18
「いま、ここ。二人のおうち、どこ?」
六人掛けのテーブルの上に、即席で作成された沿岸部の地図を広げている。
仁淀が司令部に掛け合って借りてきたものだ。
なにぶん、急ごしらえのものなので、細部は正確ではないものの、大体の位置を確認する程度であれば支障は無いはずだ。
仁淀は笑顔を浮かべながら、出来るだけ簡単な単語を並べるようにして、二人に尋ねた。
姉妹は、目の前に広げられたそれをぽかんとした表情で見つめ、顔を見合わせて困惑していた。
「もしかして、地図の見方が分からないんじゃないか。もしくは、地図自体があまり一般的ではないのか」
「あるいは、極狭い地域の地図しか見たことが無いのかもしれませんね」
「うーん……困りましたね。あ」
仁淀は閃いたとばかりに、ポンと手を叩いた。
「それなら、ヘリから撮影した空撮映像を見せてみてはどうでしょう」
「なるほど。それは良いな」
那珂は賛同した。
大陸を発見したSH-60Kからの映像には、村らしきものが映っていた。
姉妹に自分の目で確認してもらえば、それが自分の村なのかどうかすぐに分かるだろう。
「司令部に掛け合って、プロジェクターを借りてきますね。手伝ってください、那珂二尉」
仁淀は腰を浮かせながら、那珂に向かって微笑んだ。
「何で俺が?」
「たまたま、目に付いたからです。それとも、私一人に運ばせるつもりですか」
「あー、はいはい。面倒くせえなぁ」
仁淀と那珂が席を立った。
「破傷風って、本当なんですか?」
二人の後姿を見送りつつ、那珂が医務官に問いかけた。
「症状だけを聞くとね。診ないことには断言できないけど」
医務官は、地図を見ながら、あれこれ話し合っている姉妹を横目に答えた。
「破傷風に良く似た未知の病気っていう可能性も、十分考えられるわ」
「……空気感染とかしたら嫌ですね」
「無いとは言えないのが、怖いところね」
そんなあまり愉快ではない会話を続けていると、那珂と仁淀がプロジェクターを運んできた。
那珂は食堂の壁をスクリーンに見立てるようにプロジェクターを設置する。
「こんなもんでいいか」
「それでは、再生しますね」
仁淀は、プロジェクターに接続したノートPC端末で、動画の再生を始めた。
動画の映像は、SH-60Kの機外カメラからのものだった。
発艦時から録画を始めていたらしく、誘導員の指示に従い離艦するところから映像が始まっていた。
空撮映像など初めて見る姉妹は、目と口を大きく見開き、「ふあー」とか「ほえー」とかいった若干間の抜けた声を上げていた。
SH-60Kは、『ひゅうが』を離れ、少しの間、何も無い海面の姿が映し出される。
「このへんは、早送りしていいんじゃないか?」
「そうですね」
海面しか表示されない場面を早送りしていくと、画面の奥から徐々に陸地の影が見え始めた。
その辺りで、仁淀は早送りを止め、通常再生に戻す。
陸地が徐々に近づいてくると、地形の輪郭ががはっきりと見え始めてきた。
その殆どが、接岸できそうも無い断崖絶壁だったが、僅かに口を開けるようにして、砂浜が開けている箇所があった。
「あ!」
「あー!!」
姉妹が揃って、画面を指差し声を上げた。
砂浜には、姉妹が乗っていたような小舟や漁具が並んでおり、その先には何戸かの粗末な家々が立ち並んでいる。
姉妹は興奮したように、仁淀や那珂の袖を引っ張っては、早口に捲し立てた。
その殆どがこの世界の言葉だったので、二人には理解できなかったが、その中に「むら」やら「いえ」といった日本語が混じっていた。
「ここが、二人の住んでいる村みたいだな」
「そのようですね。これで、方針は決まりました」
四人は早速、上層部への意見をまとめて、上申することにした。
動画や地図から地形を確認する限りでは、ヘリなどが着陸できるほどの空き地は確認できない。
LCACを使用し、姉妹と二人の乗っていた小舟、車両や医療チームなどを輸送することになりそうだ。
「LCACを使うんですか。あの海蛇の怪物に襲われませんかね?」
球磨が懸念の声を上げた。
「その可能性は十分にありますが、ほかに方法は無さそうです」
「となると、ヘリで護衛することになるな……」
今回『ひゅうが』に配備されている純粋な攻撃ヘリは、那珂と球磨が搭乗する機体を含めて二機だ。
作戦が認可されれば、当然彼らが護衛を担当することになるだろう。
SH-60KやUH-60Jにもドアガンは装備されているが、武装としては心許ない。
「とにかく、さっさと纏めてしまいましょう。のんびりしている時間は無いわ」
医務官の言葉に他の三人が頷いた。
結局、仁淀が司令部に提出した姉妹の移送方針は、他に有効な手立てが無いこともあり、ほぼそのままの形で認可されることになった。
一夜明けて翌日。
姉妹は仁淀や医務官と共に『ひゅうが』の甲板上にいた。
駐機スポット上のUH-60Jが、強烈なローター音とダウンウォッシュを発しながら四人を出迎えた。
その後方のスポットには、那珂と球磨のペアが乗るAH-1Sが同じくローター音を轟かせながら控えている。
まずはヘリで『おおすみ』へ移動後、LCACで村の砂浜にビーチングする予定だ。
姉妹には、付きっ切りで二人の世話をした仁淀と医務官を始めとした衛生チーム等が同行することになっている。
「ぶらほっく! こぶら!」
ヘリのローター音に負けないぐらいの大声で嬉しそうに叫ぶナターシャに、仁淀は苦笑を浮かべた。
余談ではあるが、ナターシャの口からUH-60Jの愛称ブラックホークがブラホックとして異世界の人々に伝わってしまい、那珂は異世界の少女に猥語を教えた自衛官として、不名誉な名を残すことになる。
「ナカー! クマー!」
ナターシャは、AH-1Sに乗り込んでいるのが那珂と球磨であることに気付いた。
彼らに向かって大きく手を振ると、機内の二人も軽く手を振り返してきた。
ナタールも控えめながら、二人に向かって手を振っていた。
「さあ、いきましょう」
仁淀に促され、姉妹はUH-60Jに乗り込む。
四人が乗り込んだことを確認し、隊員はドアを閉めた。
プリフライトチェックを完了後、甲板作業員の合図で、『ひゅうが』より発艦する。
四人を乗せたUH-60Jは、『ひゅうが』から見て右舷に停泊している輸送艦『おおすみ』に向けて飛び立った。