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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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「俺達が付き合う必要あんのかね」

「まあ、いいんじゃないですか? 今のところ暇なんだし」


 姉妹というか、主に妹のナターシャに気に入られた那珂と球磨は、彼女らの世話をしていた仁淀と共に、艦内の見物に付き合うことになってしまった。

 姉妹――というか、主に妹のナターシャだったが――は行く先々で、何か変わったものを見つけては、三人に覚えたての拙い日本語であれこれ質問をしては、大袈裟に驚いたり喜んだりしていた。

 艦内で遭遇する自衛官も、愛想よく姉妹の質問に答え、終始和やかな雰囲気で見学は続いていた。


「わああぁー!」


 特に、艦内のヘリ格納庫の見学では、ナターシャの興奮は最高潮に達した。

 妹ほどではないにしろ、姉のナタールも興奮したように目を輝かせていた。

 『ひゅうが』のヘリ格納庫では、今回の任務で運用されるヘリが所狭しと並んでいる。

 何かに気付いたナターシャが、しきりに那珂の手を引いて、ある方向を指さした。

 そこに鎮座していたのは、那珂と球磨が姉妹を救助した時に乗っていたAH-1Sだった。

 未知の海獣との戦闘で海水まみれになり、燃料切れ直前での不時着などという無茶苦茶をやらかしたため、機体に問題が無いかどうか、入念な点検が行われているところだった。


「ナカ! ナカ!」

「ああ、そうだ。俺達が乗ってた奴だよ。コブラって言うんだ」

「コブラ! コブラ!」


 名前を聞いたナターシャが、嬉しそうに何度も叫び、AH-1Sに向かって手を振った。


「あっち、あっち!」


 次にナターシャの目に入ったのは、鮮やかなオレンジとホワイトのツートンカラーを纏った海上自衛隊カラーの救難ヘリUH-60Jだった。

 

「あれは、ブラックホーク」

「ぶ……ぶら、く……ほー……?」


 コブラに比べて少し字数が多かったせいか、少し言い難いようだ。


「ブ・ラッ・ク・ホー・ク、だよ」


 苦笑しつつ、那珂は言葉を区切りながら繰り返した。


「ぶ、ぶら、ぶら……ぶらほっく!!」

「ぶっ!? ち、違う違う! ブ・ラッ・ク・ホー・ク!!」

「ぶらほっく! ぶらほっく!」


 とんでもない間違いに、慌てて訂正するが、ナターシャには聞こえていないようで、嬉しそうに連呼する。


「……最低ですね、那珂二尉。セクハラですよ」

「お、俺が悪いのか!?」


 助けを求めるように球磨に視線を送るが、とばっちりを避けたいのか、目を逸らされてしまった。


「くしゅん!」


 はしゃぐ妹を見守っていたナタールが、可愛らしいくしゃみをした。


「くしゅん! くしゅん!」


 立て続けにくしゃみを連発するナタールの口元に、仁淀が慌ててハンカチを宛がった。


「風邪でも引いたのかしら?」


 心配そうにナタールの顔を覗きこみながら、仁淀は彼女の額に手を当ててみる。


「念のため、医務官に診せたほうが良いかも知れませんね」

「そうですね。そうしましょうか」


 球磨の提案に仁淀は頷いた。

 ブラホックを連呼するナターシャを引っ張り、一行は医務室へと向かった。

 くしゃみをしていたナタールだけではなく、念のためナターシャも診せることにした。

 当然、少女とはいえ、女性の診察なので、付き添いは仁淀のみだ。

 二人は、いままでとは雰囲気の違う、消毒液の匂いが立ち込める医務室に少し怯えていた。

医務官が医者であることと、ここが病気や怪我を診る部屋であることをを説明するのに少し時間を要したが、なんとか納得してもらえた。


「はい、あーん」

「あ、あーん……」


 女性医務官のジェスチャーに従い、口を開けるナタール。

 舌圧子の冷たい感触が嫌なのか、眉に皺を寄せている。


「特に扁桃腺が腫れているということもありませんね。熱もありませんし」

「そうですか。それなら良いんですが」

「はい。それじゃ、今度は服を捲ってね」


 医務官は基本的な健康診断を行ったが、別段異常は見られなかった。

 本来ならば、防疫も兼ねて入念な検査を行いたいところではあった。


「長いこと海風にあたって、少し冷えたのかもしれませんね」


 念のためということで、ナターシャも同じように診断してみるが、特に問題は見当たらず、いたって健康体であった。

 あまり物怖じしない性格のナターシャだったが、それでも聴診器のひんやりとした感触が苦手なのか、避けるように身を捩っていた。

 一通り診察を終えた後、姉妹は何やら話し合っていたが、やがて意を決したように、ナタールが仁淀の制服の袖を引いた。


「ニョド、ニョド」


 彼女らにとって、「によど」という単語は発音し難いらしい。


「どうしたの、ナタールちゃん」


 ナタールは両手で自分の顔を引っ張り、顔をくしゃりと歪ませた。

 変顔をしてふざけているのかと思ったが、どうもそうでは無いようだった。


「ニョド、ニョド!」


 今度は、診察が終わったナターシャが、ごろんと床に仰向けになった。


「ちょ、ちょっと、ナターシャちゃん! 服が汚れちゃうわよ」

「仁淀二尉、待って」


 慌ててナターシャを起そうとした仁淀だったが、医務官がそれに待ったをかけた。

 仁淀と医務官の二人が見守る中、ナターシャは仰向けに寝転んだ姿勢から、何度も腰を浮かせて、海老反りのような姿勢を見せた。

 その横では、ナタールが顔を引っ張って変顔を続けている。


「これは、破傷風の症状ね」

「破傷風……って、あの破傷風ですか? 三種混合ワクチンとかの」


 仁淀の問いに、医務官は頷いた。

 破傷風は、傷口などから侵入した破傷風菌の毒素によって引き起こされる症状だ。

 症状が進行すると、全身の筋肉が痙攣する症状が現れ、予防や治療法が確立されている現在でも、発症すると致死率の高い病気だ。


「症状が進行すると、顔の筋肉が強張って、泣き笑いのような顔になり、涙や涎を垂れ流すようになるんです」


 医務官の言葉に、仁淀はナタールを見た。


「さらに重篤になると、全身の筋肉が強張って、えびぞりのようになり、酷いときは背骨が折れて死亡することもあります」

「もしかして……」


 今度は床に寝転がって、身体を仰け反らせているナターシャに視線を移す。


「彼女の家族とか知り合いとかが、罹患しているのではないかしら。だとしたら、すぐにでも治療が必要よ」

「……助かるんですか?」

「診てみないことには何ともいえないわね。幸い、破傷風の特効薬の免疫グロブリンはあるけど」


 異世界への調査ということもあり、地球上に存在する疾病に対する医薬品や治療薬は、『ひゅうが』と『おおすみ』に積載されていた。


「わかりました。至急、司令部に掛け合います」

「お願いするわ」


 そのためにも、まずは二人の住んでいる場所を特定する必要がある。

 仁淀は身振り手振りを交えて、破傷風の症例と思われる仕草を続ける二人に説明した。


「びょうき! なる? げんき?」

「にょど。せんせ。おねがい」

「大丈夫、大丈夫よ。何とかするわ」


 縋るような姉妹の肩を抱いて、仁淀は力強く頷いてみせた。

 症例をこの目で見ていない以上、医師としての立場上断言するわけには行かない医務官は、若干複雑そうな表情を見せたが、同じように頷いて見せた。


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