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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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「すると、この魔操冑機の装甲は、丸蟲の仲間のものが使われていると?」

「はい。通常の丸蟲よりも巨大な大甲蟲(だいかっちゅう)の殻が使用されています。それを加工し、コアからの魔力伝達効率を上げる繊維を張り巡らせ、装甲材質として用います」

「アニメに似たようなのがいたっすね! オーラの力で戦うロボっす!」


 長良と橘の目の前には、騎士団と称する野盗の一団が使用していた魔操冑機のうちの一体があった。その時に発生した戦闘で、長良が|パンツァーファウストⅢ《110mm個人携帯対戦車弾》で撃破した機体だった。

 他の二体については、一体が報道公開用、もう一体が研究用として、門を通じて日本に持ち出されていたが、残る一体が、現地の自衛官が魔操冑機について学ぶための教習用として残されていた。

 長良と橘の二人に説明しているのは、野盗に捕らわれ、無理矢理魔操冑機の整備をさせられていた女性だ。

 神社の神職が身にまとう狩衣のようなデザインのゆったりとした服装の彼女の左腕の部分には、彼女が本来所属していたと思われる騎士団の徽章がが縫い付けられている。


「ところで、カエデさん。お身体の具合はどうですか?」

「はい。おかげさまで、すっかり回復しました」


 風に靡く黒髪を撫で付けながら、カエデと呼ばれた女性は薄く微笑んだ。

 野盗捕らわれ、筆舌に尽くしがたい扱いを受けていたにもかかわらず、そんな素振りを少しも感じさせない。

その気丈さが、長良には痛ましく思えて仕方が無かった。

 彼女と同じような目に遭っていた女性達のうちの何人かは、未だにショック状態から回復しない者もいる。

 自衛隊に積極的に協力を申し出てきているのも、それを忘れたいがためなのではないかと、長良は考えていた。


「あまり無理をなさらないでください」

「ええ。お気遣いありがとうございます。ナガラ様」


 カエデは、騎士団の輜重隊に所属する魔操冑機の整備を担当する技官の一人だった。三機の魔操冑機を輸送中に、例の騎士団と称していた野盗共に襲われたのだ。

 比較的治安の安定している地帯だったため護衛の数は少なく、またその錬度も高くは無かった。突然の奇襲も相俟って、護衛の兵は皆殺しの憂き目に遭い、女性でかつ、魔操冑機のメンテナンスが出来るということで、生き長らえることが出来たのだ。

 その後の経緯を詳しく聞いたわけではなかったが、大方の予想はつく。

 奪った魔操冑機を使って、行く先々で騎士団を装っては村を襲い、女性を拉致していたのだろう。

 もし、自衛隊がこの村に駐屯していなければ、同様の悲劇が繰り返されていたに違いない。


「……コアを起動していない状態での装甲強度は、大甲蟲のそれと変わりません。そのため、人の力でも破壊できないことはありません」

「ふむ」

「しかし、稼動状態にあれば、装甲強度は飛躍的に向上し、少なくとも魔操冑機以外の兵器で害することは出来ません。そのはずでした」


 言いつつカエデは、魔操冑機の残骸から視線を外した。

 その先には、土煙を上げながら、畦道を装甲する87式偵察警戒車(87RV)の姿があった。村に侵入する恐れがある丸蟲の警戒に向かうところなのだろう。87RVは村人の近くで速度を緩めると、車体上部のハッチから顔を出した車長が、手を振る村人達に笑顔で応えているのが見えた。

 偽騎士団の一件以来、「魔操冑機よりも強い魔法馬車」として、村の人々に大人気だ。


「あれは、凄いものですね」


 その呟きには、感嘆というよりも、畏れのようなものが含まれているように、長良には感じた。

 もしそうだとしても、長良には彼女の心境はよく理解できた。

 この世界の軍隊である騎士団にとって、魔操冑機はいわば虎の子の主力兵器なのだろう。それが、得体の知れない連中の使う兵器に、あっさりと無力化されてしまったのだ。危機感を覚えるなというのは無理な話だ。

