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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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「うおー、マジっすか! ロボットっすね、ロボット!」


 例の写真を見せてやったところ、橘は長良の予想通りの反応を示した。

 まるで子供のように目を輝かせながら大はしゃぎだ。


「そのロボットとやりあうことになるかもしれん」

「ってことは、倒して鹵獲したら、そのロボットは俺らのものってことっすよね!」

「……倒せたらな」


 鹵獲できれば、研究用として接収することにはなるだろう。

 もしそうなれば、防衛装備庁は大喜びするに違いない。

 いずれにしろ、そのロボットらしき巨大甲冑がどういう原理で動いているのかは分らない以上、無闇にやりあうのは得策だとは思えない。

 出来ることなら、穏便に済ませたいところではあったが、偵察写真を見る限りでは、その可能性は期待薄だ。

 何にせよ、まずは知っていそうな人間に聞いてみるのが一番だ。


「橘。タケヒロさんのところに行く」

「あー、あの頑固爺さんに聞いてみるんですね。了解です」


 橘は小型トラックを発進させた。

 日本が外地と呼んでいるこの世界においての人間は、どのような進化を辿ったのか、獣の耳と尻尾を持っている。

 地球人の耳があるのと同じ場所には、獣のような体毛に覆われた、三角形の狼の耳が飛び出しており、

 腰の辺りには、狼や狐を思わせる毛筆の毛先のような尻尾が着いているのだ。

 これが、この外地における普通の人間だ。

 そんな彼らから見れば、尻尾を持たず、耳の形状が丸みを帯びていて体毛の無い日本人の姿は奇異に映ったらしい。

 自衛隊を含めた日本人に対する「マルミミビト」という呼称はそこから来ていた。

 遭遇した当初こそ、奇異の目で見られていたが、害獣退治や民生支援を含めた自衛隊の努力により、殆ど払拭されたといって良いだろう。

 外地における自衛隊や政府による民生支援は概ね好評で、特に鉄製の農器具のほか、軍手や足袋などが喜ばれた。


「最初は奇妙な連中だと思ったけど、付き合ってみると意外と気のいい連中だよな」

「この肥料……堆肥だっけ?」


 そう言って、農夫の一人が傍に堆く積まれた「畑の香水」の元に目をやった。


「それを使ってみると、作物の味がまるで違うよな!」

「だよな。あと、サイレージとかいうやつ?」


 もう一人が、肩に掛けた手拭で汗を拭きながら、少し離れたところに幾つも転がっているロール状のラップサイロを眺めた。


「あれで作った牧草だと、牛が良く食うんだよなぁ」

「そうそう。うちの母ちゃんが、乳の出が良くなったって喜んでたぜ」


 堆肥やサイレージの製法は、始めの頃こそ奇異に思われていたが、効果が目に見えてくるようになると、

 どの農家も積極的に受け入れるようになっていた。


「丸蟲を退治してくれるのも有り難いよな」

「ああ、それはあるな。さっき飛んでった斑色のタマゴも、蟲が来ないように見張ってるんだってな」

「音がうるせえから、牛が怯えるのが玉に瑕だけどな。ハハハ!」


 何よりも歓迎されたのが、丸蟲から受ける被害が大きく減ったことだった。

 成人男性の身長ほどもある硬い外殻に覆われた丸蟲を倒すには、屈強な戦士が数人が上手く連携し、槍や細剣などで、硬い外殻の隙間や間接部分を狙い倒すしかなかったからだ。

 それをマルミミビトの兵隊――自衛隊は、魔法の杖を使って、たった一人でいとも簡単に屠ってしまう。

 自衛隊は、魔法ではなく機械なのだと説明していたが、この世界における機械とは、ごくごく原理が簡単なものを除いては、核心部分に魔法が使われているのが普通であるため、いまいちニュアンスが伝わりきっていなかった。

