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「いやあ、凄い人出っすね。前が全く見えないや」
軽装甲機動車の運転席で、橘が呆れとも歓声とも着かない声を上げた。
村の広場は現在、大勢の村人達で埋め尽くされていた。
昨日までは、車両への体験搭乗や音楽演奏や各種ゲームなどの親善イベントが行われていたのだが、騎士団を迎え入れる準備のため、自衛隊の車両や設営されていたテントなどは全て撤去されていた。
変わって、騎士団を歓迎するための横断幕が立ち、村の女達が総出で作った料理が並べられている。
広場の最前列には、タケヒロを始めとした長老連中と、化粧をして目一杯に着飾った年頃の若い娘達が、騎士団の到着を、そわそわしながら待ちわびていた。
娘達の中には、騎士の目に留まってあわよくば……と考えている者も居るのかもしれない。
長良と橘は、日本人の同席を認めないと、頑なな態度を崩さないタケヒロを始めとした長老達を何とか説得し、長良と橘のみ、最後列での見学を許されていた。
表向きは、この場にいる日本人は彼らだけだった。
「それだけ、騎士団とやらが気になるのだろうな」
長良は欠伸をかみ殺しながら答えた。
セツコ達から話を聞いた後、駐屯地に戻った長良と橘は、騎士団が到着するまでの短い間に方々を駆けずり回った。
基本的な対処方針はほぼ決定していたが、派遣されている各部隊から抽出できる戦力の調整、状況発生時の民間人の避難誘導手順など、細々とした準備に手間取り、まともに眠っていなかった。
軽装甲機動車のルーフから半身を乗り出した長良は、双眼鏡で人垣の向こうを観察していた。
防盾付銃架には、幌を被せた5.56mm機関銃MINIMIが、万が一に備えて設置されている。
いつもの小型トラックではなく、軽装甲機動車を選んだのは、戦闘になった時に備えての事だ。
双眼鏡の向こうには、まだ細部までは分らないが、徐々に近づいてくる3体の魔操冑機が確認できた。
その様子は、某アニメの世界を7日で滅ぼした巨人のようにも見える。
普段であれば、自衛隊の車両が停車しているだけで、物珍しげに近づいてくる人達で軽い人だかりになるのだが、今回ばかりは騎士団のほうが珍しいようで、二人を乗せた軽装甲機動車に注意を払う者は居なかった。
長良は双眼鏡から目を放し、無線機のレシーバーを入れた。
「ホテルよりロメオ1、ロメオ2、待機位置まで前進せよ」
『ロメオ1、了解』
『ロメオ2、了』
外地駐屯地に、害虫対策として配備されている87式偵察警戒車2両に指示を出す。
もし、騎士団とやらと戦闘になった場合、この2両の火力を持って制圧する想定だ。
「タンゴ1、タンゴ2は現在位置で待機」
『タンゴ1、了解』
『タンゴ2、了解。俺達の出番が無いことを祈っているよ』
さらに後詰として、後方に10式戦車2両を待機させているが、こちらを引っ張り出すような事態は、出来れば避けたいところだと考えていた。
『こちらオスカー。目標に目立った動き無し。人型3、馬車5の陣容で接近中』
空中から監視を行うOH-6D観測ヘリからの報告が入った。
「了解。そのまま監視を継続せよ」
観測ヘリに監視の継続を指示すると、長良は通信を終了した。
「ナガラさん。タチバナさん」
人垣を掻き分けるようにして、バスケットを下げたセツコが姿を現した。
その後ろには、彼女の弟達の姿もあった。
「やあ、セツコちゃん! みんな!」
途端にタチバナは相好を崩した。
「お昼ご飯、まだでしたよね。おにぎり作ってきました」
「うおー! ありがとう、セツコちゃん!」
「ああ、すまないね」
セツコは二人に、熊笹の葉に包まれた小ぶりなおにぎりと、水の入った竹筒を手渡した。
「うおー、セツコちゃんの手作り弁当! 最高っす!」
早速とばかりに、橘はおにぎりを頬張った。
「橘さんったら、大袈裟なんだから。いつも手料理をご馳走してるじゃない」
「いやあ、弁当には弁当の良さがあるっすよ!」
下でいちゃつく二人に若干辟易しつつ、長良はおにぎりにぱくついた。
シンプルに塩で味付けされている質素なものだったが、塩味が濃い目に付けてあり、
塩分消費の激しい自衛官のことを考えて作ってくれたようだ。
中に入っている具材は、村で取れた野菜で作った漬物だった。
「うん? どうかしたかい?」
セツコの弟達の中で、もっとも幼い少年が、ルーフ上の長良をじっと見上げていた。
おにぎりが欲しいのかと思ったが、彼の視線は長良が首から下げている双眼鏡に注がれていた。
「覗いてみるかい?」
笑みを浮かべながら双眼鏡を示して見せると、少年の顔にパッと笑顔が浮かんだ。
「うおー、すげー!」
「ぼくもぼくも!」
「はやくかわれよう!」
ルーフの上からかわるがわる顔を出し、セツコの弟達は、双眼鏡を覗き込んでは歓声を上げていた。
まだ遠くにいるはずの魔操冑機が、まるで目の前にいるかのように見える様に、子供達は大興奮だった。
「お前達! お行儀良くしなさいっ! ……ほ、本当にごめんなさい、ナガラさん……」
「いや、構わないよ」
ひたすら恐縮し通しのセツコに、長良は笑って手を振った。
「そうっすよ、気にすること無いっす! これも俺達の任務のうちっすから!」
運転席から橘が気楽に言った。
そんな感じで和やかに時間が過ぎていき、やがて3体の魔操冑機は、肉眼でも確認できる距離まで近づいていた。
魔操冑機の立てる足音が、長良達の居る場所にまで振動となって伝わってくる。
見物している村人達から歓声が上がった。
最前列の娘達は、手にした花束を掲げて大きく振って見せていた。
見れば見るほど、その威容は鎧武者にそっくりだった。
兜を思わせる頭部の両脇には、観音開きのような吹返があり、両肩には盾のような冠板を備えている。
胴体の造形も大鎧の胸板そのもので、腰周りには草摺のような垂れがあった。
唯一の違いといえば、腰に太刀を佩いているのではなく、背中に棍棒のような鈍器を背負っているところだろうか。
(意外と動きが滑らかだな)
人間と同じようにとまではいかないまでも、歩く姿はかなり洗練されているように見えた。
重心の安定を確保するために前屈みになっているということもなく、少なくとも、バランス感覚自体は、長良達の世界のロボットに比べれば、優れているようだった。
あとは、実際に戦闘になったときに、どの程度の動きが出来るかだ。
「ごめんね。そろそろ降りてもらえるかな」
「えー、やだー!」
「こらっ! 我侭言わないの!」
まだ遊び足りないとむずかる子供を宥めすかし、長良はルーフの上から子供を下ろした。
「セツコちゃん。おにぎりご馳走様。橘、用意は良いか」
「ういっす。セツコちゃん達は、少し離れてるっすよ」
「あ、危ないことになるんですか……?」
セツコは不安そうな表情で二人の顔を交互に見つめた。
「何も心配要らないよ。念のため……」
長良が笑顔で答えようとしたその時、辺りに轟音が響き渡った。