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異世界に昇る日章旗  作者: DD122はつゆき
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 二機のUH-60Jは、特に何の問題もなく母艦である『ひゅうが』に帰艦した。

 那珂と球磨は、ヘリが着艦するとドアを開けて真っ先に機外に出た。


「着いたよ。降りておいで」

「大丈夫大丈夫、何も怖くないよ」


 不安そうに二の足を踏んでいる姉妹に向かって、おいでおいでをしてみせる。

 姉妹は視線を交わした後、姉のほうがおずおずと那珂に向かって手を伸ばした。

 那珂はその手を取って、ゆっくりと足を甲板上に下ろすように、身振りで示した。

 那珂の顔を伺いながら、姉はおそるおそるといった感じで、甲板に足をつけた。

 両足を下ろし、そのまま踏ん張って立ち上がる。

 少しの間、甲板の感触を確かめているようだったが、問題ないと判断したのか、妹のほうを振り返って頷いた。

 姉に頷き返し、妹は球磨の手に捕まりながら、ヘリから甲板に降りた。

 ヘリからのダウンウォッシュに悲鳴を上げているが、姉と違って、怖がったり怯えている素振りは見られない。

 甲板の滑り止めが気になるのか、しゃがみこんで、手の平で感触を確かめようとしていた。


「ああ、触らない触らない。怪我するよ」


 球磨が慌てて静止すると、きょとんした表情をしながらも、素直に従ってくれた。


「さあ、中に入ろうか」


 姉妹を促し、着艦スポットから離れる。

 妹のほうが途中で背後を振り返り、何か呟きながら、ヘリのクルーに向かって手を振った。

 機内から見送っていたUH-60Jのクルー達は、笑顔で手を振り返していた。




 姉妹と共に艦内に入った二人は、出迎えに現れた海自の女性自衛官(WAVE)に彼女らの世話を託すと、すぐに司令官や艦長を始めとした幹部に経緯の報告に向かった。

 司令部作戦室(FIC)に隣接する多目的区画では、同時刻に別方向で大陸を発見したSH-60Kの乗員や、二人と同じ陸上自衛隊側の幹部や調整員も顔を並べていた。

 そこで二人は、姉妹を救出した時の状況を事細かに説明することとなった。

 もちろん、AH-1Sで粉砕した巨大海蛇についてもだ。

 最初は半信半疑だったものの、CH-47JAによって小島から回収されたAH-1Sのガンカメラの映像を確認するや、艦隊の首脳陣は、本気で頭を抱えてしまった。

 ある意味、陸地の発見や現地人とのコンタクトよりも、重要かつ危険な事案になりうるからだ。

 何しろ、この世界は日本の領海と『門』で繋がっているのだ。

 それの行動範囲や食性などによっては、『門』を通って日本側に侵入してくることが十分に懸念されたからだ。

 巨大海蛇の件については、回収した死骸の肉片などから、最優先で生態調査が行われることになった。


「お偉いさん、頭抱えてたな」

「仕方ないですよね」

「ま、それでもあの子らが乗ってたボートは回収してもらえたからな」


 姉妹の乗っていた小舟は、AH-1Sの後、CH-47JAの吊下輸送で回収されている。

 運用可能数ギリギリまでヘリを搭載している『ひゅうが』には収容できないため、輸送艦である『おおすみ』の格納庫に、一時的に収容されることになった。

 一通りの報告を終えた二人は、搭乗員待機所で椅子にもたれ掛り、缶コーヒーを飲んでいるところだった。

 当面、二人にフライトの予定は無いが、いつ急な任務が発生するか分からないため、待機を命じられているのだった。

 陸地の発見、現地人との遭遇、謎の巨大生物と立て続けに発生した事案に、艦隊の首脳陣は対策に追われている。

 『門』の向こうの日本側へも、報告と追加調査のための人員の派遣が打診するため、艦載ヘリが飛び立ったところだった。


