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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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 ある日、富士の裾野に所在する陸上自衛隊西富士駐屯地が、忽然と姿を消した。

 突然の異常事態に日本国内は騒然となり、『日本陸軍キャンプが消失!』などというテロップで、海外でも特番が組まれるほどの大騒動になった。

 情報収集や事態の確認に右往左往する日本政府と自衛隊、チャンスとばかりに与党の責任問題を追及しようと目論む野党、オカルト的な騒動を引き起こすカルト教団などで国内の混乱は最高潮に達し、あわや、非常事態宣言が発動されるのではといった矢先のことだった。

 件の陸上自衛隊駐屯地は、何事も無かったかのように、以前と変わらぬ姿で、全く同じ場所に再び姿を現したのだ。

 異世界の住人と、異世界へと繋がる恒久的な門と共に。

 行方不明になっている間、駐屯していた陸上自衛隊の部隊は、異世界の住民と平和的に接触して友好関係を築くことに成功しており、門の向こうの住人達は、多少の程度の差はあれ、非常に友好的だった。

 その異世界の住人達というのが、狼の耳に酷似した動物の耳と尻尾を持っていたということが、騒動に拍車をかけることになったが、彼らのメンタリティーや生活様式が驚くほど日本人に似通っていたため、国民には意外なほどすんなりと受け入れられた。

 日頃から日本人が慣れ親しんでいるサブカルチャーの影響が大きかったおかげといえるだろう。

 異世界へ繋がる門は、再出現した駐屯地の営庭に出現しており、その存在は世界的な大ニュースとなった。

 どの国もこぞって門の先に存在する新天地に食指を伸ばそうと試み、日本政府に大小様々な圧力をかけてきた。

 同盟国ヅラして、まるで当然の如く一枚噛もうとする国、国連の名の下に管理しようなどと言い出して、自国軍を日本に駐留させようとする国、日本国内の「平和主義者」を煽動して、門の管理を息のかかったNGO団体に委ねさせようと画策する国、何故か謝罪と賠償を要求してくる国など、挙げればキリが無い。

 日本政府は、お得意の玉虫色の対応で、ハイエナのように群がる各国からの攻勢をのらりくらりと躱しながら、門の先にある異世界との交流に注力していた。


「自衛隊の異世界に対する武力行使はんたーい!」

「自衛隊は、今すぐ異世界を開放しろー!」


 西富士駐屯地へと続く公道の脇では、目に痛い原色の幟を掲げた「平和主義者」達がデモを行っていた。

 人数自体は大した事は無く、60代以上の老人(エリート)が十数人程度、といったところだ。

 炎天下の中、自衛隊の車列に向かって、盛んにシュプレヒコールを上げている。

 どうやら、自衛隊の車両が通りがかるたびにやっているらしい。


「このクソ熱い中で、よくやるもんだ」


 73式小型トラックの助手席から一瞥し、長良二尉は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 横断幕の中に「ヘイトスピーチ反対!」だとか「反原発」などと明らかに無関係なものが混じっている事については、失笑するしかない。


「これでも、ちょっと前に比べれば、随分と大人しくなったもんですけどね」


 ハンドルを握っている橘三曹が暢気に答えた。


「まあな。俺達が戻ってきてすぐの頃は、もっと酷かった」


 陸上自衛隊駐屯地の消失と帰還。そして、開かれた異世界への門。

 それらの熱狂がある程度収まると、今度は門の向こうで自衛隊が何をやっていたのかに焦点が向けられた。

 当時、訓練の関係で西富士駐屯地を訪れていた長良と橘は、当時所属していた普通科中隊と共に、異世界への転移と帰還を体験していた。

 異世界は巨大化した虫が人間の生活を脅かす異質な世界だった。

 不測の事態に直面した駐屯地司令は、自分たちの身を守るため、そして偵察によって近くに存在することが判明した村を守るため、災害派遣の害獣駆除名目で武器使用を許可した。

 自衛隊の活躍で、隊員にも現地の人々にも奇跡的に死傷者が出なかったのだが、自衛隊が武器使用を行ったということで、その手の団体が騒ぎ始めたのだ。

 自衛隊が害獣駆除目的で武器を使用したことは、多くは無いが過去にも事例がある。

 しかし、たかが虫退治のために、武器を使用したとは何事か、というわけだ。

 その虫というのが、全長が成人男性の身長にも匹敵する大きさの、食肉性の強い巨大ダンゴムシだったとしてもだ。

 一時期、駐屯地前は、往来が困難なほどに抗議デモを行う市民団体が押し寄せ、更にそれにカウンターを加える保守系市民団体や民族系右翼などで溢れかえり、双方から逮捕者を出すほどの騒ぎになったりもした。

 そんな混乱の最中、いくつかの国々で、日本に出現したものと同じような、異世界への門が現れ始めた。

 突如、自国内に現れた新天地への入り口にどの国も躍起になり、日本に構っているどころではなくなったのだ。

 国土だけは広い隣国も同様で、なんと国内に複数の異世界への門が出現したのだ。

 その前後から、何故か「平和主義者」によるデモの数と規模が目に見えて激減したのだが、偶然の一致なのだろうと、長良は皮肉っぽく考えていた。

 橘が運転する73式小型トラックは、罵声を浴びせたり中指を立てたりするデモ隊の前を悠然と通過し、正門より駐屯地内に入った。

 車体側面には、『第5次外地派遣隊』の横断幕が掲げられており、派遣任務が恒常化していることを示していた。

 「外地」とは、政府が設定した異世界に対する呼び名だ。

 元々は、大日本帝國時代の海外統治領を指す言葉であったため、「異世界を植民地化するのか!」などという場違いな批判が野党第一党から起きたりもしたが、内閣は「日本国外にある土地という意味でしかない」という答弁で一蹴していた。