 偵察車両に過ぎない87RVなどより、火力だけなら出番の無かった10式戦車(10TK)のほうが強大である事を知ったら、どう思うだろうかと、長良は考えた。


「あれが、魔力以外の力で動いているなんて、未だに信じられません」


 そう言うとカエデは、87RVに向かって両手を突き出すようにして、長良や橘では発音できそうも無い不思議な韻の音を唇から発した。

 それと同時に、彼女の両手にうっすらと淡い光が燈るのが見える。

長良と橘は、魔力を感知するための魔法と聞かされていた。


「やはり、何度試しても、一切の魔力が感じられません。不思議なものです」


 カエデの言葉に、長良と橘は顔を見合わせて微妙な笑みを浮かべた。

 カエデの話から、この世界では、ごくごく簡単な道具以外には、基幹部分に必ず魔力コアが使用されていると聞いていた。

 そのため、魔力に関わる才能がある者は、希少で特権的な立場にあるらしい。

 かくいうカエデ自身も、代々優秀な魔法使いを輩出してきたミスラ家という名家の出身だと聞いていた。

 ミスラ・カエデというのが彼女のフルネームで、日本などの東洋圏同様、苗字が名前の前に来る様式だった。


「我々からしてみれば、魔法の存在のほうがよほど不思議なのですがね」

「そうっす。俺達の世界にはそういう便利なものは無いっす」

「便利……ですか。そう呼べるほど、万能ではありませんが」


 無邪気な橘の言葉に、今度はカエデのほうが微苦笑を浮かべた。


「この技術が私達の国に広まれば、魔法の優位性は確実に失われてしまうでしょうね」

「ご心配なく。我々にそのような意図はありません」

「ええ。わかっております」


 慌てて言い募る長良に、カエデは微笑みながら頷いた。

 魔法を自在に操れる人間は、この世界では特権階級のようだ。それが故の様々な権益も保有していることだろう。

 魔力が必要の無い高度な工業製品などというものが出回れば、それを脅かす存在になるのは火を見るより明らかだ。

村の人々との交流においても、車両などの高度な工業品の供給は行わず、鍬や鎌などの鉄製の農器具や、日本を始め地球では常識となっているような農業知識の供給程度に留めていた。

 もっとも、それすらもカエデの目からすれば、驚嘆に値するものではあるのだが。

 今後の日本政府の対応次第にはなるだろうが、もし外地にそういった品々を輸出することになったとしても、慎重を期す必要があるだろう。長良達自衛官の考えることではないが。


「ところで、カエデさん。お迎えが到着するのはいつ頃になりそうですか」


 カエデが意識を回復し、長良らと会話が出来るまでに回復したのはつい先日のことだが、数少ない正規の騎士団の生き残りである彼女が、式神を使って本部に救援を要請したのだ。

 式神に託すことが出来る情報量は限られているらしく、現在の状況を詳細に記すことは出来なかったが、これまでの経緯と自衛隊に保護されていることは何とか入力することが出来たとの事だった。


「そうですね。屯所からは随分離れているので、一ヶ月弱は時間が必要です」

「一ヶ月、ですか……。長いな」


 予想以上の日数に、長良は言葉に詰まった。

 一ヶ月もの長期間の間、捕えた野盗共を拘束し続けるのは中々に骨が折れる。それは野盗だけではなく、カエデを始めとした保護した被害者達に対しても言えることだ。

 扱いが非常に難しい問題で、一時的な措置ということで誤魔化してはいるものの、期間が長引けば長引く程、国内の反日勢力の生き残りが息を吹き返して、人権を盾に騒ぎ出す可能性も高い。

 かといって、この村の人々に野盗の監視や被害者女性のケアを押し付けるわけにも行かない。


「申し訳ございません。ご迷惑をお掛けします」


 長良の態度からある程度の事を察したのか、カエデは心底申し訳なさそうに頭を下げた。


「あ、いや。そういう意味ではありません。ただ……」


 うっかり吐露してしまった自分の心情に、長良は慌てて言い訳染みた事を口にした。


「ご家族やお仲間が心配しているでしょう?」

「家族、ですか。そう、ですね……」


 カエデは薄く微笑んだまま、無言になってしまった。

 もしかして、何か地雷を踏んでしまったのだろうか。橘の責めるような視線が痛い。

 長良が判断に迷っていたその時、絶好のタイミングで携帯の呼び出し音が鳴った。

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