 そんな自衛隊は、外に働きに出ることが多い若年から中年層を中心に、大きな支持を集めていた。


「丸蟲が減ったのは良い事だけどよ、アレが火を噴くところ、もう一度見てみてえよな」

「アレ……? ああ、ジューゴリューな! ありゃあ凄かったよなぁ。山の形が変わっちまったもんなぁ」


 中でも、99式155mm自走榴弾砲の一斉射撃による大火力の凄まじさは、数ヶ月経った今でも語り草になっていた。


「お、噂をすれば、マルミミビトの魔法馬車だ!」


 丁度、駐屯地から村へと続く舗装された道を、側面に日の丸を張ったオリーブドラブ色の小型トラックが通過しようとしていた。


「おおーい!」


 二人の農夫は、トラックに向かって大きく手を振った。

 それに連動するかのように、彼らの尻尾も大きく左右に振られていた。


「あ、二尉。お百姓さんが手を振ってるっすよ」


 こちらに向かって手を振る外地人を確認した橘は、小型トラックのスピードを落として徐行させた。

 仏頂面で自分の考えに沈んでいた長良は、すぐさま顔を上げると、笑顔で二人の農夫らしき外地人に向かって手を振り返した。

 外地派遣隊では、現地の人に出会ったら、笑顔で挨拶することが励行されている。

 イラク復興支援でサマワに派遣された自衛隊が行っていたウグイス嬢作戦を、そのまま真似たものだ。

 サマワに派遣された陸上自衛隊の復興支援部隊は、あえて砂漠地帯では悪目立ちするオリーブドラブ一色で車両の塗装を統一し、車体の側面に目立つように日の丸を描いた。

 そして、他国の軍隊がゲリラの襲撃などを恐れて猛スピードで市街地を通過するのとは対照的に、わざと速度を落とし、そして、選挙のウグイス嬢よろしく、現地の人々に出会うたびに笑顔で挨拶し、自分達は戦争に来たのではなく、復興の手伝いに来たのだということを、強く印象付けることに成功したのだ。

