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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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 バーゲンは蜂の巣をつついたような騒ぎに見舞われていた。

 上空を飛び回っていた奇妙な物体は引き返していったが、巨大な筏のような物体は、水飛沫を上げて砂浜に向かってくる。

黒く分厚い縁取りのようなもので囲まれたそれは、櫂で漕いでいる様子も無いのに、波を蹴立てながら物凄い速さで浜に向けて驀進してくる。


「は、早く! 早く陸に上がるんだ!!」


 浜辺で出漁準備をしていた漁師や女達は、漁具を放り出し、ほうほうの体で、砂浜から村へと続く小高い陸の上に避難した。

 一同が、陸の上から固唾を呑んで見守る中、迫り来る巨大な筏は、スピードを落とさずに砂浜に乗り上げてきた。

 何万匹もの羽虫が飛び交うような騒音を立てながら、放置された漁具を吹き飛ばし、やがて停止した。

 もう一隻の筏も、同様にして砂塵を巻き上げながら、砂浜に乗り上げて停止していた。


「と、止まったぞ……」

「畜生、網が滅茶苦茶じゃねえか!」


 そこかしこから、驚愕と怒号の声が上がった。

 舞い上がる砂煙が収まると、先程までの騒音が嘘のように、二隻は沈黙していた。

 漁師達が、固唾を呑んで成り行きを見守っていると、その巨大筏に動きがあった。

 艀のように筏から板が渡されたのだ。

やがて、城門の跳ね橋が開くようにして、筏から艀のように渡された。

 その向こうには、見たことの無い茶色い物体が幾つも並び、その周囲には、奇妙な斑色の薄汚れたような服装の人間が動き回っているのが見えた。しばらくすると、そのうちの何人かが砂浜に降り立った。連中は筏のほうに合図をすると、その上に並んでいた茶色の箱のようなものが次々と動き出した。

 箱の下には車のようなものがついているところを見ると、荷馬車か何かのようなものらしい。透明な仕切りの向こうに、人が乗っているのも確認できた。だが、馬が引いているわけでもなければ、背後から誰かが押しているわけでもないのに、かなりの速さで、車輪のついた奇妙な箱のような物体は、次々と砂浜に降り立っていった。通り過ぎた後には、彼らが知る馬車とは明らかに違う奇妙な轍が残されていた。

 二隻目の筏からも艀のようなものが渡され、こちらからは、やや形状の違う荷馬車が同じように動き出していた。

 中には、車輪が両側合わせて8個ついている縦長のものもあった。


「お、おい。どうするんだ、あれ」

「ど、どうするって言われても……」


 彼らが戸惑っていると、側面に白地に赤い十字のマークがついている車から、誰かが降りてくるのが見えた。

 その姿を目にした彼らは、あっと声を上げた。


「あ、あれ! ナタールとナターシャじゃない!?」

「ほ、ほ、本当だ! あ、あいつら、無事だったのか!」


 絶望視されていた村の娘達の無事に、漁師達は沸きあがった。


「だ、だけどよ。一緒にいる連中は何なんだ……?」

「俺が知るわけ無いだろ!」


 漁師達が顔を寄せ合っていると、どうやら、姉妹が彼らに気付いたようだ。

 彼らのいる丘の上に向かって、妹のナターシャのほうが、笑顔で大きく手を振っているのが見えた。


「おーい、みんなー!!」


 漁師達は互いに顔を見合わせる。


「……どうするよ?」

「行くしかないだろ」

「だよな……」


 漁師達は頷き合うと、砂浜のほうへと向かった。


「ナタール! ナターシャ! あんた達、良く無事で……!!」


 村の女の一人が、感極まったように二人に駆け寄った。


「と、ところで、一緒にいる連中は……」

「騎士団の人達よ。私達を助けてくれたの」


 ナタールは明るい表情で言った。

 村の女は怪訝そうに、少し離れた位置で佇んでいる連中に目を向けた。

 斑模様の奇妙な出で立ちが、彼女の目には薄汚れてみすぼらしく見えた。

 この連中が騎士だって。山賊のほうがまだしっくり来るのではないのか。

 その連中は殆どが男のようだったが、姉妹の傍にいる二人は女だった。

 その二人の女は、斑服の男達異なる格好だったが、奇妙という点では同一だった。

 一人は、目に眩しい白い白衣を着ており、もう一人は青一色の動きやすそうな格好をしている。


「すごいんだよ! 海の上にお城があるんだから!」


 興奮気味に言ったのは、妹のナターシャのほうだ。

 海の上に城だって。いったい、この娘達は何を言っているのだろうか。

城持ちの騎士団というだけでも一目置かれる存在で、この辺境の村でも名が知れている存在だ。

 海の上に城を持つ騎士団など、そんなものが存在すれば、耳に入っていないはずが無い。

 もしや、この村を拠点にしようとしている海賊の類で、姉妹は利用されているのではないのか。


「ねえ、おばさん。お医者さんも連れてきたの。父さん達やみんなの病気を治せるかもしれないの!」


 海老背病を治す? ますますもって、胡散臭い。

 あの病気は、発症したら死ぬのを待つしかない不治の病だ。

 王都からの行商人が持ち込む高価な薬でさえ、気休め程度の効き目しか無いというのに。

 女が警戒の目で見つめる中、白い服の女が僅かに腰を折り、姉妹の耳元に何かを囁いた。

 聞いた事の無い奇妙な韻の言葉だった。

 姉妹は女の言葉が分かるのか、二言三言言葉を交わした後、彼女のほうへ向き直った。


「急がないと手遅れになるかもって! 村に入れても良いでしょう?」


 沈黙していると、今度はもう一人の青い服を着た女が、姉妹に何事か話しかけた。

 その女の言葉も、やはり聞いた事の無い言葉だった。


「壊しちゃった網もちゃんと弁償するって!」

「……まあ、なんだ」


 それまで沈黙していた男達の一人が口を開いた。


「ここで押し問答しても始まらんだろ。二人を助けてくれたことに変わりは無いんだしよ」

「だけど……」


 女は尚も言い募るが、今度は別の男が口を開いた。


「どっちにしろ、この有様じゃ、暫く漁は無理だ。話を聞くだけでも良いだろう」

「まあ、確かにそうだね……」


 村の女達は、未だに不安そうではあったが、不承不承といった体で頷いた。

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