんば虎児を得ず』とも言います。危険を冒さずして冒険者とは成り得ません。ここは勇気を持って戦いましょう、セティ様!」

・・・そして、貴女達はあの虎モドキの胃袋にでも飛び込む積りですか?

『勇気と無謀は違います。マスター、今日の危険を避けて、明日の困難に挑む事こそ真の勇気です』

・・・スィーナ、良い見解をありがとう。

「俺もスィーナの言葉に賛成だ。それにここでアレと遣り合うのはなんか凄く否な予感がする。だから、この場は大人しく退こう」

 自慢じゃないがこういう時に抱く俺の勘には、妙な的中率がある。

 予感が現実になる前に、撤退するのが賢明と思われた。

「臆病な事を言ってくれるわね。それでも《魔物を討つ虜刃りょじん》なんて異名を持つ冒険者なの! 私は誰が何と言おうとも退く気は無いわよ!」

「そうですね、貴方の事は、正直、見当はずれだったのかもしれません。私は戦うわよ、クィーサ」

 二人は俺を臆病だと笑うような視線を向けて、心外だと口にする。

『マスターを莫迦ばかにしないで下さい! マスターは、貴方達の身を心配して言っているのです!』

 俺に代わって感情をぶつけるスィーナ。

 そこには、俺が今までに見た事が無い激しさが存在していた。

「スィーナ、ありがとう。だが、もう手遅れみたいだ」

・・・そして、済まない。

 俺は、怒りの収まらないスィーナの身体をなだめるようにして抱き締め、その手遅れとなった危険に巻き込んだ事を無言でびる。

「そうね、もうやるしかありません」

「だから、覚悟を決めなさい!」

 ファーシィとクィーサにうながされるまでも無く、俺の覚悟は既に決まっていた。

 そう、スィーナを護る為にも、戦って敵を退ける以外の道は最早残されていなかった。

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