 それが、一人の死者を出すことも無く、任務を完遂した一助になっていたことは間違いない。

 それを、この外地でも実践することとなり、その効果は抜群だった。

 ちなみに、ウグイス嬢作戦を加古に提案したのも、長良自身だったりする。

 農夫達の姿が見えなくなると、長良は途端に先程までの仏頂面に立ち戻った。

 その変わり身の早さを横目に、ハンドルを握る橘は僅かに笑みを浮かべた。


「……なんだ?」


 気付いた長良が、怪訝な表情で橘を見た。


「いやあ、二尉の演技力に感心してただけっすよ」

「うるせえ。黙って運転してろ」

「あいた! 蹴らないでくださいよ~」


 良好な関係を維持しているとはいえ、自衛隊が全ての外地人から諸手を挙げて歓迎されているのかといえば、当然そんなことは無い。

 これから長良が会いに行くのは、その急先鋒ともいえる村の長老の一人だ。

 村の人々が住む住居は、一昔前の日本の農村にあるような、茅葺屋根の家屋がほとんどだが、有力者である長老が暮らす家は、かつての庄屋や地主のような屋敷に住んでいる。

 橘の運転する小型トラックは、タケヒロという老人が暮らす屋敷の門前で停車した。


「それじゃ、ここで待ってますね」

「ああ」


 車を降りた長良は、門をくぐり屋敷へと向かった。


「お前達マルミミは、いつになったら、余所へ行ってくれるんだ?」


 散々待たせた挙句に会ってくれたタケヒロは、不機嫌さを隠そうともせず、開口一番に言った。

 長良には、タケヒロを始めとする村の長老達の気持ちは分らないでもない。

 彼らには彼らなりのやり方で、これまで村を導いてきたという自負があったに違いない。

 そこへ、突如として、得体の知れない余所者である自衛隊が現れたのだ。

 警戒するなというほうが無理な話だ。

 そんな得体の知れない連中が、彼らのこれまで築き上げてきたであろう村人からの信頼を民生支援や災害派遣の名の下に、一瞬して奪い取ってしまったのだ。

 意図してのことではないとはいえ、結果的にそうなってしまったことに違いは無い。

 更に言えば、自衛隊は彼らには想像もつかないほどの戦闘力を持っている武装集団だ。

 何かの拍子に、それが自分たちに向けられるのではないか……といった不安も当然あるのだろう。


「あの門の閉じ方がわかれば、すぐにでも」


 しかし、どのような事情があるのせよ、今の長良は、余計な無駄話に時間を費やす気は更々無かった。

 涼しげな笑顔で即座に切り返し、タケヒロの無駄口を封じた。

 もちろんこれは、日本政府の方針とは異なる。口うるさい年寄りを黙らせるための方便だ。

 この手の年寄りは、下手に出てやっていると、際限なく付け上がってくることを、長良は経験則から学んでいた。

 もっとも、長良個人の本音ではあるのだが。


「これをご覧いただけますか」


 老人が二の句を継げないでいるうちに、すかさず例のロボットらしきものが写っている写真を見せた。


「もしご存知であれば、これが何か教えていただけますでしょうか」

「何かと思えば……」


 見せられた写真の鮮明さに驚きつつも、タケヒロは、マルミミビトの無知をせせら笑った。


「これは元老院の騎士が操る魔操冑機だ」

「まそう……ちゅうき、ですか」


 魔法で操る甲冑という意味だろうか。


「それは、いったいどういうものなのでしょう」

「そんなことも知らんのかね?」

「我々の世界には存在しないものですので」


 小馬鹿にするようなタケヒロに、長良は軽く肩を竦めた。


「あなたも、我々のような耳の丸い人間が存在することなど知らなかったでしょう。同じことですよ」


 軽くやり返されたタケヒロは、長良のを睨みつけるが、すまし顔で受け流した。

 やたらと回りくどいタケヒロの話を整理すると、この魔操冑機は、その名のとおり、魔力を原動力とするロボットということが分った。

 動力源となる魔力コアのようなものが機体の中枢に設置されいるらしい。

 操縦は人が乗り込んで行うもので、専門の訓練は必要となるが、操作方法を知っていれば、誰でも動かす程度のことは出来る。

 ただし、魔力の高い人間が操作すれば、機体の限界性能は上がるようだ。


「お見せした写真に写っている三体の魔操冑機とやらは、この村に向かってきています」

「それがどうした? 騎士団の巡察任務だろう」


 巡察任務について尋ねると、丸蟲のような害虫退治や盗賊の討伐など、辺境地域の治安維持のため、騎士団が定期的に行っている巡回任務のことらしい。

 確かに、写真の中には丸蟲を倒しているものもあった。


「行商人らしき馬車を襲っている写真もあるようですが、それも騎士団の任務ですか?」

「あぁ? 騎士団がそんなことをするか。大方、野盗の類が行商人に変装していたのだろう」


 それを見抜いた騎士団が討伐したのだ、とタケヒロは即座に切り捨てた。


「女性を襲っているように見えるものもありますが」

「盗賊が女だったというだけだろう」


 タケヒロは取り合おうとしなかった。


「だが、知らせてくれた事には礼を言っておく」


 ご苦労だったとばかりに、タケヒロは鷹揚に頷いて見せた。


「こうしてはいられん。騎士団の方々をもてなす宴の準備をしなくてはな」

「我々も騎士団の方々にご挨拶がしたいのですが」


 日本政府の当初の目的は、外地の中央政府との交渉だ。

 もし、タケヒロの言うような騎士団とやらであれば当然のことだが、それ以外の連中だった場合には、それ以外の方法で対応をする必要があるからだ。

 今回の場合は、どう見ても、それ以外の対応に発展する可能性が高い。


「お前達のような得体の知れない連中を、中央の方々に会わせるわけにはいかん」

「だからこそ、お会いしてきちんとお話をさせていただきたいのです。我々が、ここに居る理由を」


 長良は、根気強く説得を試みたが、タケヒロはまったく聞く耳を持ってくれなかった。


「もう用事済んだろう? さっさと帰ってくれんかね」

「……分りました。お手間を取らせました」


 これ以上に説得は不可能と感じた長良は、タケヒロに頭を下げると、その場を後にした

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