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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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 ネプテスは、主に医薬品を扱う行商人だ。

 まだ二十そこそこの若い女ではあるが、扱うものがモノだけに、それなりの修羅場は幾度となく潜って来ている。

 何しろ、薬は毒にもなりうるわけで、そういった入用を求めている連中との取引は、時には命の危険すらある。

そんな彼女にとって、疫病や戦争、災害の発生は絶好の商売のチャンスに他ならない。

 もちろん、自分が命を落とす可能性があるが、儲け話にリスクは付き物だということは割り切っているし、切り抜けるだけの才覚があるという自負が無ければ、そもそも商人などやってはいられない。

 辺境の漁村バーゲンで、海老背病が発生したという噂が彼女の耳に届いたのは、数週間前のことだ。

 海老背病は、治療法が判明していない恐ろしい病気で、発症すればほぼ助からない死病と恐れられている。

 この病にかかると、突然泣き笑いのような顔になって、涎と涙を垂れ流しながら、病名の由来のように、海老が身体を折り曲げるように何度も何度も背中を仰け反らせながら、苦痛と苦悶の果てに命を落とす。

 時には背骨が圧し折れてしまう時もあるらしく、患者だけではなく、その様子を見る者にとっても、恐怖と絶望を抱かせる恐ろしい病だ。

 身分の低い者だけが罹患する病気ということもあって、あまり熱心に治療法の研究などが進んでいない。

 貴族の中には、卑しい者だけがかかる業病だと言う者まであるが、ネプテスにとって、そのあたりはどうでもいいことだ。

 唯一つ分っているのは、この病気が他の流行り病とは異なり、人には伝染らないということだ。

 お陰で、何の気兼ねも無く村に薬品を卸しに行ける。

 バーゲンは貧しい漁村ではあるが、沖合いに点在する岩礁に生息する貝類からは、村の収益の大部分ともいえる質の良い真珠が採取できる。

 効果すら定かではない二足三文の適当な薬を売りつけ、料金の替わりに村の貴重な財源である真珠をたんまりと頂くのだ。こんなぼろい商売は無い。

 光物に目の無い王都のお貴族様は、こちらの言い値でいくらでも金を出してくれるのだ。

 野宿を終えたネプテスは、意気揚々と街道を村のほうへと向かって行った。

 やがて彼女は、村を見下ろすことが出来る切り立った崖の上に出た。そこで、村の様子がおかしい事に気付いた。

 疫病が流行っているにしては、村の様子があまりにも普通なのだ。

 今までなら、傍目に見ても陰鬱とした死の香りが漂っていたものだが、そういったものが一切感じられない。

 村内の家々からは、朝餉の支度を行う竈の煙が立ち昇り、浜辺では、男達が小船を押して、今まさに出漁しようとしているところだった。


「……なんだい、ありゃ」


 おかしなところは他にもあった。

 村の外れに幾つも立ち並ぶ白い天蓋と、その周囲で動き回る奇妙な服装の人間達。

 テントの周囲には、オリーブ色の荷馬車のような車が何台も並んでいる。

 いや、そもそも、あれは本当に荷馬車なのだろうか。

 確かに、黒くて幅のある車輪のようなものが付いてはいるが、あんなものをどうやって馬で曳くのだろうか。

 砂浜から海のほうに目をやったネプテスは、更に驚愕した。なぜなら、沖合には灰色の城のようなものが浮かんでいたからだ。

 それが、船なのだと認識するまでに少し時間を要した。 彼女の常識にある船とは、色も形もまるで違うのだから仕方が無い。

マストらしきものはあるが、どこにも帆らしきものが見当たらないのだ。

 ガレーのような櫂船かとも思ったが、それならば、舷側からいくつものオールが突き出しているはずだし、櫂船だからといって、帆が全く不要というわけでもない。

 しかし、そんな根本的なことよりも、特筆すべきはその大きさだ。キャラック船どころか、ガレオン船などよりもはるかに大きい。

 帝国の軍港で、皇帝の肝入りで建造された一四〇門もの大砲を備える戦列艦を見かけたことがあるが、それすらも、あの巨体の前では霞んで見えるほどだ。

 その灰色の船のようなものは、数えてみると全部で七つもあった。

 うち二つは似たような形で、マストのような柱が聳える構造物が中央にあり、それ以外は何の障害物も無く真っ平らだった。

 他のものは、甲板中央付近にマストと構造物があるのは同じだが、先の二つとは異なり、上甲板前方から筒のようなものが一本飛び出しているものや、筒が二本飛び出しており、後ろ半分が平らなもの、構造物の周囲にまるで目のような、六角形の模様がついているものなど、どれ一つとして同じ形のものは無かった。

 どの船もだが、船尾の旗竿と思しき棒には、昇る太陽をあしらっているかのような旗が、高々と掲げられていた。

 軍旗なのだろうか。だとすると、あれは戦船ということになるが、彼女の記憶には、あのような意匠の旗は無い。

 彼女がその船と思しき灰色の物体を眺めていると、そのうちの一隻、中央以外の上甲板が平らな船の船尾が、蓋のように開いていくのが見えた。

 その様子は、彼女の目にはまるで、城門に掛かる跳ね橋が下りて来るように見えた。

 いったい何が始まるのかと固唾を呑んで見守っていると、下りきった跳ね橋のような扉の向こうから、水飛沫と轟音を上げながら、小さな船が姿を現した。

 大きさはそれほどでもない。バルシャと同程度ぐらいだ。

 しかし、黒い縁取りで覆われたその平たい船のようなものには、やはり帆も櫂も見当たらなかった。

何よりも彼女の目を奪ったのは、その驚くべきスピードだった。波を蹴立てて水上を疾駆するそれは、帆船や漕船で実現可能な速度ではなかった。

 そしてやはり、その船のようなものの側面には、昇る太陽のような意匠の印が描かれていた。

 荷台と思しき中央部分には、浜辺のテント前に並んでいるのと同じような、オリーブ色の荷馬車が数台積まれていた。

 出漁しようとする漁師達に特に恐れる素振りは見られず、中には笑顔で手を振っている者までいた。

 黒い縁取りで覆われた小船は、そのまま砂浜に乗り上げてしまうが、座礁したわけでは無いようだった。

 乗り上げた小船からは、積んであった荷馬車がひとりでに動き出して、砂浜をテントのほうへと疾走していった。

 よく見ると、荷馬車の前方に人が乗っているのは確認できるが、どうやって動いているのか不思議でならない。

 あるいは何か、人知を超えた魔法の産物だとでもいうのだろうか。

 しばし呆然とその光景に見入っていたネプテスだったが、すぐに我に返った。

 こうしてはいられない。アレが何なのか、間近で確認しなくては。

 村人達が恐れていないのであれば、少なくとも危険なものではないのだろう。

 うまくすれば、新たな儲け話になりうるかもしれない。

 ネプテスは慌てて野宿の後片付けを行うと、すぐさまバーゲンへ続く崖沿いの道を降りていった。

 彼女が立ち去った後、沖合いでは灰色の巨大船が、跳ね橋ような扉の向こうから、二隻目の小船を吐き出していた。

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