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徐々に近づいてくるヘリのローター音に、那珂と球磨は救援のヘリが来たことを理解した。
姉妹は、彼方から飛来する聞きなれない音と姿に、不安そうな表情で、戸惑い気味に空を見上げている。
「大丈夫。怖くない怖くない。球磨」
「はい」
那珂は落ち着かせるように姉妹に微笑みかけ、球磨に発炎筒を焚くよう指示した。
球磨は頷き、AH-1Sの機内から発炎筒を取り出した。
擦過音と共に、発炎筒からもうもうと煙が立ち昇る。
姉のほうは、その様子を不安そうに、妹のほうは姉に比べて好奇心が旺盛なのか、面白そうに見守っている。
やがて、上空から発炎筒から立ち上る煙が視認出来たのか、上空を旋回していた2機のUH-60Jは、徐々に四人のいる場所に向けて、高度を落としながら近づいてきた。
一機はバックアップ兼護衛用らしく、機体側面のドアからは、黒光りする74式車載機関銃が覗いている。
車載とあるとおり、本来は陸上自衛隊の装甲車や戦車の同軸機銃として調達されたものだが、海上自衛隊の哨戒ヘリにも、不審船対策などの事情により、ドアガンとして配備が進んでいる。
もちろん、外地に持ち込まれているものは、製造メーカーの性能データ改竄が発覚したロットとは別のものだ。
既に、機体下部の日の丸がはっきりと確認できるほどの距離まで降下していた。
妹のほうが、はしゃぐように、姉のほうに早口で何事かを言い合っている。
内容は分からないものの、語感などから、不安がる姉を宥めているように見えた。
やがて、ある程度の高度で停止し、2機のUH-60Jは、その場でホバリングに入った。
UH-60Jは、三自衛隊で使用しているが、今回派遣されているのは、海上自衛隊で使用している白とオレンジの二色ツートンカラーのものだ。
やってきたヘリに向かって、那珂と球磨は大きく両手を振る。
不安げな姉を余所に、妹は二人に倣って、ヘリに向かって手を振っていた。
真上でホバリングするヘリから吹き降ろされる強烈なダウンウォッシュに、姉妹は髪を押さえて小さく悲鳴を上げた。
やがて、救難隊員がホイストを使ってラペリング降下してくるが、それを目の当たりにして、姉妹は再び悲鳴を上げた。
姉妹が呆然と見守る前で、球磨は降下してきた救難員に対して、手短に状況を説明した。
那珂は姉妹に向き合うと、ジェスチャーを交えて、救難ヘリに乗って、島を出るということを伝えた。
意図が通じたのか、姉のほうは表情を強張らせていたが、それに比べて妹のほうは、興味津々と言う面持ちだった。
向こう見ずなだけかもしれないが、妹のほうが胆力があるな、と那珂は思った。
本来であれば、要救助者である姉妹のほうから先に収容するのだが、危険が無いということを理解してもらう意味も兼ねて、先に球磨が収容されることとなった。
那珂と姉妹が見守る中、救難員に抱きかかえられるようにして、球磨の身体が空中に吊り上げられていった。
はらはらしながら見つめる姉妹に向かって、球磨は宙ぶらりんの状態から笑顔で手を振って見せた。
姉の表情は晴れなかったが、妹のほうは、遊園地のアトラクションを目を奪われる子供のように輝いていた。
球磨を収容し終えた救難員が、再度ホイストを使って降下してきた。
「次は君たちの番だ」
姉妹の肩に手を置き、那珂は言い聞かせた。
姉の視線が、不安そうに那珂の顔と、屈んで両手を広げている救難員、そして妹の顔を行き来する。
物怖じしない妹が、救難員のほうへ向かおうとするのを制して何かを言い聞かせた後、意を決したような顔つきで、救難員のほうへ向かった。
危険が無いかどうか、自分が先に確かめるという、姉としての責任感からだろう。
「しっかり掴まって」
おずおずとしがみ付いてくる姉を、救難員はハーネスで固定し、機上にサインを送る。
徐々に自分の足が地面から離れていく様子に、気丈だった姉の顔は見る見る青ざめ、救難員に力いっぱいしがみ付いた。
地上の妹は、そんな姉に無邪気に手を振っている。
「さあ、次は君だ」
姉を救難ヘリに収容し、三度降下してきた救難員のほうへ、那珂は軽く妹の背を押した。
待ってましたとばかりに、救難員のほうに駆け寄り、嬉しそうにしがみ付く。
姉とは対照的に、収容されるまでの間、地上にいる球磨に向かって手を振り続けていた。
「お待たせしました、二尉」
「おう」
ようやく、最後に残っていた那珂の番になった。
「最後に残ったのが野郎で悪いな」
「全くです。今後はこれっきりにしてほしいもんですね」
そんな軽口を叩きあいながら、那珂はUH-60Jに収容された。
全員の収容を完了した二機の救難ヘリは、島の上空を周回しつつ、洋上で待つ母艦『ひゅうが』の元へ向かう。
空から景色を眺めるという体験に、姉妹は大いに興奮していた。
特に、妹のはしゃぎようは尋常ではなく、窓の外に見えるものをあれこれと指さしては、歓声を上げていた。
ふと、何かに気付いたように、那珂の袖を引いた。
「うん? どうした?」
窓の外に見える景色の一点を指差して、早口で捲し立てた。
彼女の指し示す先には、不時着したAH-1Sの機体があった。
妹の目は、あれを置いていくのと問いかけているように思えた。
「ああ、あいつか。これには積めないからなぁ」
機体に損傷は無いため、後からCH-47を使って回収を行うことにはなるだろう。
もっとも、使用不能な状態だったとしても、異世界に放棄したままにするわけにはいかない。
「この子達の乗ってきた小舟も、出来れば回収してやりたいところですね」
「そうだな。それも帰艦したら掛け合ってみるか」