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「ユニフォーム1が発艦しました」
「おう。そろそろ出番だな」
『おおすみ』に向けて飛び立つ姉妹達を乗せたUH-60Jを目で追いつつ、球磨と那珂は言葉を交わした。
姉妹は、ヘリで『おおすみ』に向かった後、LCACに乗り移り、仁淀や医務官らと共に、彼女らの村である漁村にビーチングする予定だ。
那珂と球磨のAH-1Sは、もう一機のAH-1SやSH-60Kなどと共に、LCACの護衛に就くことになっている。
再度、海獣に襲われた際を考慮し、AH-1Sには機首の30mmチェーンガンのほかにBGM-71 TOW対戦車ミサイルが、相手がSH-60Kには不審船対策用の対艦ミサイルAGM-114Mヘルファイアと、相手が潜水可能な点も考慮し、97式短魚雷やディッピングソナーを搭載していた。
姉妹や仁淀達を乗せたUH-60Jは、何の問題も無く『おおすみ』の後部飛行甲板に着艦するのが見えた。
一方、『おおすみ』に着艦したUH-60Jからは、姉妹が仁淀らと共に降り立った。
先程まで自分達が乗っていた『ひゅうが』と似て非なる『おおすみ』に、二人は興味深そうに甲板上を見回していた。
「さあ、いきましょう」
仁淀は姉妹を促し、甲板エレベーターより艦内へと入った。
第四甲板の車両格納庫を通って、LCACの収納場所へと向かう。
姉妹は、格納庫内に整然と並ぶ迷彩塗装の陸上自衛隊車両の威容に目を丸くしている。
「ナタールちゃん、ナターシャちゃん。こっちよ」
仁淀は微笑みながら二人を手招きした。
彼女の指し示す方向には、ウェルデッキで待機する二隻のLCACの姿がある。
姉妹の目にそれは、巨大な筏のように見えた。
「あっ!」
そのうちの一隻のLCACの上に固定されているものが目に入り、ナタールは声を上げた。
それは、姉妹が那珂達に救助されるまで乗っていた、島に置き去りにしたはずの彼女らの舟だったからだ。
「貴方達の乗っていた舟でしょう。ちゃんと回収しておいたのよ。あれに乗って、舟も一緒に村に送り届けてあげるわ」
「あ、ありがとう!」
「ありがとー!」
「ふふ、どう致しまして。それじゃ、準備しましょうか」
「アルファ1。発艦を許可する」
『おおすみ』でLCACの発進準備が行われている頃、『ひゅうが』甲板上で待機する那珂らに発艦指令が下りた。
「よっしゃ。ようやく、出番だな」
「張り切るのは結構ですが、羽目を外さないでくださいよ」
「LCACを浜辺まで送り届けるだけだろ。外しようがねえよ」
誘導員の指示に従い、那珂は乗機を発艦させた。
発艦後、『おおすみ』の上空を旋回しつつ、LCACの発進まで空中待機する。
その間にも、もう一機のAH-1S、アルファ2や、ヘルファイアミサイルや対潜機材を装備したSH-60K、シエラ1、シエラ2も発艦を完了していた。
四機に先行する形で、既に二機のOH-1観測ヘリが発艦しており、少なくとも陸地までの水上には、予想進行ルートに障害となるような異常が見当たらないという情報はもたらされていた。
やがて、『おおすみ』の後部ハッチが跳ね橋のように開き、その向こうから水飛沫を纏いながら、LCACが姿を現した。
最初に発進してきたLCACの甲板には、姉妹の乗ってきた小舟と数台の陸上自衛隊のトラックが積載されていた。
その中には、赤十字マークをつけた救急車の姿もある。
あの車両のうちのどれかに、姉妹や仁淀達が乗っているのだろう。
間を置かず、二隻目のLCACも『おおすみ』の後部ハッチから発進してきた。
二隻目のLCACの車両甲板には、96式装輪装甲車や軽装甲機動車などの比較的装甲の厚い車両が積載されている。
四機の護衛ヘリは、LCACの前方を囲むようにして、周囲を警戒しながら飛行する。
二機のSH-60Kは、ディッピングソナーを投下し、海中からの大海蛇の襲来に備えていた。
懸念していた大海蛇の襲撃は無く、二隻のLCACと護衛のヘリは、徐々に陸地へと近づいていった。
帝国辺境の漁村であるバーゲンは、重苦しい淀んだ空気に包まれていた。
辺境で暮らす者にとって最も恐ろしい病気の一つ、海老背病が発生したからだ。
この病にかかると、突然泣き笑いのような顔になって、涎と涙を垂れ流しながら、病名の由来のように、海老が身体を折り曲げるように何度も何度も背中を仰け反らせながら、苦痛と苦悶の果てに命を落とす恐ろしい病だ。
「あいつら、戻ってこなかったなぁ……」
出漁の準備をしながら、漁師の男は呟いた。
昨日、周囲が止めるのを振り切って出漁していった姉妹が戻ってこなかった。
両親が揃って海老背病にかかって動けなくなってしまい、それを助けるための行動だった。
「ん……?」
水平線の向こうに、男は何かを見つけた。
額に手をあてて庇をつくり、前方に目を凝らしてみる。
何かが、物凄い水飛沫を上げてこちらにやってくる。
水飛沫は一つだけではなく、二つあった。
それだけではなく、その水飛沫を上げる何かの上空を、奇妙な物体が浮遊していた。
「なあ。あれ、何だと思う?」
「あん? なんだありゃ」
隣で漁具の準備をしていた仲間に声を掛けた。
声を掛けられた仲間も怪訝そうに眉を顰める。
あまりにも現実離れした光景に、二人だけではなく、同じように出漁の準備をしていた仲間達も、呆けたようにその光景を見守っていた。
「なあ。あれ、ここに向かっているよな」
「そう見えるな」
「ここに居たら、ヤバくないか……?」
口にした男は、自分自身の声でハッと我に返った。
そうしている間にも、轟音はどんどん近づいてくる。
「や、やべえ! に、逃げろ!!」
「網広げたままだった!」
「ほっとけ! 死にたいのか!」
そんなやり取りを続ける間にも、水飛沫を上げる謎の物体は、刻一刻と砂浜に近づいていた。
「すげえ、騒ぎになってるな」
「まあ、しょうがないですよね」
上空からその様子を見下ろし、那珂と球磨は嘆息した。
漁師らしき人間が、漁具を放り出し、ほうほうの体で砂浜から逃げ散っていく様子が見えていた。
「こちら、LCAC。これより、ビーチングを開始しようと思う。上空からの様子を教えて欲しい」
「こちらアルファ1。漁師らしき人々が作業をしていたが、全員退避しているように見える。ただし、網などがの漁具が放置されている。上陸には注意されたし」
「了解した。これよりビーチングを開始する。護衛感謝する」
「アルファ1、了解。これより帰艦する。幸運を」
壊した漁具の弁償はどうするのかな、などと考えながら、那珂は帰艦のため、乗機の機首を巡らせた。