「言葉が通じればなあ。あの姉妹から色々聞くことが出来たんだが。今、どうしてるんだ?」


 WAVEに世話を任せた後は、状況説明や報告書の作成を行っていたため、彼女らには会っていない。


「あら。それなら、丁度良かったですね」


 穏やかな女性の声に顔を上げると、そこには一人のWAVEが立っていた。

 姉妹の世話を頼んだ女性自衛官の一人だった。


「ええと、たしか。仁淀さん……だっけ?」

「はい。仁淀三等海尉です。女性の名前をすぐに思い出せない男性は嫌われますよ?」


 軽く皮肉られ、那珂は鼻白んだ。

 仁淀の背後には、件の姉妹の姿があった。

 出会った時に身に着けていた服ではなく、一緒にいる仁淀と同じデザインの女性海上自衛官の制服を着ている。

 おそらく、一般公開や体験航海などで、主に子供向けの制服試着に使用される衣装なのだろう。

 妹のほうはサイズが合っていないらしく、袖口をぶらぶらさせていた。

 二人と視線が合うと、姉のほうは少し緊張したように仁淀の背後に隠れ、妹のほうは嬉しそうに手を振って見せた。

 被服のサイズが合ってないせいで、袖口をぶんぶん振り回すような感じになっていたが、それはそれで可愛らしかった。


「艦内の案内をしていたのか?」

「ええ。一通り、お風呂やご飯も済ませたので」

「そうか」


 言われてみれば、ぼさぼさだった髪も綺麗に整えられており、こざっぱりとしていた。

 どちらかというと女性自衛官には懐疑的な那珂だったが、やはり、こういうときには、ありがたみを感じるものだった。


「ところで、どうしてここへ?」


 艦内の見学といっても、ヘリ搭乗員の待機所など、それほど面白いところではない。

 どうせだったら、航海艦橋やヘリ格納庫のほうが

 球磨の疑問に、WAVEは笑みを浮かべ、姉妹の肩を軽く二人のほうへ押し出した。

 姉妹は軽く視線を交わした後、揃って二人に向かって頭を下げると。


「た……た、たす……けてくれて、あり、がとう」

「あ、あり、あり、ありがとう、ございますっ!」


 たどたどしい片言の日本語で、那珂と球磨に礼を述べたのだった。


「この子達が、お二人にどうしても礼を言いたいようだったので」


 目を丸くしている二人に、WAVEは言った。


「それで、態々教えたんですか」

「……広報用に、無理矢理覚えさせたわけじゃないよな?」

「心外ですね。そんなわけ無いでしょう」


 僅かに眉根を寄せ、浮気した彼氏を責める様な口調に、どことなく後ろめたくなった那珂は若干うろたえた。


「いす! てーぶる! てれび!」


 妹のほうは、室内の調度品を指さしては、嬉しそうに叫んでいた。

 その様子は、覚えたての言葉を使いたくて堪らないといった幼児のようで、微笑ましかった。

 仁淀から、簡単な単語レベルの日本語を教えてもらったのだろう。

 はしゃぐ妹の肩を押さえ、姉は自分のほうに引き寄せた。

 神妙な表情で、二人の顔を見つめ、自分の顔を指さしながら、おずおずと呟いた。


「……ナタール」


 それが、彼女の名前なのだろう。


「ナターシャ!」


 妹のほうも、元気一杯に宣言した。

 姉――ナタールのように自分の顔を指さしているのだろうが、ぶかぶかの服を着ているせいで、袖を振り回しているようにしか見えなかった。


「レディに名乗らせておいて、ご自分達は名乗らないおつもりですか?」

「あ、ああ。そうだな」

「これは、失敬」


 那珂と球磨は居住まいを正し、少女二人に向き合った。


「ナカ」

「クマ」


 二人は交互に自分の顔を指さし名乗った。


「ナカ……クマ……」

「ナカ! クマ!」


 ナタールは控えめに二人の名を呟き、物怖じしない妹ナターシャは、袖口を振り回しながら楽しそうに叫んだ。

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