「いつ見ても奇妙なもんだな」


 営庭に出来た門を眺め、長良は嘆息した。

 駐屯地が異世界から戻ってきた直後に形成された異世界への門は、営庭のど真ん中にぽっかりと口を空けている。

 その様子は、空間に穴が開いているとしか表現のしようがなく、どの方向から見ても、全く同じ大きさ・形に見えるのだから不思議だ。

 門の大きさは、横幅約4メートル、高さ約3メートル程度の大きさで、10式戦車一両が何とか通れるくらいと、あまり大きくは無い。

 横幅はともかく高さが意外と低く、外地への装備の持込には思いのほか手間取った。

 何しろ、陸自のワークホースである3.5t大型トラック(新型)でさえ、幌がつかえてしまうのだ。

 外せば何とか通過できるので、然程問題にはならなかったが、問題は他の装備についてだ。

 どうしても必要なものについては、分解して門をくぐり、向こうで組み立てるなどして持ち込む必要があった。

 ヘリなどはその最たるもので、OH-6程度の小型ヘリであれば、ローターを外せば、台車に乗せて搬入することが出来たが、UH-1クラスになると、そうもいかない。

 門を取り囲むように設置された検問所では、行き来する車両や人員の検閲が行われており、小型トラックは、そんな車列の最後尾に着いた。

 転移当時、中隊付幹部の三尉として害獣駆除に参加していた長良は、部隊間の調整業務に従事し、直接戦闘には参加していない。

長良は、自分達のやることを現地の人々に分りやすく伝えるためということで、総合火力演習的な演出をしてみてはどうかと上申した。

 これならば一目瞭然だし、あまり協力的ではない年寄り連中を黙らせることが出来ると考えたからだ。

 そして、発言者の常として、その演出とやらのお膳立てを一任されてしまった。

 長良は、本番の総合火力演習用にと用意されていたオーロラビジョンを、村からよく見える位置に設置した。

 FFRS(無人偵察機システム)からの偵察映像をオーロラビジョンに中継して放映するためだ。

 更に、見た目も威力も派手な99式155mm自走榴弾砲4両を、同じく目立ちそうな場所に配置した。

 状況が開始されたあとは、彼自らがマイクを手に、興味深そうに見守る村人達に向かって、司会進行の役もやってのけた。

 これがことのほか現地の人々――特に若い世代に好評を博し、その後の良好な協力関係に少なからず影響を与えた。

 その功績から二尉に昇進した長良は、現在では外地派遣隊の司令部付隊に身を置き、日本・異世界間の調整役として、新たに付けられた部下の橘と共に、日本と異世界を忙しなく行き来している。

 ちなみに、この時に使用された4両の15榴については、日本側に戻すことが困難なため、虫対策として現地に配備されることになった。

 長良の任務は、主に外地派遣隊の定時報告や需品の調達、現地での民生支援・宣撫工作、思想調査など多岐に渡っていた。

 思いがけず昇進してしまったことについては素直に嬉しかったが、こんなわけのわからない異世界なんぞとは、さっさとオサラバして、通常の部隊勤務に戻りたいというのが彼の本音だった。

 こんなことになるなら、あの時余計な口を挟むんじゃなかったと、若干後悔もしていた。

 ふと、運転席の橘に目をやると、車列が進まないのをよいことに、スマートフォンを弄り始めていた。

 橘も長良同様、転移から帰還した後に、陸士長から三曹に昇進している。

 長良の下につくまでは、普通科小隊の一員で、96式装輪装甲車の銃手として害獣駆除に参加していた。

 物怖じしない性格で、悪く言えばお調子者なのだが、現地の人々ともすぐに打ち解ける柔軟性を持ち合わせていた。

 長良とは対照的に、彼は外地での任務をそれなりに楽しんでいるクチだ。


「どうです、二尉。この子、可愛いでしょ?」


 長良の視線に気付いた橘は、人懐っこい笑みを浮かべながら、スマートフォンの画面をこちらに向けてきた。

 そこには、自撮り撮影と思われる画像があった。

 一人は橘で、その隣には、和服に似た服装の狼耳の少女が、はにかむような笑顔で映っている。


「セツコちゃんって言うんです。とっても良い子ですよ。料理も上手なんです」


 友人に彼女を紹介するような橘の口調に、長良は僅かに眉を顰めた。

 外地で仲良くなった少女なのだろうが、明らかに未成年だ。

 友好関係を築くのはいいが、無闇に深入りするのは感心できない。


「……どうでもいいけど、警務隊の厄介になるような真似はするなよ」

「やだなぁ、大丈夫ですってば……おっと」


 前の車両が移動を始め、橘はあわててスマートフォンを仕舞うと、車を前進させた。


「あ、そういえば、二尉。海のほうでも、門が見つかったって話、知っています?」

「ああ、海自の哨戒機が見つけたって話だろ。勘弁して欲しいよな」

「そうすか? 俺は面白いと思うんですけどねえ」


 お気楽そのものの橘に、長良は軽い頭痛を覚えた。

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