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「長良だ。……そうか、わかった」
長良は電話の相手に二三指示を出すと、通話を終えた。
その様子を、カエデが興味深そうに見守っている。
「カエデさん。申し訳ありませんが」
言いにくそうにしている長良の表情に、カエデは理解した。
「逃亡した野盗が見つかったのですね」
「ええ。その通りです。お手数ですが、確認をお願いできますか?」
申し訳なさそうに声を潜める長良に、カエデは表情を曇らせながらもしっかりと頷いた。
「間違いありませんか?」
「は、はい。服装に見覚えがあります……」
長良が指し示した「それ」から顔を背けながら、カエデは青い顔で頷いた。
「これで全員っすかね」
「そうだな」
確認するように呟く橘に長良は頷いた。
カエデ達を捕えていた騎士団を称する野党達は、その殆どを捕縛したものの、若干名の逃走を許してしまった。
その後の付近の捜索によって、何人かを発見したが、一人として五体満足で発見された者はいなかった。
今回発見された最後の一人も上半身の一部だけだった。辛うじて原型を留めていた顔の一部と衣服の切れ端から、村の住人では無いことがわかり、カエデや収容中の野盗達に照会し、それが連中の生き残りであると判明した。
これまでに発見された他の野盗同様、周辺の山野に潜む丸蟲の餌食となったのだろうと思われ、駆除の最中に発見されたものだった。
「カエデさん、ありがとうございます。もう結構ですよ」
「は、はい……」
カエデは付き添いの女性自衛官に伴われて、二人の前から退席していった。
長良は立ち去るカエデの背に同情の目を向けた。
捕らわれていた女性の中で、彼女以外に確認できる者が居なかったため、身元不明の死体が発見されるたびに、面通しを頼んでいたのだ。
毎回人体の大半が欠損している死体と対面させられる彼女の精神的な疲労は、並大抵のものではなかっただろう。
度重なる災害派遣を幾度も経験し、ある程度の覚悟が出来ているはずの自分達自衛官でさえ、それほど平静ではいられない。
しかも、彼女の場合はそれだけではない。その野盗共の慰みものとして、屈辱的な仕打ちを受けてきたのだ。
「よし。さっさと報告書を纏めるぞ」
「うぃっす」
取り逃がした野盗全員が既に死亡していることが確認され、懸念されていた治安の問題はひとまず片付いた。
あとは、長良の報告を纏めた加古陸将補が防衛省に報告を上げ、政府の判断で国民に発表されることになるだろう。
これまでに発見された野盗の死体も、発見され次第、それほど時を置かずして発表されていたが、そのたびに「自衛隊の対応に問題があった!」「内閣総辞職だ!」などと鬼の首を取ったかのようにマスコミや特定野党が発狂しするのが、最近の日本の年中行事となっていた。
「解散総選挙だ!」と言わないところが、政党支持率が低く、選挙に勝てないことを自覚している彼らの無様さと姑息さの顕れではあるのだが。
「あと一週間ぐらいだったか? カエデさんのお迎えとやらが来るのは」
カエデの元にお仲間の本当の騎士団から先触れが届いたのは、彼女が式神を放ってから半月ほど経ったころだ。
返信内容は簡潔で、『現地の治安維持に努めよ』という一文が認められているだけだった。
「どうやら、私の報告は信用されていないようです。無理も無いことですが」
カエデがそう言って苦笑していたことを長良は思い返した。
何しろ彼女は、任務中に襲撃を受けて行方不明になっているのだ。
襲撃した相手に捕らわれ、都合の良いように発言を強要されていると見られても仕方が無い。
「今度は本物の騎士団ってことで良いんすよね」
「そうあってほしいところだな」
本物であることは当然だが、敵意をもたれる様な真似は絶対に避けなければならない。とはいえ、最悪の事態に備える必要はある。
「彼女のたっての願いで、騎士団との交渉はカエデさんに一任することになっている」
「大丈夫なんすかね。心配っす」
「もちろん、丸投げするわけじゃない。俺達も立ち会うし、前回同様、周囲に部隊を伏せてはおく」
野盗との戦闘で、騎士団の主力兵器であるロボット――魔操冑機の戦闘力はある程度把握できていた。防御力に関しては、正面装甲は35mm弾の攻撃にある程度耐えることが出来るようだったが、背面や関節部は脆弱であることが分かっていた。特に機構が複雑な関節部の脆弱性が顕著で、上手く命中させることが出来れば、89式小銃の5.56mm弾でも損傷を与えることが出来るのは、先の戦闘でも実証されている。
更にカエデから、余程大規模な戦争でもなければ、コスト面の問題で大量に動員されることは無く、通常の巡察任務などでは、一個小隊で行動するとの情報も得ている。ちなみに一個小隊の構成は、魔操冑機四機と歩兵や支援要員が合わせて70名前後だという。
そのうち、魔操冑機一機につき支援要員が10名前後。その内訳は、機体の整備と操縦士である騎士の世話係が半々ぐらいとのことだった。
それを考えると、野盗達はかなりの無茶をして三機の魔操冑機を騙し騙し運用していたことになる。女性の身でその整備をほぼ一人でやらされていたカエデの負担は相当なものだっただろう。
「正規の騎士団が引き連れてくる魔操冑機は四機。現時点での戦力評価なら、戦闘になっても勝つことは出来るだろう」
「でも、俺達が実際に対峙したのは、正規の騎士団で運用されているまともな状態の機体じゃなかったわけっすからね。あまり過信は出来ないっすよー」
「鋭いじゃないか。橘のくせに」
小馬鹿にする言い方をしたものの、橘の洞察力に内心舌を巻いていた。
「相手がなんであろうと、セツコちゃんのために命を賭けるだけっすよ!」
しかし、続くその言葉に、すぐさま考えを翻す。やはり、橘は橘だと。
「お前な。再三言っているが……」
「心配無用っす! まだ清い関係っすから!」
まだとはなんだ、まだとは。何か間違いが起きてからでは遅い。何か間違いが起こる前に、日本に送り返したほうが良いのかもしれない。長良は真剣に橘の配置換えを上申しようかと考えた。
それから、カエデの言う予定日までの間、第一外地では別段大きな問題が発生することも無く、それなりに穏やかな日々が続いた。
頑迷な長老連中は相変わらず非協力的ではあったが、前回の失態があるせいか、長良達自衛隊のやることに殊更に異を唱えることはしなかった。邪魔をせず大人しくさえしていれば実害は無いため、長良は戦略的放置を決め込むことにしていた。
「そういえば、二尉。カエデさんとはどうなんすか?」
「藪から棒に何のことだ?」
「ええー? 気付いてなかったんすか? カエデさん、ぜったい、二尉に気があるっすよ!」
訝しげに振り返った長良の目に映ったのは、明らかに何かを勘違いしているようなニヤニヤ笑いだった。
まったく、この馬鹿は。何でもかんでも色恋沙汰に結び付けやがって。思春期のガキじゃあるまいし。
いったい、自分と彼女の間に、いつそんな空気があったというのか。
「もう、二尉ったら。そんなことだから、女性と長続きしないんすよ~?」
「やかましい。任務には何の支障もない」
とりあえず、橘を殴っておくことにした。