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某スレ104章で指摘いただいていた箇所を修正しました。
長良が視線を前方に戻すと、騎士団歓迎の横断幕を掲げていた支柱が無残に圧し折られ、辺りに土埃が舞い上がっていた。
「ぬおっ!?」
「きゃああっ!」
遅れて頭上から降ってきた横断幕に、下に居た長老や娘達が悲鳴を上げて頭を庇った。
村人達からの歓声がぴたりと止み、彼らの笑顔は一瞬にして凍りついた。
3体の魔操冑機の背後に止まっている馬車から、野卑た笑みを浮かべた髭面の男達が20人ばかり降りて来た。
裸の上半身に獣の皮で作ったと思われるチョッキを羽織っている者や、上半身裸で下半身に皮の腰巻を巻いているだけの者など、多少の差異はあるが、全員に共通しているのは、腰からは切れ味の悪そうな抜身の山刀を、紐で吊ってぶら下げていることだった。
男達は、呆然としている娘達のほうに近寄り、乱暴に手を掴んだ。
娘達は抵抗するが、男の腕力には適わない。
「おらぁ! 大人しくしろ!」
激昂した男の一人が、嫌がる娘を張り飛ばした。
意外なほど大きな音が響き、娘は悲鳴を上げて倒れ伏した。
「な、な、何をするんですか!!」
ようやく硬直から回復したタケヒロが男に食って掛かる。
「あぁ? なんだ、ジジイ。俺達は騎士団様だぞ!」
「き、騎士団の方々が、何故こんな無体を……!」
周囲で見物していた村人達も、ようやく事態を察したらしく、動揺が広がっていた。
「あわわわ……いい、いったい何が……」
「ひっ……うわああん……」
軽装甲機動車の傍で成り行きを見守っていたセツコは、すっかり怯えた表情で、縋るように長良達を見た。
彼女の最年少の弟に至っては、恐怖で泣き出してしまった。
憧れの騎士団が来たと思いきや、現れたのは山賊にしか見えない汚らしい男達。
しかも、村の人々に暴行を働いているのだ。
感受性の強い子供達にとって、そのショックは計り知れなかった。
「……予想通りの展開になったっすね」
「そうだな」
長良は答えながら、MINIMIに被せてあったカバーを外し、コッキングレバーを引いた。
「よし、前進だ。みんなは、危ないから離れていなさい」
「ういっす。ちゃんと隠れてるっすよ、セツコちゃん。はい皆さん、ちょっと通りますよー」
心配そうに見つめるセツコに笑いかけた後、橘は軽装甲機動車のクラクションを鳴らしながら、前進を開始した。
それに押されるようにして、人垣が大きく左右に割れ、その中を軽装甲機動車が静々と進んでいく。
迷彩塗装の軽装甲機動車は、「騎士団」の目にも留まった。
彼らの目には、異様なものに映ったらしく、呆気に取られたように見つめていた。
長良は、軽装甲機動車を彼らの十メートルほど前に停車させた。
ある程度近づいて見てみると、改めて、魔操冑機の巨大さが際立って見えた。
加えて、何よりも驚いたのは、手にきちんと五本の指が備わっていることだった。
「あー、あー」
トラメガを取り出し、声を出した途端、「騎士」の連中がビクリと身体を震わせたのが少しおかしかった。
「こちらはぁ、日本国陸上自衛隊です。民間人への暴力行為を直ちに中止し、武器を捨ててこちらの指示に従ってくださいー」
長良自身、こんな説得で大人しく引き下がるとは欠片も思っていないため、台詞はかなり棒読みだった。
しかし、自衛隊が攻撃を行うためには、それ相応の大儀名分が必要だ。
騎士団を名乗る連中は、訝しげに仲間同士で顔を見合わせた。
誰も彼もが、コイツは何を言ってるんだ? と言いたげな顔をしていた。
「こちらの指示に従っていただけない場合は……!?」
垂れ幕を破壊した以外、目立った動きは見せていなかった魔操冑機の一機が動きを見せた。
右腕を自分の背後に回すと、マウントされていた棍棒を手に取ったのだ。
そして、棍棒を握った腕を振り上げると、そのまま軽装甲機動車の目前の地面に叩きつけたのだ。
飛び散った土塊や石畳の破片が舞い上がり、軽装甲機動車や、背後に居る群集の上にも降り注いだ。
慌てて頭を庇う長良や逃げ惑う村人達を指さし、「騎士団」の連中は笑い転げた。
「ごちゃごちゃわけのわかんねえこと抜かしてんじゃねえ、奇形共! 叩き潰すぞ!」
魔操冑機の一機から、ひび割れたような、耳障りな怒鳴り声が響いた。
おそらく、外部スピーカーのようなもので、中の操縦士が話しているのだろう。
「……これは、正当防衛ってことで良いよな」
「大丈夫だと思うっす」
今のこの状況は、上空からOH-6DやUAVによってモニターされており、映像は録画されている。
反撃の理由としては十分だろうと長良は判断した。
「こちらホテル。状況開始。プランB」
無線で作戦開始を告げた後、手始めに長良は、笑い転げている騎士達の足元にMINIMIの5.56mm弾をばら撒いた。
命中させるのが目的ではなく、あくまで威嚇だ。
「うほおおっ!?」
「ひいいっ!!」
「な、なんだあっ!?」
「ま、魔道士か!? こ、こんな辺境のド田舎に……!」
完全に油断していた騎士達は、突然足元の地面が弾け飛ぶ様に、肝を潰した。
長良は、追いたてるようにバースト射撃を続ける。
「クソが! 調子に乗るな!」
棍棒をぶら下げた一機の魔操冑機が、軽装甲機動車に向けて突進してきた。
その動きは、まるで人間そのものように、滑らかで素早かった。
移動時の速度に比べて、明らかに早い。
おそらく、これが戦闘速度なのだろう。
「橘、後退だ」
「ういっす!」
追いすがる魔操冑機にMINIMIの銃口を向け、引金を引く。
装甲を叩く衝撃に、いっしゅん魔操冑機の動きが止まるが、すぐに追撃を再開してくる。
MINIMIから放たれた5.56mm弾は、魔操冑機をへこませる程度で、貫通はしていなかった。
「けっ! 見掛け倒しかよ!」
大した威力ではないと見るや、他の二機も追随してきた。
三機の魔操冑機に追われながら、橘の運転する軽装甲機動車は、村の外に向けて疾走した。
避退しつつ、長良は散発的にMINIMIによる射撃を加えていた。
「5.56mm程度じゃ、豆鉄砲だな」
舌打ちしつつ、空になった弾倉ポーチを交換した。
激しく動き回る車上では、中々に骨な作業だった。
「い、意外と余裕っすね、二尉!」
「追いつかれるぞ。もっと飛ばせ!」
「うおっ!」
バックミラーいっぱいに写る魔操冑機の姿に、橘は肝を潰した。
どういった材質なのか不明だが、小銃に耐える程度の装甲は備えてるようだ。
唯一、駆動系が集中していると思われる関節部に命中したときは、僅かに動きが鈍ったように見えた。
しかし、移動する車両の上から、分隊支援火器であるMINIMIで、動目標に対する精密射撃は困難を極める。
長良はあくまで牽制にとどめ、当初の予定通り、味方火力の待機地点まで誘導することにした。
幸いなことに、向こうはこちらの攻撃力が貧弱だと踏んで、舐めてかかっている。
これなら、あっさりこちらの誘導に引っかかってくれそうだ。
「ホテルよりロメオ1、ロメオ2。目標をそちらの射線に引きずり出す。関節部を狙え」